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ヴァンパイアは暁に夢む:短編集  作者: 静杜原 愁


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〈余白Ⅱ〉第七話~第十四話

この回は作者による解説です。読まなくても物語は楽しめますが、作品の裏側を知りたい方はどうぞ。

 第七話から第十三話までを「檻を隔て」としてきました。

 これはエヴァンジェリンのエピソード。

 彼女が本編終了後、リュセリエ家を再興させようとする姿と言いますか。


 多分その、前のニカエラの時代には色々とぐちゃぐちゃだった。

 彼女は奔放で、“自分さえ良ければ良い”という性格というか。

 だから本編でゾラに撃退された後、そこで心が折れて。

 ミハイル以外の何もかもが彼女にとっては意味を成さなくなった。


 そこから家督をレオナールに譲ろうとしますが、彼は彼で過去に一度拒絶されたものだから、真面目には受け取らない。

「なんで今更?」――そういう気持ちだったんでしょう。


 そもそもが、第四話で書いた通りニカエラの拒絶があったから彼は本心を隠し、軽薄な生き方をするようになったという背景があり。

 厄介なことは背負いたくないのと、半分は妹を信頼してのこと。

 ヴァンパイアとしての誇りと、両親のことを敬愛していた彼女だから、この家を正しく継いでくれるだろうと見込んでいたというか。


 さて。それで、実際のところはどうだったんでしょうか。

 

 ある意味では、かつてのリュセリエ家は失われた。

 エヴァンジェリン自身、純血のヴァンパイアでなく、両親の本当の娘でもなく。彼女の手による再興というのは、正統な血筋による統治でもなく中身は全く別物という状態での存続だったのですね。


 両親の時代から続く伝統も、合理的という理由から捨て去って。他の同族のように、リュセリエ家でも“家畜を飼う”手法を取り入れます。


 血の安定供給、狩りは必要なくなり。

 まあ、本編後ということでニカエラもどこか壊れていて、レオナールもまだ抜け殻のままでしょうから……余計このシステムを採用するのが彼女の急務とも言えるところだったんです。


