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25.「本の正体」

 呪いの世界編ラストとなります。

「……合格? 合格って何のことだよ?」

 フェランが訝しげに問いかけました。


「……ズバリ、君たち全員――今からこの森、この世界そのものから出ていけるワン」

「「「「「「……」」」」」」

「「「「「「ええええええっ!?」」」」」」


 一瞬の沈黙の後、ジェヴォーダンの言葉に一同どよめきました。


「な、何でですか、誰かをここに残さないと、永遠に出られないんじゃなかったのですか?」

「そんなの、ゲームを盛り上げるためのハッタリワン。元々時間制限いっぱいまでいれば、自動で元の世界に返す仕組みだったワン」

(ゲーム……!?)


 私はその言葉に引っ掛かりました。

 この孤独な森の中、誰か一人がこの世界に残る――それがこの呪いの世界の仕組みであり、シュルの言うところの「人柱」だと思っていたのですが。


「……よくわからないのですが、どうやって私たちは出られるのですか?」

「それは最初に説明した通り、君たちがさっき訪れた扉。あそこから出られるワン」

 エリナ様の質問に、ジェヴォーダンはそう答えました。


 その言葉で、先ほどの扉を思い出します。

 銀色に光り輝く大きな扉――しかし、あの時は鍵がかかっていて開けることができませんでした。


 ――ガチャ!

 ギィイイイイイイイイ……


 そう思った時、突如、鍵が外れるような音と、重い扉が開くような音が私の耳元に響きました。


「……異界の扉が開かれたようだワン……これで君たちは帰ってもらうワン」


 ジェヴォーダンの言う通り、扉が開いたのでしょう。

 ここは、扉から遠く離れた場所のはずですが、それでも鍵と扉が開く音は、まるでこの世界全体に行き渡るかのように響いていました。


「じゃあ、もう一度あの扉まで行ってから出ていくってことだよな?」

 フェランがジェヴォーダンに尋ねます。


「いや、その必要はないワン」

「「「「「?」」」」」」


 一瞬疑問が浮かびました。

 しかし、ジェヴォーダンはすぐにその意味を明かします。


「ここに来た時と同じように、向こうへ送り出すだワン」


 ――キュイィィィィィィィィンッ!

 突如、この森の中に激しい風が吹き荒れました。

 それはまるで、この世界に入るとき――本に吸い寄せられた、あの時と同じ感覚。

 強い力が、私たちの身体を引き寄せていくのです。


「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ、またこれか――っ!!」


 ――スポンッ!

 こうして私たち六人は、先ほど訪れた銀色に光り輝く大きな扉の中へと、一気に吸い込まれてしまったのでした。


 ***


「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!」

「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ!」


 私とフェランの悲鳴がまた響きました。

 扉の中へと吸い込まれた私たちは――気づけば、山積みにされた本が並ぶ部屋へと移動しました。


(……戻った?)


 そうです。ここは学園図書室――私たちはついに、元の現実世界へと帰ってきたのです。


「「「「「「戻った――っ!!!!!!」」」」」」

 一同、歓声を上げました。


 挿絵(By みてみん)


