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26.「どうしてこうなったの?」 後半

 そして、私の行動もあって、はたから見れば、エリナ様がレオナール様以外の攻略対象に惹かれている様子はなく、また攻略対象たちもエリナ様に特別な想いを抱いているようには見えませんでした。

 あとは時間の問題で、いずれエリナ様×レオナール様エンドは成立する――。

 そう、思っていたのですが……。


「やあ、セレスティン……」

 突如、耳元で美声(イケボ)が響きました。


(この声は――)

 振り向くと、サファイアのように深く澄んだ瞳と目が合った。


 そう――そこにいたのは、私の推しであるレオナール様でした。

 私をじっと見つめる、その真っ直ぐな眼差し。


「な、なな……レ、レオナール様!? ど、どうしてこ、ここに……?」


 物思いにふけっていたところへ突然声をかけられたこともありますが、推しであるレオナール様に話しかけられると、どうしても動揺してしまいます。

 すると、レオナール様の顔が、ゆっくりと近づいてきました。それこそ息がかかるほどの距離まで。


(……顔が近い……!)


 まるで、このまま口づけされてしまうのではないか――本気でそう思うほどに、その距離は近く。私は思わず、瞳を閉じてしまいました。

 そして――


「……今日も綺麗だな。君の黒髪とその白い肌は……」

 レオナール様は口づけではなく、私の髪の毛先を優しくすくい上げるように触れていました。


「……その黒と白が織りなす姿は――まるで東洋の水墨画のようだ。見ているだけで、吸い込まれそうになる……」

 上品な手つきで、髪と肌をなぞりながら、静かに言葉を紡ぐレオナール様。

 さらに、彼は、もう一歩だけ距離を詰めて――


「……愛しているよ……今日も君だけを……」

 ――ちゅ。


 次の瞬間、レオナール様は、私の額にそっと口づけを落としました。


(ええええええっ!? よ、喜びたいけど、喜んじゃ駄目ぇええええええええええええ!!)


 最上級の幸福が、まるで電流のように全身を駆け巡ります。

 けれど同時に、私は強い葛藤に襲われていました。

 そしてレオナール様は、まるで私の心を弄ぶかのように、魔性の笑みを浮かべると、そのまま静かに立ち去っていきました。


 私はしばらくの間、その場に座り込んだまま、まるで骨を抜かれたかのように動けませんでした。

 やがて、呆然とした意識の中で、一つの思いが浮かび上がります。


(……当時の私は、婚約者という立場ゆえの責任感から、レオナール様は私と一緒にいようとしているだけだと思っていましたが……今振り返ると……)

(レオナール様は幼い頃から、私のことが好きで……ずっとそばにいようとしてくださっていたのですね……)


 そう――学園図書室での本の世界の事件をきっかけに、私はレオナール様の本当の気持ちを知りました。

 なんとレオナール様は、この私――セレスティン・オートのことを、想っていたのです。


(レオナール様が惚れるべき相手は――エリナ様であってほしいのに……どうしてこうなったの?)

 私は、強く葛藤していました。


 そしてしばらくしてから、ようやく立ち上がり――何事もなかったかのように、次の授業へ向かおうと歩き出したのでした。

 そして、中庭へ続く廊下を歩いていると――


「フェラン様、本日も素敵です!」

「フェラン様……この後お時間ありますでしょうか?」


 聞き覚えのある名前に、私は声のする方へ視線を向けます。


「いやぁ……素敵な誘いだなぁ~~どうしようかっなぁ~~」


 銀髪碧眼、女の子たちに囲まれてデレデレとした表情――間違いなくフェラン本人でした。

 女の子に言い寄られ、まんざらでもなさそうな顔をするその姿は、もはや見慣れた光景です。

 だから、本来なら今さら何とも思わないはずなのですが――


(……なによ、本の世界では、私のこと『お……俺だって……義姉(ねぇ)さんのこと……その、気になっているしさぁ……』なんて、もじもじしながら言っていたくせに……)

(……結局女の子なら誰でもいいんじゃない!!)


