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27.「やはりあの手段(て)しかありません!」

 エピソードを早めに書き上げることができましたので、火曜日更新分を本日投稿いたします。

 今朝、私は自室の鏡台(ドレッサー)の前に座っていました。

 それは髪を整えるためでも、化粧をするためでも――ましてや、おしゃれのためでもありません。


「……では、煽りのセレスティンになるわよ」

「――キッ! あらぁ、ごめんあそばせ! まさかあなたがそこにいらっしゃるなんて、気づきませんでしたの」


「続きまして、不機嫌なセレスティン」

「……フン。誰に向かって口をきいているのかしら?」


「悲しみのセレスティン」

「いやですわぁあああ! レオナール様ぁああああ!」


 私は鏡に向かって、セリフと表情の演技を繰り返していました。それは()()()()を実行するために。


(この物語ストーリーを円満に終わらせるには……やはりあの手段しかありません! ――それは!!)


 ***


「おはようございます! セレスティン様!」

 今朝。登校中、エリナ様から挨拶をされました。

 いつもなら、こちらも元気よく挨拶を返すところですが――


「ええ……おはよう」

「……?」

 軽くの挨拶にとどめ、そのまま一緒に登校します。


(……うっ、ヤバいですわ! 推しに対して素っ気ない()対応など……あるまじき行為……心がズタズタになりそうです~~ああ、穴があったら入りたい……!)


 その後もエリナ様はいくつか話題を振ってくださいましたが、私は「そう」「いいですわね」といった無難な返答に徹しました。


 そして、授業の合間の休み時間。

 レオナール様とエリナ様が、何気なく会話している場面を見かけました。

 相変わらずお似合いなお二人。

 本来なら、遠くからうっとりと見つめるか、腕を組んで後方彼氏面のように見守っているところですが――


「あん! レオナール様ぁ~~こんなところにいらしたのですねぇ~~」

 猫なで声を出しながら、私は彼の腕に抱きつきました。


「セレスティン……?」

「セレスティン様……?」

 普段の私らしくない行動に、二人は驚いた様子を見せます。


「レオナール様……行きましょう♡」

「ええっ? どこに?」

 私は、エリナ様に見せつけるように、レオナール様の腕に絡みついたまま、その場を後にしました。


 そして、また別の休み時間。

 今度は、エリナ様とフェラン、そしてアレクシの三人が楽しげに会話している場面を見かけました。

 ここでも、当然――


「フェラン、アレクシ♡」

 私は二人の間に割って入り、そのまま両腕に絡みつくように腕を組みました。


「うぉ? 義姉(ねぇ)さん!?」

「セレスティン……!」

 驚く二人をよそに、私はそのままぐいっと引っ張ります。


「さあ、二人とも……行きましょう♡」

「いきなりどうしたんだ、セレスティン?」

「おい、今日の義姉(ねぇ)さん……なんだか、やけに馴れ馴れしくねぇ?」


 二人を連れながら、私は決して振り返りませんでした。

 ――今、エリナ様の表情を見てしまったら、きっと耐えられないから。


 そして、お昼休み。


「あっ、セレスティン様……お食事ご一緒に――」

「あっ、シュル! 一緒に食べましょう! 二人で!!」

 背後から聞こえてきたエリナ様の声に、あえて気づかないふりをして――私は前方にいたシュルのもとへ駆け寄りました。


「セレスティン!?」

 驚くシュルの腕を絡め取るように組み、そのままそそくさと足早に立ち去ろうとします。

 シュルは明らかに、背後にいるエリナ様へ視線を向けていました。けれど私は、それを許さないように、彼を引っ張って歩みを止めません。


「……どうしたの? 二人は喧嘩でもしたの?」

「うん? 何の話でしょう?」

 シュルの問いかけに、私は露骨にとぼけてみせます。


 ――今この瞬間も、背後からの視線を感じていました。

 エリナ様は、どんな表情で私たちを見ているのでしょうか。


(でも……振り返らない! 心を鬼にするのよ、セレスティン! これは決めたことでしょう!!)


