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よくある追放ってやつから物語は始まるのです

 教会の木製の重いドアを開けて外に出ると、夕日のまぶしさにクラッとした。思わず目を閉じて顔を背ける。戦闘中だったら死んでるな。自嘲の笑みがこぼれた。


 「すまんな、クリス。嫌な思いをさせてしまって。また、機会があれば……」


 イアソンは上半身を痛々しく包帯でぐるぐる巻きにしたまま、見送りに出てきてくれた。弱々しい笑みを浮かべながら別れの言葉を告げている途中で、怒り心頭の表情でイアソンを支えていたマリアンヌが怒鳴った。


 「またの機会なんかねーわ! ボケが!」


 ドカン!と恐怖を感じるほど重厚感のある音を響かせて、ドアは閉まった。


 一瞬、呆気に取られて、そして肩を落とした。仕方がない。身から出た錆だ。リュックを担ぎ直すと、ズボンのポケットに手を突っ込んで、トボトボとあてもなく歩き始めた。教会の前に突っ立っていても、カナリヤンズの連中が思い直して「戻ってこいよ」と声をかけてくれる可能性は限りなく低い。いや、ない。


 寒いな。クーメンはイース王国の南西端にあって、北限からはかなり離れている。それでも、もう春といっていい季節のはずなのに、身に沁みる寒さだった。ここ数年、どんどん寒くなっている気がする。パーティーを追い出された身には、余計に染みた。


 せっかくのビッグチャンスを、自らのミスで手放してしまった。リアムが復帰するまでのヘルプだったとはいえ、ここできちんと仕事をしておけば、イアソンの口利きで別のパーティーを紹介してもらえる可能性は十分にあった。だが、それも、もうない。


 大失敗だ。なぜ、あんなミスをしてしまったのだろう。何度思い返しても、信じられない。完全に気を抜いていたとしか思えない。


 カナリヤンズの一員としてダンジョンに入った俺は、トラップを解除し損ねて、イアソンに瀕死の重傷を負わせた。いや、瀕死どころではない。イアソンは一度、死んだ。ハンセンがあんな大男でなければ、イアソンを担いで教会まで走れるほどの体力がなければ、そしてラッキーなことに蘇生術が使える司祭がたまたま教会にいなければ、今頃、イアソンは本当に死んでいた。


 イアソンは評判通り、素晴らしいリーダーだった。クエストの目的は、ダンジョンから薬の材料になる苔を採取してくること。最近、この苔から作る薬しか効かない病気が蔓延していて、期限付きの緊急の仕事だった。他で取り尽くしてしまったので、新規のダンジョンに潜ったのだが、途中で住み着いていたグールと戦闘になり、リアムが負傷。脛を骨折してしまった。そこで、俺に白羽の矢が立ったというわけだ。


 確かにそのダンジョンは足場が悪かった。最初は泥かと思ったが、よく見るとこれも苔の一種だった。ぬるぬるして、滑りやすい。苔の下に石畳があり、そこにトラップが仕掛けられているので厄介だった。だが、俺は慎重に進んで、それらを解除していった。イアソンはその度に「素晴らしい! クリスはまるでベテランのようだ!」「なんて頼もしいんだ、クリス!」とほめてくれた。


 思った以上に順調に仕事ができて、しかもめちゃくちゃほめてもらえるものだから、すっかり舞い上がってしまった。


 「ほら、ガキンちょ。よそ見してないで、しっかり前を見ときないさいよね」


 イアソンがほめるたびに、マリアンヌが釘を刺してくる。美人だが、ニコリともしないこの魔法使いが、苦手だった。気持ちはわかる。俺はまだレベル6のルーキーだし、たまたまうまくいっているだけで、いつミスをするかわからない。だから、気を抜くな。マリアンヌはそう言っているのだ。だけど、あまりにもうまくいきすぎて、俺は素直にそれを聞き入れられなかった。


 うるせえ女だな。


 そう思いながら、ある扉を調べている時だった。何かおかしい。何もないように見えるが、俺の勘が「ここには何かあってもおかしくない」と言っていた。こういう時は絶対に何かある。「自分の勘を信じろ」。スティーブンさんの教えが、脳裏に浮かび上がってきた、その時だった。


