密室殺人
第2章
前の子に続いて私も下車しようとした。運転手に“ありがとうございました“と声に出してお礼をしようとしたが、やはり運転席には誰もいなかったので、軽い会釈をしてそのバスを後にした。もう二度と戻ることはないと思ったので、貴重品以外はバスに置いてきてしまった。外はひどく寒かった。学校から出発する前より著しく気温が下がっているような気がした。真っ黒な彼岸花の多くを、生徒たちは気にもせず踏みつけて歩んでいた。小学校に向かって。私のその細かい虫の大群が異様な光景に、思わず息を呑んだ。
「なんだろうね、此処は」
そう話しかけて来たのは、教室では私の隣の三つの席を挟んだ先にいる村上だった。先ほどのいざこざを仲裁した張本人でもあった。健康そうな小麦色の肌をしており、口調かたまにムカつくところがある、班が私と一緒の男子生徒だ。
「わからない。っていうか、なんか変だよ」
「なにが?タネも仕掛けもない小学校じゃないか」
「なんだその言い回しは、闇営業の腐ったマジシャンは黙っとけ」
仲がいいわけではない。
「ちょっとよくわかんないけど」
「なんでわかんねぇんだよ」
「あのね、私も理解に苦しんでんの。あんたに構ってる暇はない。」
「僕は別に構って欲しいわけじゃないんだ。ただ、今目の前に広がっているこの異様な光景に関する感想を共有しあいたいだけなんだ。」
「はいそおですか。じゃあこちらからしゃべらせてもらいます。」
「どうぞ。」
「それにしても、こんな“とりあえず鉄を敢えて豆腐にしてみました“みたいな小学校、見たことないわ。」
「でも、みんな楽しそうだよ?まるで夢の国に入国する寸前の雰囲気だ」
実際、その通りすぎてぐうの音も出なかった。誰も今の状況に違和感を覚えていない様子だった。だが私はそんな状況を受け止める余裕がないので反論する。
「いやいやいやいやいやいや、この状況はあまりにもおかしいでしょ。今朝だって全員揃ってないのにも関わらず出発したし、他のクラスのバスは?どこいった?さっきまで、一般道を走っていたのに、急ブレーキがかかって、運転手さんもいなくなって、気がついたら要塞みたいな小学校の前にいて、みんな気味悪いぐらいにウキウキだし、本来はユニバに行く予定だったことをみんな小学校を前にして忘れたって言うの?しかもあたりは真っっっ黒な彼岸花でいっぱいだしさ、もうわけがわからないよ。」
「、、、終わった?」
そうやってわざわざ聞いてくるのは些かムカつく。
「うん、まあ」
「状況説明ありがとう。確かにおかしいね。それに彼岸花という花は、なんとなく死を連想させるよね?その理由を聞きたい?それはね、墓地の畦道に多く植えられてきた歴史的背景があるからだと言われているんだって。(諸説ありだけどね。)だから君の“鉄豆腐のような小学校“に対する底知れない嫌悪感を生み出しているんだと僕は思うよ。でも僕たちがそうこうしているうちに、みんな校舎の中に履いていくよ?とりあえず中に入ってみようよ。」
「ウルセェし、長げぇ。歩くスクランブル交差点だ。こいつ、私を罠に嵌めようと企んでるんじゃないだろうな。」
「心の声漏れてるよ」
さいですか。
「えっ、てか今の君の声?」
「なにが」
「なんか、信じる、信じないとか」
「言ってないよなにも」
「まあいいや、ともかく僕は君と漫才したくて喋ってるんじゃないんだ。もっと重要なことがあるんだよ。」
「なに、その、いかにも深刻ですよそうな、重要なことって?」
「さっき、バスの中で手紙が回って来たんだ。本当に突然。」(大体そうだろ)
「でも誰から来たのかわからない。その手紙には”鐘を鳴らせ“って書いてあったんだ。赤い文字で。」
(呪われてんじゃないの?赤文字だし)
「それは人の名前で成立する話でしょ」
え、え、こいつ心読んだ?今
「え、、てか、気持ち悪いし、怖いねそれ。」
「まあね。でも僕はこれをポジティブな出来事だと受け取った。村上正義青年に世界の運命がかかってるみたいでワクワクが止まらない。まるで重要な任務が課せられたエージェントになった気分だよ!」
余談だが、正義という名前は、“ジャスティス“と読む。なかなかだろう。しかし、
むしろそのような名目だと心身が思いやられそうな気がするが、彼はスーパーポジティバー村上(芸名みたい)なので、自分がヒーローになったようだと錯覚しているようだ。まだ任務も遂行していないのに。
「おーい村上達、早くこっちこいよー」
「まあ、とりあえず校舎の中入ってみようよ」
「いいけど」
そうして私たちは校舎の中へと足を踏みいれた。
「中は綺麗だけど、綺麗じゃないところもあるな」
「なんか、旧校舎って感じだね」
「でも木造っぽいところもない?」「旧校舎大体木造だろ」
