檻を隔てⅠ
後に残るのは、静かな終わり。
整え、違う何かに成り代わったとしても。かつて私の感じた、その愛に報いたかった。
けれど過去を思い返すなら――
檻の中と檻の外。私はまだ、そこに囚われていた。
結果として、リュセリエ家は形だけが残された。
ニカエラの支配は終わり、今当主の座に居るのは――眷属の私。
かつてのリュセリエ家は正統な血筋と、その特異な外見的特徴により、周辺諸侯からは一目置かれていた。
それなのに今。この家を取り仕切るのは純血ですらなく、元々は人間だった私……なのだから。
きっと、以前のようには見られない。蔑むような視線を受けることになるだろう。
それでも、私はこの家を残したかった。
かつて私を受け入れてくれた両親の為にも――
ニカエラの代には、城の使用人などは全て解雇してしまっていた。
彼女が愛する弟を他の誰の目にも触れさせない為の措置。それにしては、やり過ぎだと私は感じていた。
たった一人の、それも無能な弟の為に。不便を強いられていたことが当時は腹立たしかった。
今この家の決定権は私の手の中にある。だから、以前のように使用人を雇い入れることにした。
庭師も雇う。それは、ニカエラと約束したことだった。
彼女の愛した弟が人知れず手入れしていた庭。
彼が去ってからは誰も世話をする者もおらず、荒れ放題になっていた。
何の慰めにもならないことは分かっていた。
ただ、見るに堪えない庭の惨状を少しでもマシなものにする為には、定期的な手入れが必要だろうこと。それは私にも理解出来ていたことだから。
……皮肉にもニカエラはつい先日まで、その現実すら知らずに生きてきたのだが。
そしてもう一つ。
今では常識となっている、血の安定供給。そのシステム――それを私は導入しようと考えていた。
簡単な話だ。人間を飼うことで、狩りなんてのは不要なものとなる。
実に合理的なシステムだ。周辺諸侯は既に取り入れている仕組みだった。
それに、人間だって同じことをしている。肉の為、毛皮の為――
そう考えれば、この仕組みだけが特別に異常なものだとは言えないはずだった。
しかしこのリュセリエは、このシステムを否定していた。
古くからの伝統を重んじる両親だった。
狩りによってのみ血を得ること。それを誇りのように思っていたのだろう。正しい吸血鬼の姿、として。
ニカエラも彼らの思想を継いだのか、それとも自身の嗜好からだったのだろうか。家畜を飼うことをしなかった。
どちらがより残酷か――
血の為に生かすでも殺すでもない状態で、延命させられるのと。
ある日突然命を刈り取られることになる不条理と。
それは私には分からなかった。
ただ、前者の辛さ。絶望の深さは、遠い昔に味わった記憶がある。
皮肉にも、私はそれを繰り返す。
今度は搾取される側でなく――搾取する側として、手を伸ばすのだ。
地下へと降りていく階段。
長らく使われていなかったそこは、湿っぽい匂いがした。
冷たい石の回廊。錆びた鉄格子の匂い。
啜り泣くような嗚咽。
……耳障り。
今日の飢えを癒やす為に、私はその中から一人を選ぶ。
檻の前で人間たちの様子を窺う。
怯えるようなのは、手間がかかりそうだから――絶望し切って、動けないようなのがいい。
指を差せば、従者が二人。檻から私を遠ざけるように前に立ち、鍵を開ける。
中から選んだのを引きずってくる。
私が踵を返せば、彼らが後に続く。
後ろからなにか聞こえた気がする。
でも私はそれを、聞こえないフリをしていた。
「どうして俺を選んでくれない」
ずっと見えていた。聞こえていた。
でも、見ないようにしていた。
縋るように手を伸ばしてくる彼の姿が、過去の自分自身に重なって見えた。
だから私は、彼で渇きを癒すことを選べなかったのだ。