 「クリス、大丈夫か?」


 イアソンが、地面に這いつくばって扉の隙間を見ていた俺の背後に近寄ってきた。あそこで注意を払っておくべきだった。俺の勘が「何かある」と言っているのに、それをすっかり忘れてしまった。何も考えずに、不用意に顔を上げた。暗い部屋で、マリアンヌが灯している魔法のたいまつが照らしている範囲しか、視界はなかった。五感をフル動員させていなければいけないところで、俺の手が何かに触れた。


 カチッ


 ヤバいと思った瞬間、扉から複数の槍が飛び出して俺の頭上を飛び越え、イアソンを貫いた。ザク!ザク!ザク!という衝撃音が響いて、イアソンが宙吊りになる。悲鳴を上げる間もなかった。ぶらりと垂れた足が、俺の目と鼻の先にあった。


 「イアソン!!」


 マリアンヌの悲鳴が暗い室内に反響する。ハンセンが飛び出してきて、イアソンを抱え上げて槍から体を引き抜いた。ハンセンはイアソンを床に横たえると、手早く全身をチェックした。俺も四つん這いで近寄る。マリアンヌが掲げる灯りの下で、イアソンは半目を開いていた。焦点が合っていないし、ピクリとも動かない。


 「まずいな。死んでしまう」


 薄暗いが、首の右側と胸の中央に深い傷があるのがわかった。どす黒く流れ出しているのは、間違いなく血だ。こんなに大量の血を見るのは初めてだったので、申し訳なさを感じる以前に、ゾッとして吐きそうになった。


 「イアソン、イアソン……。ああ……」


 マリアンヌは顔を覆って早くも泣き始めた。ハンセンはリュックから包帯と三角巾を取り出すと、テキパキとイアソンの傷口を塞ぐ。「マリアン、泣いている暇があったら、イアソンの魂を捕まえておけ」。ハンセンがそういうと、マリアンヌはハッを顔を上げて、それからイアソンにひしっと抱きついた。


 人間は致命傷を負っても、すぐに死ぬわけではない。「生きたい」という強い意志を持っていると、魂は簡単には肉体から離れない。もちろん時間が経てば肉体が劣化して魂も離れざるを得なくなるが、肉体が新鮮で魂も近くにあれば、蘇生術で生き返ることができる。「まだ間に合う。さあ、行くぞ」。ハンセンはそう言うと、軽々とイアソンを肩に担いで、来た道を走り始めた。


 えっ、走るの? マジか? 来た道とはいえ、まだ解除していないトラップがあるかもしれないんだぞ。それ以前に足元がめちゃくちゃ悪いんだけど……。だが、ハンセンはそんな俺の不安を振り切るように、ものすごい勢いで通路を駆け戻っていく。


 そこからは朦朧としていて、まるで自分のことでないようだった。人間、死ぬ気になったらなんでもできるものなんだな。あれだけツルツルと滑っていた床をスタコラと走って地上に戻って、クーメンの教会に駆け込んだ。たまたま蘇生術の使える司祭が駐留していて、イアソンを生き返らせてくれた。


 「イアソン! ああ、よかった!」


 マリアンヌは首も胸も腹も包帯でぐるぐる巻きにされたイアソンに抱きついて、涙を流して喜んだ。と、ガバッと殺気だった顔をして俺の方に向いて「あんた、わかってるんでしょうね!」とヒステリックに言った。


 「私は最初からあんたみたいな青二才を連れて行くのは反対だったのよ! イアソンが『若い子にもチャンスをあげないと』って言うから渋々、オッケーしたけど、ほら見なさい! やっぱりダメだったじゃない!」


 目を三角にしてって、こういう顔を言うんだろうなあ。俺を指差して、まくし立てる。俺は立つ瀬がなくて、すがるような目でハンセンを見た。リアムがいない今、このパーティーで最年長は彼だ。庇ってくれるのではないかという、わずかな希望を抱いていた。


 「マリアン、そういうな。リアムの代役を務められる盗賊など、そうそういない」


 ついさっきまで司祭の手伝いをして回復魔法をバンバン使っていたハンセンは、疲労のにじむ表情で、擁護とも非難ともどちらとも言えない中途半端なことを言った。


 「さっさと出て行きなさい! 一歩間違っていれば今頃、あんたはイアソンを殺した張本人なのよ! 顔も見たくないわ!」


 マリアンヌはツカツカと近寄ってくると、ドンと俺の胸を突いた。勢いでよろよろと後退する。確かにその通りだ。返す言葉もない。


 「ご、ごめんなさい。俺が未熟なばっかりに……」


 俺はシャツの裾をつまんで、頭を下げた。ヘルプとはいえカナリヤンズに入れてもらったのに、なんてざまだ。言い訳のしようもないところが、さらに辛い。まだ何もしていないのに、いきなり追放か……。でも、受け入れざるを得なかった。