校舎の中は、不思議な感じだった。第一印象は、“横暴な校長先生の職権濫用により施された教育現場‘’というような感じだった。意外と内装は木造建築だったことに私たちは驚いていた。あの鉄壁の要塞のような外見からは予想できない景色だった。これでもかというほどの絵画飾られており、景色がうるさかった。一生分の色を摂取したはずだ。正面玄関を過ぎてすぐに大理石で出来ているような下駄箱があって、それを越えた奥には三つの階段があった。赤、青、紫の階段だ。未知との遭遇みたいで私はテンションが上がったが、気味悪い構造だったことは確かだった。
「てか、あいつどうすんだよ」
「あいつて、8?」
今更である。
「ねえ先生どうすんの?」
先生は無言のままだった。
「それじゃあ、班別にこの小学校を探検しよう」
「楽しそう〜」「行こうぜ行こうぜ」
「先生」
「どした村上」
「なぜ、先生は先程から8を最初からいなかった事のように振る舞おうと努力されているのですか?彼もこのクラスの立派な数少ない生徒でしょう。」
「、、、お前は誰の話をしているんだ?」
「、、いやいや、私たちのクラスにいる8のことですよ。普段あまり目立たないけれど、話しかけてみると気さくないいやつで、彼のお弁当に入っている冷凍食品の焼きそばをたまに僕に分けてくれる。そして、ろっぽなことなんて決してしないあの8ですよ。」
「8って誰だ?てかなんだよ8って」
「またまた、先生、ご冗談を!」
「村上、お前こそ、なんなんだ。8とかなんとかって、そんなやつはこのクラスにはいないし、そもそも名前が“8“っておかしいだろ。」
「えっ」
まさかすぎる返答に、村上は言葉を失っていた。場が凍るとはこの事かと身をもって実感した。でも、確かに、なんで、8って言う名前なんだろ。どこからが苗字で、どこからが下の名前なのだろう。なんでだろう。そもそも8って…..
「先生、ふざけるのも大概にしてください。ただでさえこんな状況だというのに、そんな文句がありますか」と、田中。
「先生、正気っすか?w さっきの急ブレーキで頭ぶつけてやっちゃいましたか?w」と、森。
「・・・・・ ・・・・・ ・・・・・ ・・・・・」と、五言絶句の私。
三者三様で見応えがある。が、そんな悠長なことを言っている場合ではない。これは大事件だ。教師が生徒の名前を覚えていないとなると、いよいよだ。しかも、バスの点呼の際、いないとわかっていたのにも変わらず、置いていくというなんとも残酷な判断をしたのだ。私は“そのこと“について先生に異議申し立てをした。
「先生、、本当に覚えてないんですか?バスに乗る時、点呼しましたよね?でも先生は8を置いていくと言う判断をした。それはなぜですか?その時点ではまだ8のことは頭にあったはずなのに、この小学校に入った途端、あの子の存在を忘れたとでも言うのですか?」
先生は深くため息を生徒の前でつき、こう言い放った。
「いいか、俺は8なんて名前のやつは知らない。お前らのおふざけに付き合っている暇はないんだ。」
心なしか、先生の言い草がなんとなく固定化されている気がした。
正直、私も8の存在概念が、ちょっとづつ薄れている気がした。
そして、先生も含め他の班はそれぞれ赤、紫の階段に登って行った。
「どんまい、、で済まされる話ではないな、これは。」
田中さんはそう村上に寄り添った。the真面目。mr真面目の田中さんが。
「これはひどい。酷すぎる。なんで8のことを誰も気にしないんだ」
「でもさ、こんなことあんまり言いたくないんだけどさ、正直、8のこと、誰かが言うまで、うち、忘れてたんだよね。先生はもう手遅れみたいだけど。」
「右に少し同じく」
「少しってどゆこと?」
「なんかな〜、引っかかるんだよ」
「だからそれを聞いてるんだっつーの」
「いや、先生含め他の奴らはほとんど今さっきの8の話題に興味示さなかっただろ?でもここにいる俺たち5人はあいつのことを覚えていた。なんでだ?」
「確かに、しかも俺たちの班は本来8を入れて6人班のはずだったからな。」
「それも関係あると思ってる。8の存在の可能性に今1番近いのが俺たちだからな」
「てかさ、森キャラ変わってね?w w」
「は?w 思ったこと言っただけだよ」
「ちょっと見直したわ」
「おう、?」
「君たちはほんとにいいバディだね。僕たちのようにね〜」と村上がそう言いながら私の肩を組もうとしてきたので、
「あれっ」
スッと避けた。
それにしても自体は深刻だった。状況の整理がつかないのは私も同じだった。色々な謎が深まるばかりで、取り残された私たちの班に残された道は、目の前にある青の階段だけだった。村上は落ち着いた声で「とりあえず、行こう、行くしかないよ、今は、なんとなく、そうするしかない」「うん」「そうだな」「とりまね」「右に同じく」そうして私たちは階段に足を踏み入れた。
