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ヴァンパイアは暁に夢む:短編集  作者: 静杜原 愁


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14/19

救いを見たのは?

壊れ物を掬い上げ、救ったつもりになる。

甘さを捨てきれなかった男が夢見た、理想の家族。

壊れていたのは、檻の中の子どもだけだったのだろうか。

「またあんたか」

 男が下卑た笑みを向け、声をかけてきた。

 夜の市場、目立たぬように隠していても。私だと分かるほどに、彼とは顔馴染みになってしまっていた。


「いや~忘れるわけがない! あんたみたいな優良顧客。おまけに色男、見間違いようがない」


 男は近づき、私の肩を叩いた。相変わらず分かりやすいおだて方だ。


「なあ、また見てってくれよ。あんたのお眼鏡にかなう商品があるかも知れない」


 あまり目立つようなことはするものではない。

 ここも結局は、人間社会の一部だ。


 彼らにとって我々は、招かれざる客だ――しかしそれは表向きのこと。

 この男のように、私の正体に勘付きながらも取引を持ちかける者もいる。

 金になるのであれば、相手は誰だって良いのだろう。売れさえすればそれでいい、と。


 流石に“優良顧客”とまで言うのだから。

 彼がここで下手に騒ぎ立てるようなことをしないとは思うが、念の為。私は素直に従うことにする。


 見世物のように檻の中に入れられている人間。

 この男と同じであるはずなのに。同族を売り物にすることに、何も思うことはないのだろうか。


 我々であれば、同族に対しこのような仕打ちはまずしないだろう。

 それを考えるなら、人間というものがいかに野蛮な種族かというのを思い知る。


 項垂れ。天を仰ぎ。或いは身体を横たえ――それぞれの絶望の形。

 ……あまり見ていて気分の良いものではなかった。


「今夜は何をお探しで?」

 分かりやすい作り物の笑顔で私を見る。

 今日も何か、買うことを期待して。


 私はこれまで、この店で何度か買い物をしている。

 その大半は城の使用人として。人間のまま、或いは眷属という形で彼らを迎え入れた。


「この前の貴族の坊っちゃんはどうだった? 奥方様が大層気に入ったようだったけど」


「答える義理はないだろう」


「あぁ、すまないねぇ。へへ……」


 つい先日、養子として迎え入れた彼のことを言っているのか……どうせ碌でもないことを考えているのだろう。


「君の思うようなことが事実ではないのは確かだ」


「へえ」

 つまらなそうな相槌が返ってくる。

 だが、次の瞬間にはまた何やら言葉を矢継ぎ早に重ねてくる。


 一つひとつ檻を見ていく間にも、よく喋ることだった。職業病ってやつだろうか。


 ただ、それを聞き流したくなるのは。

 真面目に取り合えば、気分を害するどころでは済まないと。

 そして、その不快さから目を背けることで、自分がまだ“まともな側”に立っていられると。

 そんな言い訳を、無意識のうちに選んでいたからだ。


「そうだ。若いのが良いなら、最近仕入れたのがいますよ」


 ある檻を指差し、男は言う。

 しかし、少しだけ考え込むような素振りを見せた。


「ただねぇ……その。見てくれは良いんだがね」


 そこへ向かう彼の歩みは、忌まわしいものを遠巻きにするような、どこか腰の引けた足取りだった。


「正直気味が悪くてね。誰にでも同じことを言うもんだから」


 それを見せたいのか、そうでないのか。

 曖昧な態度の男を追い越し、私はその檻の前へ立つ。


 そこに居たのは、まだほんの子どもだった。

 私の影が落ちたことに気づき、彼女は縋るように細い腕を伸ばした。


「あいしてる」


 繰り返し、それだけを。

 温度も色もない響きだった。

 その言葉の意味など露ほども知らず、ただ発しているだけ。


「ああ。そんなだから……誰も欲しがらない。壊れちまってんですよ」


 遅れてきた男の言うのを聞き流しながら、私はその手を反射的に握りしめていた。


 私には少女のその言葉が、別の音のようにも聞こえていたのだ。

 愛でなく、もっと別の――『助けて』という、まるで救済を乞うような響き(さけび)のように。

 生きる為に“愛”という言葉をすり減らすその姿は痛々しく、男の言うように壊れて見えた。

 胸を締め付けられるような思いだった。


「お客さんになら、ほら。お安くしとくよ? ……お得意様ってことで」


 体の良い在庫処分。

 分かりきったことだった。この男はそういった商品ばかりを私に売りつける。


「何があったのやら。まだ子どもだってのに……恐ろしいもんだね」

 そう言って男は口の端を歪めた。

 哀れむようでもあり、どこか愉しんでいるようにも見える。


 含みのある笑みだった。

 その表情、その言葉の裏側にあるものを、私は考えまいとした。

 考えてしまえば、彼を嫌悪しているはずの自分までもが同じ場所に引きずり込まれそうだったからだ。


 私が連れ帰るのは、いつも何かを訴えてくるような目の持ち主ばかりだった。

 助かりたいのか、救われたいのか。

 或いは、別の何かを求めるような意思を持つ目。

 それに応えているつもりだった。


 私が彼らに求めるものは、血でなく役割だ。

 ただそれを与えるのもきっと、自己満足であり偽善なのだと思う。

 この場の全てに等しく救いを与えるということは、不可能なのだから。


 選び、連れ帰るたった一人を助けたつもりでいて。

 それで本当にその一人を救ったのかどうかは、また別の話だろう。


「……で、どうするね」


 聞く体でいながら、既に答えは一択であることを押し付けるような問いだった。


「そういうのが好みなのは。ほら……あの坊っちゃんも。だろう?」


 また、レオナールのことを言っているようだが。

 ――彼もどこか、他の人間とは違っていた。

 救われたいが為、自分を売り込むように語りかけてきたのだ。


 レオナールとは、そういう強かさを持った青年だった。

 私がそういった人間ばかりを選別してしまうこと。……そのことを、この男は見抜いていたのだ。


「毎度あり」

 嫌な言葉だった。毎回、二度と聞くことはないと思いはする。


 それでも次があった。

 今回もきっと、そうなのだろう。




 その手を引いて歩いた。か細く、折れそうに小さな手。


 庇護欲なのか、憐れみか――どちらともつかない。

 ただ、きっとこれまでに辛い経験をしたのだということ。

 そして買われる先で、それよりもまた酷い現実が彼女を待っていたかも知れないということ。

 それを想像したなら、どうしてか耐えられなくなった。


 お前は甘い、と言われたことがある。

 それは父親、そして友人、他の同族たちに。


 彼らの言った通りなのかも知れない。


 だが、それで良いと思っている。

 それが偽善であれ。自分の出来る範囲で、出来ることをしたかっただけだった。


 けれど、それは。

 結局は自分が心を傷めてしまうこと。それに耐えられないから、救ったつもりになりたかったのだと思う。

 私はそういう、卑怯な存在だ。


 不意に引いていた手に少しの抵抗を感じた。

 振り返れば彼女が足を止めていた。


 屈み、その視線の先にあるものを追う。

 そこにあったのは、露店に並んだ人形だった。


「……あれが欲しいのかい?」


 言えば頷いた。

 彼女の手を引き、その店に近づく。


「ああ、君に名前は。あるのかな」


「……エヴァンジェリン」

 俯いたまま彼女は言った。


 私はそれを買い、彼女に差し出した。


「ほら、エヴァンジェリン。プレゼントだ」


 エヴァンジェリンはその人形を胸に抱き、微かに頷いた。

 それが父親から娘になる彼女へ与える、最初の贈り物だった。

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