 なぜか胸の奥に残るモヤモヤを抱えたまま、私はその場を後にしようと、足早に廊下を進みます。

 すると――


「あれ? 義姉(ねぇ)さんじゃん!」


 フェランが、私に気づいたようです。

 ですが私は気づかぬふりをして、そのままそそくさと足早で立ち去ろうとします。


「おい! 義姉(ねぇ)さん無視すんなよ!」

 呼び止める声と同時に、フェランの手が私の肩を掴み、歩みを止めました。


「あらぁ~~、お楽しみ中でしたでしょうから……声を掛けるのも悪いと思いまして~~」

 私はつい、意地悪っぽい笑みを浮かべながら言ってしまいました。


 先ほどまでフェランに声を掛けていた女の子たちも、露骨に私を睨んでいます。


「あれ……もしかして、嫉妬してくれてるの……義姉(ねぇ)さんが俺に……?」

 したり顔でそう言うフェラン。その一言が、私の神経を逆撫でします。


「そんなわけないでしょう!」

 自分でも驚くほど大きな声が出てしまいました。

 フェランは唖然とし、周囲の生徒たちも一斉にこちらを見ます。


(やばい……これだと目立ちます)


 そう思って、私はフェランの手を振り払い、そのまま廊下を歩き出しました。

 とにかく今は、一刻も早くここから離れたい気分だったのです。


「でも嬉しいな……義姉(ねぇ)さん、俺でも嫉妬してくれるんだ~~俺に気があるのかな?」

 フェランは後ろからついてきて、相変わらずの軽口を叩きます。けれど今は、その軽口に付き合う余裕がありません。


「だから違うって――」

 そう言おうとしたその時でした。


 ――ドン!

 フェランが両手を伸ばし、私を挟むように壁へ手をつく――いわゆる、壁ドン。

 彼はなぜか顔を赤くしており、私もまた体が熱くなっていくのを感じます。

 前世を含めて生まれて初めての壁ドン。その状況に、私は思わず動きを止めてしまいました。


「俺さぁ……結構チャラいように見えるかもしれねぇけどさ……それでも、好きになった相手には、真っ直ぐだから――それこそ兄さんにも負けないくらいに」

 頬を赤くしながら、真剣な声でそう告げるフェラン。


「あの時言った言葉は噓じゃねぇから!」

 そう言い残すと、フェランはそのままどこかへと去っていきました。


 私はしばらく、その場に立ち尽くしたまま、ぼんやりと考えます。


(……それでも、フェランが女の子と遊ぶこと自体が減ったそうです。当時は、そこまで真面目になった彼に感動していましたが……今なら、その理由がわかる気がします……)

(フェランが女の子と遊ばなくなったのは――いつの間にか、私のことが好きになったからなのですね……)


 まさかフェランから、そのような想いを向けられているとは思ってもいませんでした。

 前世では、レオナール様以外の攻略対象など、興味もないどころか、むしろ疎ましく思っていたというのに。


(それなのに……フェランが私のことを好きだと知って……悪い気がしません……どうしてこうなったのでしょう?)


 フェランが去った廊下で、私は一人、胸の中で自問自答していました。

 先ほどまで胸を占めていたモヤモヤは、いつの間にか消え去り――代わりに、言葉にできない感情が広がっていたのです。


 それから授業を受けましたが、今朝のレオナール様とフェランの件が頭から離れず、私はまったく集中できませんでした。


(本の世界の事件で、私はレオナール様とフェランの気持ちを知った……でも、それは二人だけではなくて――)


 考え込みながら歩いていたせいでしょう。

 曲がり角で誰かとぶつかり、そのまま尻もちをついてしまいました。


「きゃ!」

「あっ、すまん!」

「……あれ? セレスティン?」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこにいたのは赤髪赤目、屈強な体格の男子――アレクシでした。


「……アレクシ」

 思わず名前を呟いてしまいます。ちょうど彼のことを考えていたからでしょうか。


「大丈夫か? 立てるか?」

 アレクシはそう言って手を差し伸べてくれます。その手を取り、私は立ち上がりました。


「すみませんアレクシ……私しっかり前を見てなくて……いっ、痛っ!?」

 歩き出そうとした瞬間、右の足首にズキンと痛みが走りました。


「大丈夫か!? セレスティン!」

 倒れかけた私の体を、アレクシが咄嗟に支えてくれました。


「あ、ありがとうございます……」

「……懐かしいな」

「……えっ?」

「思い出さないか? 初めて会ったときも、君は足を捻って――俺が保健室まで運んだだろう」

「……あっ」


 その一言で、記憶が蘇りました。


(たしか……私を保健室に運ぶために、アレクシは“お姫様抱っこ”で――)