みz;w;*;@しん「。。、‘な。。いl;で
「え、、?」
ノイズ混じりに誰かの声が聞こえた。しかも、脳内に直接語りかけてくるタイプだ。
「どうした?」
「いや、なんか、来ないでって言われたような」
「誰かなんか言った?」村上が言った。
「ちょっとなに、怖いんだけど。」森のバディ(?)、三浦さんが言った。
「まあ無理もないだろう。こんな状況になっているのだから。」田中さんが言った。まあ無理もないだろう、の意味がよくわからなかったが。彼は意外と正気を保っているようで、異常事態だということを理解している様子だった。そうして私たちは階段の続きを登った。その最中の踊り場に、また何枚かの絵画が飾られてあった。どれも、ひどく汚れていて、よくわからなかった。2階に上がると、廊下が一直線に続いていた。とても長い。うっすら目を細めてみると、廊下の1番奥に3階へ上がるための階段があった。
「なあ、ちょっと休憩しねぇ?」森がそう言った。
「なんかね、妙にどっと疲れたような気がするよ。」村上が賛同する。
「酸素が薄いのかな?木造のくせに」三浦が校舎に文句を言う。
確かに彼らの言う通り、疲労感が半端ない。
「あ、そこの教室入って休もうぜ」
「サンセイー」
私たちは教室で少し休憩を取ることにした。扉を横にスライドし、教室に入り中を見渡すと、そこにはどこか見覚えのあるような場所が広がっていた。傷が多くついたフローリングの床に15個の机と椅子。教卓と黒板。雑に使われ、残酷な朽ち果て方をした十人十色のチョーク。黒板の上にある学級目標。ランドセルを入れる16個のロッカー。ロッカーの上の壁には新年に書き初めしたであろう習字の作品が16枚。「一心同体」と一人一人力強く行書で書いてある。
「あれ、なんか変じゃないか」
「田中どした?」
「いや、今なんとなく壁に飾ってある習字見てたんだが、数えてみたら16枚だった。それとロッカーの数も16ヶ所。だけどこの教室の机の数は15個。机の数ってイコール生徒の数でしょ?机とロッカーの数と習字の数が合わないんだ。」
そこに私が会話にログインする。
「てか、私たちが小学生の時使ってた教室にそっくりじゃない?この教室」
「いやでもさ、ロッカーってさ、1年間使わない余りのロッカーって1つは絶対あるじゃん?それじゃね?」
「うちのクラスにもあった笑。埃ばっか溜まってくやつね〜!」
「あれなんだろうね?あれやばくね?」
私はギャルとMOROHAに勢いに負けて、半径数メートルの異変を共感に変えることはできなかった。そこで私はあることを思い出した。
「そういえばさ、小学生の時、8が授業中気絶したの覚えてる?」
「そんなことあったっけ?」
「あ〜あれね!俺は覚えてるよ」
森は続ける。
「国語の授業でさ、“物語の登場人物になりきってみよう“ていう特別授業的な事やったじゃん?劇みたいなやつ。でも8ってさ、あいつ吃音?っていうの?持ってたから、自分の台詞なかなか言えなくて、」
それでは物語が進まない。
「もしかして、そのせいで話進まなくてほとんど授業潰れたっていうあの事?」
「そそ。まじでループしてるみたいだった笑、ほんの数秒間を」
「途中休憩入れたりしたんだけど、その場に耐えきれなかったのか、8が急に白目剥いて気倒れたんだよ。結構大騒ぎになったよな」
当時、本人が相当苦しそうにしていたのを覚えている。まだ小学生のひよっこだった私たちにはどうすることもできず、ただ、その姿を笑うしかなかった。だがそんな彼の様子を笑うだなんてことは人権道徳に反する行為だ。そのことに気づいたのも今、この瞬間だった。
「なあ、なんか聞こえないか?」
皆、耳を澄ました。すると、ごぉぉぉぉ、というセイレーンの鳴き声のような轟音が響いていた。
「ねえ、なんか寒くなった?」「なんか寒くね?鳥肌立つ」「確かに、急に冷え込んだな。」「なに?冷房ききすぎてんなあ、おい」「みんな、これは嫌な予感がするよ。」「それな、うちの勘もそう言ってる」「そうに違いない。」「キャラ立ってんなあみんな笑」「黙れ」
私たちはその教室から出ることにした。1番引き戸に近い田中が窪みに手をかける。
「早くここから出よう」
だが、そこからなかなか動じない。引き戸も、田中も。
「田中くん、どうしたんだい?」
すると、田中がお構いなしに引き戸を開けようとガチャガチャとロッカー側へ乱雑に横に動かし始める。そして、動きをスッと静止し、首だけをこちらの方へ向ける。まさか、お決まりか。
「どあがひなかないよ」
あまりのショックで、彼の口調が幼児退行していた。




