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今夜のメシは魚の塩煮だぞ

 その日の夕方、森の木々の向こうに太陽が沈もうという頃に、ようやくモッセ川にたどり着いた。モッセ川は大陸を北西から南東に向かって縦断して流れている、この辺りでは一番大きな川だ。これを渡れば、いわゆる俺たち人間が住んでいる北部地方ではないと言われている。冒険者にとっては、この川を渡ることが本格的な冒険か、そうでないかの分かれ目と言われていた。


 川幅は広いところでは200メートルほどある。水量は少ない。以前に来た時は、もっと、とうとうと流れていた記憶があるのだが。今は大きな岩がゴロゴロしていて、その隙間をチョロチョロと流れている程度だ。かつては船がないと渡れない大河だったと、スティーブンさんから聞いたことがある。その面影はない。とはいえ、だ。


 やっと着いたぞ!


 水が流れている音を聞いただけで、踊り出したくなるくらい、うれしかった。だって、体が洗えるのだ。それに、魚も獲れる。テンションがグングン上がってきて、こらえきれずに俺は声を上げてしまった。


 「ハーディー、テイラー、川だぞ!」


 振り返ると、ハーディーはともかくテイラーは歩き疲れて、それがどうしたという憮然とした顔をしている。


 「川だ、川! みんなもっと喜べ!」


 一人だけルンルンと小躍りしているのがバカみたいだけど、久しぶりに体が洗えるんだから仕方がない。盗賊といえば小汚い格好をしている痩せた男を想像するかもしれないが、俺は汚いのが大の苦手なのだ。特に自分が汚いのは許せない。できれば毎日、風呂に入りたい。それができないのならば水浴びをしたい。岩がゴロゴロと転がる川岸を、足取りも軽く水辺へと向かった。


 真っ先に水浴びをしたいのは山々だが、もうすぐ日が暮れることを思えば、まずは食糧の確保が先だ。もどかしい思いを押し殺して、リュックを下ろしてブーツも脱ぐと、浅瀬に入って行った。


 「クリス、何やってんの?」


 テイラーが川岸にしゃがみ込んで聞いている。ちょっと黙ってろ。いや、手伝ってくれ。だが、手伝ってもらうためには、まず一匹捕まえないと。少し焦りながら、浅瀬の石を次々にひっくり返す。お、いた! これだ!


 「テイラー、一緒にこれを探してくれ!」


 石の裏側にくっついていた、小指の先ほどの虫をつまみ上げてテイラーに見せた。濃いブルーで節くれだっていて、口の周囲には鋭いかぎ爪がついている。虫はモゾモゾと動きながら、シャーッと威嚇音を立ててかぎ爪を振り上げた。どこからどう見ても、グロテスクだ。


 「わあ! なんだそれ! 気持ち悪い!」


 テイラーは尻餅をついて顔をそむけた。


 「気持ち悪いとはなんだ。こいつはヘビムシと言ってだな、魚の大好物なんだ。こいつで魚を釣る。日が沈むまでの勝負だ。さあ、豪華な晩飯を食いたければ、手伝え」


 テイラーは「ええ〜っ」とか「おげぇ〜」とか抗議のうめき声を発していたが、しばらくするとボロボロのブーツを脱いで水に入ってきた。「ううわぁ、冷たい」と震え上がっている。でも、豪華な晩飯というワードには逆らえないようだ。ハーディーもジャブジャブと水に入って、石をひっくり返し始めた。


 その間に、俺は仕掛けを用意する。リュックから釣り針と糸を取り出す。手頃な大きさの小石を重りがわりにセットして、針にヘビムシを刺した。竿はない。手釣りだ。夕暮れは魚が積極的に餌を食べる時間帯なので、ポイントさえ間違えなければ確実に釣れる。ヘビムシを探しているハーディーとテイラーを残して、深いところに移動した。魚に気づかれないように、岩陰から仕掛けを投入する。魚がいれば、すぐに釣れるはずだ。


 「……!」


 思った通り、餌が川底に到着しないうちにググンと手応えがあった。お、意外に大物かも……。期待に胸を膨らませて引き上げると、手の平サイズほどの銀色の魚が釣れた。


 「クリス、気持ち悪いのを捕まえてきてやったぞ」


 テイラーが素足のまま近づいてくる。その後ろにいるハーディーが何か捧げ持つようにしているので、おそらくヘビムシは全てハーディーが持っているのであろう。


 「よし。じゃあ、ハーディーとテイラーはここで魚を釣ってくれ。これだ。この魚が釣れればいい。他の魚でも構わない」


 さっき釣った魚を、テイラーに見せた。テイラーは「おおっ」と声を上げて、目をキラキラ輝かせる。


 「うまそうだ!」


 「これを食ってもいいが、どうせならもっと大物を釣ろう」


 仕掛けに新しいヘビムシをつけてハーディーに渡すと、リュックから新しい針と糸を取り出した。さっきのより少しサイズが大きい。釣れた魚を短剣で輪切りにして、針に刺す。そう。小さな魚を餌にして、大きな魚を釣ろうという作戦だ。


 岩を飛び越えて、さらに深い場所に移動する。この辺りの水は黒々として、底が見えない。よし、ここだ。大物が潜んでいるなら、こんな場所なのだ。仕掛けを投入した。しばらく反応がなかった。餌が川底について、転がっていく感触がある。ん、ここにはいないのかな……と引き上げようとした瞬間、ガツン!とアタリがあった。