 そこまで思い出した瞬間、急に体が熱くなります。


「駄目駄目駄目駄目! あの時周囲に見られて、とても恥ずかしかったのですから……//)

 アレクシの表情から察するに、またお姫様抱っこされそうな気がしましたので、私は即座に否定する。


「……そうか、残念だ。ならこれならどうだ?」


 そう言うなり――

 ――ひょい。

 リュックを背負うように、私はアレクシに背負われました。つまり、“おんぶ”の体勢です。


「これなら恥ずかしくないだろう?」

 どこかしたり顔で言うアレクシ。


(……いえ、これでも十分恥ずかしいのですが……でも、言っても聞いてくれなさそうですし……)

(みんなの前でお姫様抱っこされるよりは……まだマシ、と考えましょう……)


 小さく頷くと、アレクシは前を向き、私に気を遣いながらゆっくりと歩き出しました。

 当然ながら、周囲の生徒たちの視線が集まります。


(お姫様抱っこよりはマシとはいえ……こう目立つのはやはり恥ずかしいですわ……//)

 そう思いながら、私はアレクシの後頭部を見つめ、できるだけ周囲と目を合わせないようにしていました。


 見ているだけで感じる頼もしい背中。そこに身を預けながら、私はある思いが浮かび上がります。

(本当に大きくて逞しい体……この体を作り上げるのに、一体どれほど自分を鍛えてきたのでしょう……)


 アレクシはただ、筋肉量が多いだけではありません。それを十二分に使いこなす運動能力パフォーマンスも同時に実現させています。

 私もそれなりに鍛えていたからこそわかります。いえ、皮肉なことかもしれませんが、アレクシ対策で私も鍛えていたからこそ、彼の努力の凄まじさをわかることができたのです。


(……普段は“ゴリラ”なんて揶揄していましたが……やはり、凄いですわね……アレクシは……)


 そうして彼の背に身を委ねながら、私はそっと口を開きました。


「……ねえ、アレクシ……あの本の世界でのことなのだけれど……」

「“答え”待たせてしまってごめんなさい……」


 本の世界をきっかけに、私はレオナール様、フェラン、そしてアレクシから告白を受けました。

 けれど私は、その答えを出せないまま、今もなお曖昧にしたままでいます。

 アレクシは普段、私と会うたびに「その才能を活かさないともったいないぞ!」と、ことあるごとに騎士団部へ勧誘してきました。

 当初は、私の身体能力を評価してのことだと思っていましたが――


(ですがどうやら――彼はそれだけに興味を持っているわけでもないようで……私のことが好きだからこそ、傍にいられる騎士団へ誘っていたのかもしれません……)

 今ならそう思ってしまいます。


 そして、私の言葉に対して、アレクシは――

「大丈夫だ……俺はセレスティンの答えを待つさ。俺は騎士になる男だ……

 騎士とは、主君の命令が来るまで待機し、虎視眈々と備え、誰かを守るためにその場に留まり続ける者」

「いずれにせよ“待つ”ことに慣れた存在――それが騎士だ。だから、俺もセレスティンが答えを出すまで……いつまでも待つさ」


 そう、前を向いたまま静かに答えました。

 アレクシの表情はこちらから見えません。彼は今一体どんな表情をしているのでしょうか。


(……私が、正史ゲームと違う行動を取り続けた結果、物語ストーリーは私の思惑とは違う方向へ進んでしまった……)

(エリナ様×レオナール様エンドを迎えるはずだったのに……レオナール様は、私に想いを寄せて……)

(それだけではなく……フェランやアレクシまでも……)

(そして、エリナ様とシュルは……どこか楽しげに、私たちの恋模様を見守っている……)

(理想のエンディングを迎えるはずが……どうしてこうなったの?)


「ねぇ、アレクシ……」

「うん?」

「どうしてこうなったのでしょう……?」

「……さぁ……生意気ながら言わせてもらうが、人生とは思い通りにいかないものじゃないのか?」


 その言葉はどこか優しく、それでいて現実を突きつけるようでもありました。

 納得できるようで、納得できないような――そんな曖昧で矛盾した感情が胸に広がっていきます。


「……そっか、そうだよね……」


 とはいえ、このままでいいはずがありません。

 正史ゲームとは違う展開になったのは私の責任。だからこそ、私が責任持ってこの物語ストーリーに決着をつけなくてはなりません。


「ありがとうございます……アレクシ」


 そう告げて、私は――()()決意を胸に抱くのでした。


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