 その時、ベッドの上からゴホゴホと咳き込む音がした。「イアソン」。ハンセンが立ち上がる。マリアンヌも駆け寄った。


 「マリ……。まあ、そう怒るな……。誰にでも失敗は、ゴホッ、あるものさ……」


 喉を負傷しているイアソンは、しゃべりにくそうにしながらも一生懸命、笑みを浮かべて言葉を絞り出した。そして、ベッドの上で起き上がろうとする。マリアンヌとハンセンが両脇から体を支えた。


 「クリス、まあ……あまり、気にしないでくれ。今回は、僕が急ぎすぎたのが悪かったんだ。クエストをキャンセルして、リアムの復帰を待てばよかった。僕のミスだよ……」


 イアソンは苦しげに息をつきながら、優しく微笑んだ。その隣で、マリアンヌがすごい目つきで俺をにらんでいる。マリアンヌはきっとイアソンのことが好きなんだろうな。全くそんな素振りを見せないけど、イアソンがやられた時の狼狽えっぷりや、生き返った後の喜びようを見ると、そうとしか思えない。そんなことを考えつつ、すごく申し訳なくもあり、俺はイアソンの目を見られなかった。


 「まあ、とはいえ、あれだね……。申し訳ないけど、君はもう、お役御免だ……。こうなった以上、そもそも僕がしばらくは動けないからね……。復帰したとしても、マリが君を連れて行くことは許さないだろう。せっかく誘っておいて、申し訳ないね……」


 まあ、そうなるよな。こんな大失敗をしておいて、もう一度、チャンスをくれなんて言えない。俺はのろのろとリュックを担ぐと「本当に、すみませんでした」と改めて頭を下げて、教会を後にした。


 これからどうしよう。ポケットに突っ込んでいた指先が底にたまった砂つぶに触れて、ポケットが空であることを知らせている。そういえば、全く報酬っぽいものをもらわなかった。「くれ」と言える立場でないことは重々承知しているが、いくつかトラップは解除したのだ。小遣い程度の金をせびる資格は、あったのではないか。


 気がつけば街外れに来ていた。ほとんど水がない川に橋がかかっている。最近、水が不足していて、取り合いになっている。遠くの泉から水を汲んできて売る冒険者まで現れて、びっくりする値段がついている。欄干にもたれかかって、大小の石がむき出しになった川底を見つめながら、深いため息をついた。


 せっかくの大チャンスだったのに。後悔してもしきれない。カナリヤンズみたいな実績のあるパーティーに呼んでもらえるなんて、もう二度とない。なんであんなミスをしてしまったんだろう。


 「ああっ、くそッ!」


 口に出して毒づくと、欄干を拳でドンと叩いた。そんなことをして何かが変わるとは思えなかったが、あまりの自分の不甲斐なさに、吐き出さずにはいられなかった。


 その時、ふと異臭が鼻先をかすめた。


 ん? なんだ、この匂いは。俺は盗賊なので音や光はもちろん、匂いにも敏感だ。乾いた汗と垢の匂いだ。長期間、体を洗っていないとこんな匂いがする。自分の匂いではない。ということは近くに浮浪者でもいるのか? 浮浪者自体、この辺境では珍しくない。魔族に襲われて別の街から逃げてきた難民や、俺のように宿に泊まれない貧乏冒険者が公園や橋の下で寝泊まりしている。橋の下に誰かいるのか? 俺は何気なく覗き込んだ。


 「……!」


 危うく「うわっ」と声が出そうになって、それを飲み込んだ。夕日の差し込んでいる橋の下に、魔族かと見間違うような巨大な何かが倒れている。ここからでは両足の膝から下しか見えないが、それでも相当デカい。垢じみた素足に、毛皮のブーツを履いている。なんだろう。あんなにデカいのは人間ではない。魔族かもしれない。見なかったことにして立ち去っても構わなかったが、俺の勘が「見に行ってみろ」と言っていた。気がつけば、小走りに橋を渡り切っていた。小さな階段を使って、俺は橋の下へと降りて行った。

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