 そうして、その日の昼食は――シュルと二人きりで取ることになりました。

 普段はほとんどエリナ様と一緒に食事をしていますが、今回は珍しくシュルと二人きり。

 けれど、その時間は会話もなく、ただ淡々と食事を進めるばかりで――どこか気まずい空気が流れていました。

 元々シュルは無口な方ですが、それでも普段は無理に話題を振らずとも、居心地の悪さを感じることはありませんでした。

 ……ええ、わかっていますわ。

 この空気が重いのは――私のせいです。

 きっとシュルは、私のエリナ様への態度について、今にも事情を聞きたいはず。

 それでも気を遣って、何も聞かずにいてくれているのでしょう。

 エリナ様にも、シュルにも――そして巻き込んでしまっているレオナール様、フェラン、アレクシにも。

 私は、申し訳なさで胸が締め付けられる思いでした。


 そして、昼休みが終わりに近づいた頃。

 私はシュルに、あるお願いを切り出しました。


「ねぇ……シュル。今日、一緒に下校しない……二人で」

「二人で? ……いいよ。でも放課後、ミレーヌ先生に魔法薬のことで相談があるんだ。少し遅くなっても大丈夫?」

「全然! 大丈夫よ……ありがとう、シュル」

「……礼を言う必要はないよ。君のことだ……何か考えがあってのことだろう?」

「……うん」


 シュルは、今もなお気を遣ってくれています。

 ここは申し訳ないですが、彼のその優しさに甘えることにしました。

 次の授業は別々のため、ここで一度別れることになります。

 このまま重たい空気のまま別れるのも気が引けて、私は話題を変えることにしました。


「……ねぇ、ミレーヌ先生といえば……ポルナレフ先生との仲、どうなっているのでしょうか。案外、上手くいっているのかもしれませんね?」

「知らないよ僕。そういうプライベートなことは聞いたら悪い気がするし……」

「ふふ、シュルはそうですよね。でも――私なら聞き――」

「セレスティン様!」


 不意に、大きな声が前方から響きました。

 その声に思わずびくりとし、私は反射的に顔を上げて前を見てしまいました。

 そこにいたのは――やはり、エリナ様でした。

 その表情は困惑というよりも、“どうしても聞きたい”という強い意志を宿していました。


「シュル、じゃあね♡ 今日の放課後、忘れないでよね――っ!」

 私はそう言って、その場を去ろうとします。


「待ってください! セレスティン様!!」

 その声に、思わず足が止まりました。


 ふと視線を落とすと、右手の中指にはめた黒い指輪が目に入ります。

 本当は――このまま無視して立ち去るつもりでした。

 けれど、それはできませんでした。

 指輪を見つめているうちに、胸の奥から沸々とある思いが湧き上がってきます。


(……仕方ありません。ここは覚悟を決めるのよ、セレスティン……!)


 決意を固め、私はエリナ様と正面から向き合いました。


「……セレスティン様……その……私のこと、避けていますよね?」

「あら? 何のことかしら?」

「……申し訳ございません。私、セレスティン様を怒らせるようなことをしてしまいましたでしょうか? 本当に心当たりがなくて――」

「……自分は悪いことをしていない、そう思っているのかしら?」

「……はい」

「それは傲慢よ」

「……えっ?」


 エリナ様が、はっと息を呑みます。


(さぁここよ……()()()と違い、今度こそ、エリナ様にきつく当たるの! 頑張れ私、頑張れ悪役令嬢セレスティン・オート!!)


