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ヴァンパイアは暁に夢む:短編集  作者: 静杜原 愁


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檻を隔てⅡ

選ばれなかったという事実が、檻の中で人を歪ませていく。

彼はもう、選ばれる意味しか見ていない。

 時間の感覚はない。

 ただ、彼女が来る。一見すると少女のような、小柄で赤い髪の。

 それがどれほどの間隔、どれほどの頻度かと問われれば、答えようもないが。

 

 彼女はおそらく、ヴァンパイアだ。

 俺は、どこかの檻の中。ここが何なのかは分からない。

 ……けれど、“飼われている”ことだけは理解していた。

 死なない程度に最低限の食事が与えられていたから、だ。


 あの少女が何者か、はっきりしたことは分からない。

 ただ、従者を従えており、その身なりも高貴なものに見えた。

 となると、()()でそれなりの地位を得ている存在だろうか。


 彼女は誰かを選び、どこかへと連れて行く。

 選ばれた者は暫く後――行きと同じ従者たちに連れられ、戻って来る。


 生かさず殺さずを徹底されていた。

 血の気が引き、ぐったりして動けなくなっている様子を見るに、血を吸われていることは誰の目にも明らかだった。

 俺たちは、彼女の食事としてここに閉じ込められていた。


 先ほどまで怯え切っていた人ら。

 あの瞬間には誰もが視線を落とし、目立たないようにして。自分でない別の誰かが選ばれるのを祈りながら遣り過ごしている。

 けれど。今日選ばれた彼が戻って来たなら、傍に寄り介抱してやっている。


 ……妙な連帯感だと感じる。

 自分でなくて良かったという思いを抱いてしまったことの罪悪感を、帳消しにしたいが為の善意――だろうか?

 彼が選ばれることにより、今日一日という日を何事もなく過ごせたのだから、感謝するべきなんだろう。

 だけど俺は、そこに混ざる気もなかった。


 俺は選ばれたかったんだ。

 それなのに、今日も彼女は別の誰かを指差した。

 ……それが悔しかった。


 ようやく身体を起こし、()()()()は呆然としたようにそこに座っていた。

 傍に寄った人らも、その回復を見届けたなら関心を失ったかのように彼を一人にした。


「なあ、どうだった」

 俺は傍に寄り、彼の方を見ることもせず問いかけた。


「……思い出させてくれるな」

 その声は掠れ、震えていた。


「俺が代わりに行ってもよかったんだ。だが、あんたが選ばれた」


 向き直ると、怯え切った瞳が揺れる。


「じゃあ、代わってくれればよかった」

「無理だ」


 俺は即座にそう言っていた。どうしてか、笑えてもくる。

 それは諦めか、それとも。


「俺は選ばれなかったんだ」


 言葉として出してみると、それは残酷なほどに――胸を締め付けるような、苦しさを伴う事実として落ちた。


 選ばれなかった。

 その事実だけが、夜毎に重さを増して胸に積もる。


 ここに来てから、どれほどの時間が経ったのかは分からない。

 ただ分かるのは、彼女が来る(とき)が近づくほど胸の奥が妙にざわつくことだ。


 恐怖とは違う。

 諦めとも違う。


 ……期待、だ。


 自分でも気味が悪いと思う。

 選ばれれば、血を吸われる。戻って来た連中の顔を見れば、それがどれほど辛い行為かは想像がつく。

 それでも俺は、彼女の視線が自分に向く瞬間を待っていた。


 小柄な身体。

 赤い髪。

 淡々と、感情の読めない目で俺たちを見下ろす姿。


 名前も知らない彼女が指を差し示すその仕草、その一瞬――

 その先に自分が居ることを、心のどこかで願っている。


 選ばれたい。

 生きる為でも、楽になる為でもない。

 選ばれることでしか、ここに居る意味を保てなくなっていた。


 選ばれない日が続くほど、檻の中の空気は重くなる。

 俺を見る周囲の視線が、少しずつ変わっていくのも分かった。

 哀れみでも、敵意でもない。理解出来ないものを見る目だ。


「また、あいつ……」


 そんな囁きが聞こえる度、胸の奥で何かが冷えていく。


 彼女が来た。

 その足音は静かで、鎖の音だけがやけに響く。


 俺は、視線を逸らさなかった。身を縮めもしなかった。ただ、檻の前に立つ彼女を見上げた。

 その目が、一瞬だけ俺を捉えた。


 ……違う。


 ()()()()、だけだ。

 

 指が上がる。

 示された先は、また別の誰か。

 胸の奥で、何かが音を立てて崩れた。


 ――選ばれなかった。

 また、今日も。


 彼女が背を向ける。

 従者が後に続く。

 いつもと同じ光景。


 気づけば俺は、檻に掴みかかっていた。

 喉の奥から、抑えていた声が零れ落ちる。


「どうして俺を選んでくれない」


 叫びに近いそれは、湿った石壁に吸い込まれていった。

 彼女が振り返らなかったことに、どこかで安堵している自分がいる。


 ……分かっている。

 これは救いを求める声じゃない。


 俺はただ――あの瞬間の彼女の中に、存在したかっただけだ。

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