21.「噂の真実というものは、得てして肩透かしに終わるもの」
開けてはならない禁断の本を開いてしまったセレスティン。
その先に待ち受けていたものとは――?
「……えっ?」
赤いガーベラの本を開き、恐る恐るのぞき込んだそのページには――
「……何も書いていませんわ」
そこには、ただ真っ白な紙面が広がっているだけでした。
試しに最初のページから最後まで、パラパラとめくってみましたが、どのページも例外なく白紙です。
「はは……そうか、俺わかったぞ」
フェランがどこか引きつったような笑い声を上げました。
「呪いなんて結局、噂だったんだよ……皆を怖がらせるために作った“イタズラ”ってやつだろ?」
「そ、そうですよね……」
エリナ様もほっとしたように胸をなで下ろされます。
「……フッ。噂の真実というものは、得てして肩透かしに終わるものだな……」
レオナール様もほっとしたような表情を浮かべました。
(なんだ……結局、イタズラでしたのね……。でも、どうしてあんなにも無性に本を開きたくなったのでしょうか……?)
どこか腑に落ちない思いを抱えつつも、私は本を閉じ、蔵書整理の作業へ戻ろうとしました。
しかし、その時。
――キュイィィィィィィィィンッ!
「「「「「「っ!?」」」」」」
突如、閉じたはずの本がひとりでに開き、白紙のページから激しい風が吹き荒れました。
それはまるで巨大な掃除機のような吸引力で、私の身体を引き寄せてきたのです。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」
凄まじい力で、あっという間に私の片腕が本の中へと引きずり込まれました。
(このままでは……全身が本の中へと取り込まれてしまう――!)
命の危機すら感じたその時。
「セレスティン!」
「レオナール様!?」
レオナール様が駆け寄り、とっさに私の腕を掴んでくださいました。
まるで綱引きのような体勢で、必死に引き戻そうとしてくださいます。
「いいぞレオナール! 俺の腕に掴まれ!」
「アレクシ!? すまない!!」
続いてアレクシが駆けつけ、力強く腕を差し出します。
レオナール様はその腕を掴み、二人がかりで私を引き戻そうとしてくださいます。
ですが――二人の力をもってしても、本の吸引力の方が強かったのです。
じわじわと、確実に、私の身体は本の中へと引き込まれていきました。
「おい! ヤバくなってきたぞ! 俺たちも手伝うぞ!」
「はい!」
「……うん!」
フェラン、エリナ様、そしてシュルも駆けつけました。
「みんな……!」
レオナール様、アレクシ、フェラン、エリナ様、シュル。
皆が腕を取り合い、それらが一本の鎖のように繋がって、私を引っ張ってくださいます。
こんな状況だというのに、誰一人として手を離さない。
私を救おうと一丸となるその姿に、思わず涙がにじみました。
けれど、現実は無情です。
みんなの力を合わせても、なおも本の吸引力が強かった。
気づけば、私の身体は半分以上、本の中へと入り込んでいました。
「みんな、離してください! このままだと、皆まで吸い込まれてしまいます!」
どうやら本は、開いた私を対象に吸い込もうとしているようです。
ならば、私さえ諦めればみんなは助かるはず。
「絶対にぃいい離すなぁあああ! レオナール!!」
「い、言われなくても……そのつもりだ!!」
アレクシの叱咤に、歯を食いしばって応えるレオナール様。
「た、頼むぜぇえ、兄さんの手に……かかっているからな!」
「セ、セレスティン様……今助けます!」
「……セレスティン……」
フェランも、エリナ様も、シュルも。
誰一人、手を離しません。
そして、やがて――
――スポンッ!
大きな音を立てて。
私たち六人は、まとめて本の中へと吸い込まれてしまった。
***
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああ!」
私とフェランの悲鳴が夜空に響きました。
本の中へと吸い込まれた私たちは――気づけば、星の瞬く夜空から真っ逆さまに落下していたのです。
眼下には、闇に包まれた深い森。
黒々とした木々が、まるで私たちを串刺しにしようとする針の山のように見えて、恐ろしい勢いで迫ってきます。
「セレスティン!」
「エリナ!」
レオナール様とアレクシの声が、風を切る音の中に混ざりました。
そして次の瞬間、空中で私の身体がぐいと引き寄せられます。
「えっ? レオナール様!?」
落下の衝撃を少しでも和らげるためなのでしょう。レオナール様が、私を強く抱きしめてくださったのです。
ドキっとしたのも束の間、目前には黒い木の枝。
(――危ない!)