 脳裏に浮かぶのは、私とエリナ様が出会った――始まりの入学式。

 あの時できなかったことを、今度こそやり遂げる。

 その決意を胸に、深呼吸をひとつ。顔を引き締める。

 嫌な女――悪役令嬢セレスティン・オートになりきるために。


「……あなたのような平民出身の分際が……この私、公爵令嬢セレスティン・オートに馴れ馴れしくする……それ自体が悪いことでなくて、何だというのでしょう?」

「……えっ?」


 思ってもみなかった言葉に、エリナ様は戸惑っていました。

 ……当然でしょう。

 今まで私は、身分の差など感じさせないように振る舞ってきたのですから。

 いいえ――むしろ、私にとってエリナ様は“推し”。

 だからこそ、私の方がエリナ様を自分より上位に置くかのように接してきたのです。

 言葉を重ねるたび、胸の奥がざわざわと騒ぎます。

 そして――私は最後の言葉を口にしようとしていました。

 ですが……これが自制心というものなのでしょうか。

 本当は言ってはいけない。けれど、言わなければならない。その葛藤が、今も私を苦しめていました。

 まるで本能が抵抗しているかのように、喉がつかえます。

 言おうとしている言葉を、最後の最後で止めようとしているかのように。


(……今なら、まだ引き返せる――でも――)


 私は、その最後の抵抗を無理やりこじ開けるように――叫ぶように言い放ちました。


「自分の立場を弁えなさい! この田舎娘が! あなたみたいな人が私と釣り合うはずないでしょう!!」


 その瞬間――私の中で、ガラスのような何かが砕け散りました。

 ……これが、“壊れる”ということなのでしょうか。

 周囲の生徒たちの視線が集まっているのがわかります。

 けれど――そんなこと、どうでもよかったのです。


「……セレスティン様……私……」

 エリナ様は俯いたまま。

 けれど、その声には確かに涙が滲んでいました。


「……ごめんなさい……今までセレスティン様の気持ちを考えず……馴れ馴れしくしてしまって……」

「……ごめんなさい」

 そう言って、エリナ様はそのまま走り去っていきました。


 走り去る際に飛び散った涙と、光を受けてきらめく右手の中指にはめた白い指輪。

 その光景が、焼き付くように私の目に残ります。


 ――待って。

 そう言いかけた言葉を、私はぐっと飲み込みました。

 気づけば、右手がエリナ様へと伸びていました。


(……今さら、何を後悔しているのでしょう……私は傷つけた側……後悔する資格も、悲しむ権利もないはずなのに……)

「セレスティン……本当にこれでよかったの?」

「……え?」

 私とエリナ様のやり取りを傍で見ていたシュルが、静かに口を開きました。


「僕は……なんとなくわかるよ。君は無理をして演じている。事情を話すつもりがないなら、深くは聞かないけど……」


 そう言って、シュルは踵を返し――


「……できることなら僕は、誰も悲しまない結末を望んでいるよ」

 その言葉を残し、次の授業へ向けてこの場を去っていきました。


 一人、立ち尽くしたまま。

 エリナ様の言葉と、シュルの言葉が頭の中で何度も反芻されます。


 ――「……ごめんなさい……今までセレスティン様の気持ちを考えず……馴れ馴れしくしてしまって……」

 ――「……できることなら僕は誰も悲しまない結末を望んでいるよ」


 そんなことわかっていますわ。

 私だってできるならその結末を選びたかった。

 でも、仕方がないのです。

 これ以上、私のエゴで物語ストーリーを歪めないために。

 エリナ様、レオナール様、フェラン、アレクシ、シュル……みんなの人生を狂わせないために。

 これが――この物語ストーリーを円満に終わらせるための、最も確実な手段なのですから。

 その手段とは――私が正史ゲーム通り、悪役令嬢セレスティン・オートとして振る舞うこと。

 私さえ、正史ゲーム通りに破滅エンドを迎えれば――きっと、みんながハッピーエンドを迎えられるのだから。


 セレスティンはこのまま破滅エンドを迎えてしまうのでしょうか?

 次回はいよいよ、あのキャラクターの視点で物語をお届けする予定です。


 次回の更新は、3月27日(金)とさせていただきます。

 朝月が最終話まで一気に書き上げることができれば連日投稿も考えておりますが、ラストに近づいているからこそ、作品の質を重視して、一話一話じっくりと仕上げていきたいと思います。

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