 私とエリナ様は、思わず泣きながら抱き合います。

 レオナール様とフェランのクレルモン兄弟は、お互いに肩に手を置き、顔を寄せて喜びを分かち合っていました。

 そしてアレクシとシュルは、アレクシがシュルに向かって「グッチョブ」と言わんばかりのポーズを送り、シュルは笑みを浮かべながら静かに頷いていました。


「……あなたたち、こんなところで何をしているの?」


 その声は――今では懐かしくすら感じる声でした。

 振り返ると、ヴィクトリアさんが私たちを見て、戸惑った表情を浮かべていました。


「「ヴィクトリアさん!」」


 私とエリナ様はその姿を見た瞬間、居ても立っても居られず、ヴィクトリアさんに泣きながら抱きつきました。


「なっ……ど、どうしたのよ一体?」


 ヴィクトリアさんからすれば、突然泣きながら抱きつかれたのです。戸惑うのも当然でしょう。

 ですが私たちにとっては、ヴィクトリアさんがここにいる――それだけで、あのいつもの日常の世界に戻れたのだと強く実感できたのです。


「……いえ、僕たち……作業をサボって、少し旅をしていただけです……申し訳ございません、ヴィクトリアさん」

 レオナール様が、代わりに答えていました。


「……旅?」

 ヴィクトリアさんは、まだ首をかしげています。


「まあ、旅にしては……ろくでもねぇ旅だったが。本当……恐ろしい本だったぜ」

「……うん。この本は二度と開かないようにしよう……」

 そう言いながら、シュルは赤いガーベラの本を手にして、ぽつりと呟きました。


 ……えっ。


「シュル! 今すぐその呪いの本を離して! また開きでもしたら……!」

 私は慌ててシュルに呼びかけました。

 もう一度、あの不気味な森へ戻るのは勘弁して欲しいです。


「……呪いの本?」

 ヴィクトリアさんが、訝しげにシュルの持つ赤いガーベラの本を見つめてそう呟きました。


「……そうです。信じられないかもしれませんが……この本には呪いがかけられていて……僕たちは、さっきまでこの本の世界に閉じ込められていたのです……」

「……呪い!? ああ、その赤いガーベラの本ね……そうね、呪いの本ね……」

 ヴィクトリアさんは、どこか含みのある言い方をしました。


「えっ!? ヴィクトリアさん、もしかしてこの本について何か知っているのでしょうか?」

 エリナ様が尋ねると、ヴィクトリアさんはゆっくりと頷きました。


「ええ……その本の正体は、呪いの本ではなく、“試練の本”なのよ……」

「「「「「「試練の本!?」」」」」」

 六人の声が、見事に重なった。


「ええ……その本は、元々は東洋のかの国から来た魔法の本。

 その国では、赤いガーベラの花言葉は『限りなき挑戦』『前向き』を意味するの」


 ヴィクトリアさんは、驚く私たちをよそに赤いガーベラの本の解説を始めました。


「その本は、三人以上の集団がいる時に開くと発動する仕組みの魔導書。本の目的は――友情や愛情といった“絆”を試すことだったとされているわ」


「……絆を試すための本? どういうことです?」

 アレクシが問いかけます。


「……詳しいことは私も知らないわ。なにせ、その本の製作者も不明だし、何のために作られたのかも真相は闇の中」

「いずれにしても、その本の世界では決して人は死なないようにできているし、時間が経てば全員元の世界へ帰れる仕組みの魔法。さっきレオナール君が言った通り、本の世界で旅を堪能できる本なのだけれど……」


 そこでヴィクトリアさんは、少しだけ声を落としました。


「だけど一つだけ……一つだけ“罠”が仕掛けられているの……本の世界に迷い込んだ読者に向けて」


「罠?」

 私は思わず呟きました。


「ええ。それが――“誰か一人を犠牲にして現実世界へ戻るかどうか”という試練よ」


 ヴィクトリアさんの説明を聞き、私ははっとしました。


(そうでしたの……あのジェヴォーダンのことですわね!)


 あのジェヴォーダンが、迷い込んだ人たちに嘘の罠を仕掛けていた――その事実を、ようやく理解できたのです。


 ヴィクトリアさんは、さらに説明を続けました。


「……過去にも、この本を興味本位で開いた学生や卒業生、先生はいたわ。でもみんな、誰か一人を犠牲にして戻る選択をした人ばかり」

「当然、残された人たちもいずれ現実世界へ戻れるとはいえ……その後の人間関係が、今まで通りになるはずがない……そこは、説明しなくてもわかるわよね?」


 ヴィクトリアさんの言葉に、思わず身がすくみました。

 残された側も、残した側も――その本がきっかけで絆が壊れてしまう。


 ……いえ、もしかしたら。


 絆が本当だったのかどうかを、本がさらけ出した――そう見ることもできるのかもしれません。

 私は、その赤いガーベラの本が、試練の本からいつしか“呪いの本”と呼ばれるようになった理由が、わかった気がしました。


「あなたたちがここに戻ってきたということは……誰かを犠牲にして戻ったのか、あるいは、誰も犠牲にせず戻ったのか――そのどちらかだけど……」


 そしてヴィクトリアさんは、私たち一人一人の顔をゆっくりと見回しました。

 その後、にっこりと微笑んで、こう告げたのです。


「でも、あなたたちの顔を見る限り――答えは明白のようね」


 答えるまでもありませんでした。私たちの選択を、ヴィクトリアさんは見抜いたのです。


「なんだよ……呪いなんてやっぱり、(デマ)だったんじゃねぇか……」

「……そういえば、ジェヴォーダンの発言を振り返ってみたら……一言も本の世界を呪いの世界なんて言ってなかった気がする……」


 フェランがほっとしたような表情(私もですが)を浮かべ、シュルは相変わらず冷静に告げました。


「……フッ。やはり――」

 そしてレオナール様が、

「――噂の真実というものは、得てして肩透かしに終わるものだな……」

 そう結論づけるように言いました。


 その後、私たちは蔵書整理の作業に戻りましたが、試練の本を経たことの影響なのか、いつも以上に協力して作業ができた気がします。


 次章、最終章に入ります

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