「シュル、時間がない! 風の魔法だ!」
「わかっている!」
落下中のフェランが、必死に叫びます。
「「聖なる風を――我らに命ある息吹をあたえたまえ――聖霊風!!」」
二人の詠唱が重なった瞬間、突風が巻き起こりました。
その風は、まるで柔らかな繭のように私たちを包み込みます。
木々にぶつかりながら地面へと落ちましたが、風の繭がクッションの役割を果たし、痛みはほとんどありませんでした。
……いえ、もしかすると、レオナール様が抱きしめてくださった分、私への衝撃はさらに減っていたのかもしれません。
「ハァ……ハァ、レ、レオナール様……ありがとうございます!」
「……ああ」
荒い呼吸のまま見上げると、すぐ目の前にレオナール様のお顔がありました。
(……うっ、ち、近い……顔が……)
こんな状況だというのに、また、ドキッとしてしまいました。
レオナール様はなおも私を抱きしめたまま、じっとこちらを見つめていらっしゃいました。
(このままずっと――見つめ合えたら……)
そう思いかけたその時。
「……怪我はないか……エリナ?」
「……はい、ありがとうございます! アレクシさん」
はっとして声の方を見ると、なんと。
アレクシがエリナ様を抱きしめ、私たちと同じように見つめ合っているではありませんか。
「うぉおおおおおおおおおおい! アレクシ! その手を離しなさい!!」
思わず叫び、私はレオナール様の腕をほどいて、二人の間へと割って入りました。
「セレスティン!」
「セレスティン様?」
「みんな……ご無事でなによりですわ……」
驚く二人をよそに、私は内心で冷や汗をかいておりました。
(まったく、油断も隙もあったものではありませんわ……
このまま見つめ合っていたら、エリナ様×アレクシルートに突入しかねません……!)
レオナール様が私を守ろうとしてくださったように、アレクシもまた、エリナ様を守るためにとっさに抱きしめたのでしょう。
ですが、ほんの少し目を離しただけでフラグが立ちそうになるこの状況。
やはり、エリナ様×レオナール様ルートを守るためには、私が常に目を光らせていなければ。
……うん、レオナール様?
そこで、私はある重大な事実に気づき、背筋が凍りました。
「あああああ、レ、レオナール様……申し訳ございませんでした!」
アレクシとエリナ様を引き離すためとはいえ、私は自らレオナール様の腕を振りほどいてしまったのです。
「……ああ、大丈夫だ。セレスティンに怪我がなくて何よりだ……」
穏やかにそう言ってくれるレオナール様ですが、私の心はどん底でした。
(ああ……推しに対して、なんたる無礼な真似を……
こんな私は、死罪か追放の破滅エンドに相応しい女ですわ……)
「おーい……俺たちの心配はなしか兄さん? それにまだ礼も言われていねぇぞ。なぁシュル?」
沈み込む私の耳に、フェランの声が届きます。
振り向けば、地面に手をついて座り込むフェランと、体育座りのまま静かにしているシュルの姿がありました。
「いや……礼なんていらないよ。みんなが無事なら、それでいい」
「おいおい、そんな言い方したら、俺の器がちっちゃく見えるだろうが……」
ぶつぶつ言い合う二人。その様子に、ようやく緊張がほぐれてきました。
どうやら全員、怪我はなさそうです。
「……それにしても、えらい所に来てしまったな……」
アレクシが、周囲を警戒するように見渡しながら、そう呟きました。
「……ええ、そうですわね……」
そう応じて、私も見渡す。
取り囲むのは、風の音すら消えたかのように静まり返った森。
そして、瘴気のような紫色の煙が漂い、鼻を突くわけではないのに、じわりと気分を悪くさせる嫌な気配を放っています。
今にも魔物が現れて、私たちを襲うのではないか――そう思わせるほど、恐ろしく不気味な場所。
(ここが……呪いの世界の中?)
どこへ向かえば、この森から――いえ、この呪いの本の世界そのものから抜け出せるのでしょうか。
こうして私たちは、暗い森――呪いの本の世界から抜け出す方法を探すことになったのでした。