 「よしっ!」


 思わず声が出てしまう。いい引きだ。これは大きいぞ。仕掛けをちぎられないように、慎重に引き寄せる。魚は遠くに逃げ、足元へ突っ込み、針を外そうと暴れる。糸をピンと張って、それを許さない。なめんなよ。こちとら飯を食う金がなくて、どれだけ釣りで飢えをしのいできたと思っているんだ。一時は冒険者を辞めて、漁師になろうかと思ったほどなんだ。身軽に岩場を移動しながら、魚を引き寄せた。


 うん、デカい! 深瀬から姿を現した魚は背中が黒々として、腹は銀色にギラギラと輝く大物だった。目をギョロリとむいて、こっちをにらんでいる。俺は川に入って、魚の口に指を差し込んでつかみ上げた。50センチはあるだろう。ただ、3人で食うにはちょっと足りない。もう一匹、ほしいかな。


 元の場所に戻ると、テイラーが岩の上で魚を釣り上げてキャッキャとはしゃいでいた。いつも陰鬱な雰囲気を漂わせているけど、こうして無邪気に笑っているところを見ると、まだ子供なんだなぁと思う。見にいくと、3匹釣り上げていた。俺の大物を加えれば、晩飯には十分な量だ。


 「テイラー、たくさん釣ったな」


 声をかけると、テイラーは鼻を高々と突き上げて、ドヤ顔をした。


 「どうだ! テイラーは釣り名人だろう! 今夜のおかずは全部、テイラーが釣ってやったぞ!」


 得意満面なので、俺が釣ってきた魚を見せたらガッカリするかもしれない。そう思って見せそびれていると、先にテイラーが俺の魚に気づいてしまった。


 「うわぁ、スッゲェ! 何それ!」


 「サーモンの仲間だろうな」


 よく見えるように、ぶら下げていた魚を掲げる。テイラーは自分が釣った手の平サイズの小魚に視線を落とした。


 「テイラーの、ちっさいな……」


 しょんぼりとしてしまった。胸がチクッとする。肩を落とすな。お前も食糧調達に一役買ったじゃないか。


 「確かにこれよりは小さいけど、自分で釣った魚は美味いぞ。さあ、料理しようぜ」


 テイラーの肩をポンポンと叩くと、ハーディーを促してリュックを置いていたところまで戻った。


 河原の手頃な窪地で、火を起こす。早く水浴びしたいが、その前に腹ごしらえだ。短剣で鱗をはがし、内臓を取り出す。身は輪切りにして、内臓は腸の中身を絞り出してきれいに洗う。鍋に魚の切り身と内臓、そして水と塩と香草を入れて煮る。香草は魚料理用、肉料理用を常備してある。


 「うわぁ、いい匂い!」


 テイラーは今にもよだれを垂らしそうな勢いで、鍋の上に身を乗り出した。それを制してスプーンで中身をソッとかき混ぜる。グツグツと煮ている間に、魚の身からフツフツと脂が浮いてくる。焼いてもよかったが、腹が膨れるのはスープだ。脂の一滴まで、余さず飲むことができるのがいい。


 「よし。よそってやるから、ちょっと待ってろ」


 リュックから食器を取り出した。よく考えたら、食器も一人前しかない。お椀が2つにお皿が1つ。仕方ない。俺は皿かな。あとで悪魔からかっぱらったリュックを探してみよう。食器があるかもしれない。


 「ほら、テイラー。……こっちはハーディーだ」


 「いただきまぁす!!」


 テイラーは、俺がスプーンを渡す間もなく、素手で魚をつまんでかぶりついた。「熱っ!」と声を上げているが、指ごとしゃぶって食べるのをやめようとしない。もう一つのお椀に盛ったスープを、ハーディーに差し出した。ハーディーは首を横に振ると、俺の足元に置いてある皿を指差した。


 「おうおっ」


 うん? 皿でいいということか? ハーディーはテイラーに「うぁ」と話しかけたが、テイラーは食うのに必死で顔を上げない。お椀を置いて皿に魚の身を盛ると、ハーディーに差し出した。


 「ああっ、あ」


 ハーディーはスッと受け取った。やはりそうか。相変わらず何を言っているのかわからないけど、何を伝えたいのかは少しずつわかるようになってきたぞ。


 「テイラー、スプーン使うか?」


 聞いてみたが、テイラーは無心に骨をしゃぶっていて、全く聞いている気配がない。まあ、いいか。俺もスープに口をつけた。


 おお、沁みる!


 塩と香草だけとは思えないほど、奥深い味わいだ。しっかり魚の身と骨と内臓から旨味が溶け出していて、胃袋に沁み渡る。体がじわっと温かくなって、全身に滋養が広がっていく感じがする。


 「クリス、これ、めちゃくちゃ美味い!」


 口の周りをベチャベチャにしながら、テイラーはやっと顔を上げた。


 「そうか、そりゃよかった」


 出発してから、やっとちょっとまともなものを食べさせられて、ホッとした。料理当番の意向次第で、パーティーの食事事情は大きく変わる。俺みたいに、きちんとしたものが食べたい人間が担当していれば、温かいスープや調理した野菜が出るが、食うことに全く興味がないやつが担当していると毎回、同じ料理が出たり、冒険食という小麦の粉と砂糖を水で練って焼いたものばかり食わされることもある。


 よかったな、テイラー。俺みたいにきちんとした料理担当がいるパーティーに入れて。スープをふうふうと吹きながら飲んでいるテイラーを見て、微笑ましく思った。

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