 このシステム自体は最近出来たものでもなく。周辺の家では既に取り入れられていたものでもある。

 ある意味伝統的、ある意味では時代遅れだったリュセリエ家が現代化したというところ。

 合理性っていう意味では多分、これ以上ない位都合の良いシステムだったりもする。


 少しだけ、私自身の書くヴァンパイアの設定についての補足です。

 この世界のヴァンパイアには「純血」と「眷属」がいます。


 純血は、始祖から連なる由緒正しいヴァンパイア。眷属は、人間が転化した存在です。

 人間がヴァンパイアに血を吸い尽くされ、絶命する。そこにヴァンパイアから血を与えられればヴァンパイアとして蘇生します。

 これが眷属化のプロセスです。


 血を与えたヴァンパイアは“親”であり。“子”は親の刷り込みを受けてしまう。

 だから眷属は、純血を越えることもなく従順になる。


 そして外見的特徴。

 この物語におけるヴァンパイアの造形には、絶対的な「階級の可視化」を込めています。


 純血は、白い肌に黒い髪、赤い瞳。

 リュセリエ家はアルビノ的な特徴を持つ希少な血なので、その髪は銀または白と表現しています。


 眷属は、白い肌は共通としましても、赤い髪に(みどり)の瞳を持つ。

 一見して、それが眷属だと分かる。ある意味では烙印のように。


 エヴァンジェリンも元は人間だった為。どうしても思い出すことがあった。

 彼女もまた、こういう場で“飼われる側”に居た人間だったのですね。

 だからこそ、檻の中での絶望というのを知っていた。


 しかし痛みの記憶は遠い昔のものであり、利便性を取る上でそれを無視する方がよほど合理的であること。

 そんな檻の中に、名もなき一人の青年が居た――というのがこの一連の話の始まりです。


 本編の方に一度立ち返りますと、あれはミハイルとゾラがお互いを選び直すような話として。

 それ以外のキャラクターはどうなったか? ……まあ、救いがないですよね。


 このリュセリエ家も色々ともう、ボロボロ。それは前述の通り。

 エヴァンジェリン自身も、ミハイルやゾラを巡って傷ついたわけではないけれど、尻拭い的な役割を押し付けられるという結構損な役回りだったりで。


 まあ、救いがないです。書いた自分が言うのもなんですが、基本救いがない。

 ただ救いがないからと言って、安易に救いを与えるということはしたくなかった。

 余り物同士、或いはポッと出の誰かとくっつつけるなんてのは容易なことですが、それはしたくなかった。


 じゃあ何を書こうか? というところ。

 本編を書いている中で、物語が終わった後のことを考えたりすることが結構あったんですね。


 この、まあ。彼らにしてみたら、自業自得的なところもありつつ。

 長い寿命を生きる彼らですから、その中で何が起きるのかを想像して。

 その因果とか、それが続いていく様子とか。

 変わったようでいて、結局変われなかった部分――その悲劇というか、呪いのようなもの。それを表現したかった。


 痛みを忘れたようでいて、結局は引き戻されることになる。

 そして同じことを繰り返して、それがまた続いていく。

 それを七話分かけて書いたというところです。


 なんかそう思うと、字数的にあまり大したこともなさそうですが……ちょっと時間をかけ過ぎたような気がしないでもない。


 そして十四話目。これは、リュセリエ家の父親の話。

 これまで、誰かの語る中で彼を「愛情深い」人物として表現してきました。

 この短編集の中でも、少しだけその姿を書いたかと思います(第四話で、ですね)。

 その彼の視点で書くエヴァンジェリンの過去のこと。彼が彼女を見つけ、救った瞬間のこと。

 それでいて、善人のように書いてきた彼の実際のところを書いたつもりです。


 ある意味でこの父親の「甘さ」というのが、今のミハイルにも継がれているのだと。

 善人であろうとし、そこに自己欺瞞を見た。それでも、善人で在り続けようとした。

 けれどどこか、例えば商人のことを見下していたり。自分と彼は違う、という線引き。

 救う対象についても、無自覚に選別しているところなど――


 例えばレオナールは、彼自身が助かりたくて声を上げ続けたというところもありますが……実は貴族の出だった、というところ。

 優秀な血筋であれば家族に選び、それ以外は使用人にするとか。


 檻の中の人間たちは、やがて誰かに買われることになる。

 その先でどういう扱いが待っているかは……色々とご想像にお任せするとして。

 大体が碌な事にはならない。それであるなら、“まだ”危害を加えられるでなく召使い的に雇用された方がマシというところもある。

 そう思って書いてました。


 彼自身もそうして対象に「役割」を与えることで、救ったつもりになっている。

 救われた側は、感謝の念とか敬意を彼に向けることになる。

 生き延びたっていう点では事実にも違わないので、崇拝にも近い感情を抱くのかも知れません。

 そこに彼自身が救いを見てしまっているという、どうしようもない偽善者がこの父親です。


 このリュセリエ家というものを書く上で、少し意識していたことと言えば。

 彼らには「演技性」を持たせたかったということ。


 ニカエラも、レオナールも、エヴァンジェリンも、役割を演じるように生きていた。この父親も善人という自分を演じたかったのでしょう。

 ただその中で、ミハイルだけが何者にも成れなかった。

 本編上でこの家族のエピソードを書く時、タイトルに『演目』と入れたりしたのもそういう意図があってのことでした。


 レオナール、そしてエヴァンジェリンについて――


 彼らには「家族」という役割を与えられた。

 それはここで書いた父親の目指す“理想の家族像”のピースとして。

 ただ、ニカエラが拒絶したものだから彼の思った通りにはならなかった。


 彼は家族や自身の眷属たちに対し、愛情を注いでいるようでいて。結局は型に嵌めようとする傲慢ささえあったのだと思います。

 それは自身の本当の娘であるニカエラに対しても例外でなく。

 この理想像の押し付けが、家族となった二人を苦しめることになった。


 一方は諦めに生きるようになり、本心を隠すようになった。

 もう一方は誇り高くあろうとするものの。自分は絶対に完成しないままであるという不満を抱えたまま。

 気が遠くなるほどに長い時間、そうして生きることを強いてしまった。


 何を見せたかったかと言えば、そういう“救われなさそのもの”を。

 誰が悪いっていうわけでもなく。ただ、誰も救われなかった。

 ……そんな虚しさでしょうか。

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