20.「呪いの本!?」
今回のエピソードは、セレスティン、エリナ、レオナール、フェラン、アレクシ、シュルのメインキャラ勢揃いです!!
2026/03/07 図書館→図書室に修正しました
入学式から、早くも半年が経ちました。
季節はすっかり秋。
秋といえば食欲、秋といえばスポーツ。
そして、秋といえば――読書の秋ですわ。
「この辺りに置けばよろしいでしょうか?」
どさり、と腕いっぱいに抱えていた本を机の上に積み上げました。
「セレスティン様……ありがとうございます」
穏やかな声で礼を述べたのは、学園図書室の女性司書、ヴィクトリア・ユーゴーさん。
長い前髪に隠れた、眼鏡の奥の瞳が、ほっとしたように細められました。
「まだまだ先は長そうだな」
そう言いながら、私が積み上げた本の隣へ新たに数冊を重ねたのは、私の婚約者であるレオナール様。
さすがに鍛えられた腕前といったところでしょうか、重そうな専門書も軽々と運んでいらっしゃいます。
「はい。ですが、三人……いえ、ヴィクトリアさんも含めて四人いれば、きっとすぐに終わりますわ」
そう言いながら、脚立の上で器用に本を並べ直しているのは、私の友人エリナ様。
右手の中指にはめた白い指輪が、窓から差し込む秋の陽射しを受けて、いっそう美しく輝いています。
本日、私――セレスティンとレオナール様、そしてエリナ様の三人は、司書のヴィクトリア・ユーゴーさんのお手伝いとして、図書室の蔵書整理のボランティアに参加しておりました。
夏の間に返却された大量の本の再分類と、棚の配置換え。
想像していた以上に重労働です。
「しかし、これだけの本があるとはな」
レオナール様が、本の山を見つめながら感心したように呟きます。
「ええ。この学園の生徒は読書好きな方が多いのです。中でも魔導書はやはり人気でして」
ヴィクトリアさんは、誇らしげに説明してくださいました。
「魔導書なら、新しい魔法も覚えられますものね~~」
私は十冊ほどの本を抱え直しながら、朗らかに相槌を打ちます。
「……セレスティン、その本の山持とうか? 重いだろう?」
レオナール様が優しく声をかけてくださいました。
「いえ。私だって、それなりに鍛えてきたのです。これくらい大丈夫ですわ」
「よいしょ」と声を出しながら、本を机の上へと置く。
「ここは私とヴィクトリアさんで充分ですので、レオナール様はエリナ様のお手伝いをお願いいたしますわ」
「エリナさんの手伝い……?」
レオナール様は一瞬、どこか納得しきれていないようなお顔をなさいましたが、すぐに「分かった」と頷き、エリナ様のもとへ向かわれました。
(う~~ん、相変わらずお似合いな二人ですこと♡)
並んで作業するお二人の姿を遠目に眺めていると、ついつい頬が緩んでしまいます。
私の野望である“エリナ様×レオナール様の公式カプ化作戦”。
もちろんまだまだ続いています。
本日の蔵書整理のボランティアも、その作戦の一環。
共同作業で二人の距離を縮め、恋の架け橋となるのが私の使命ですわ。
そのために、他の攻略対象であるフェラン、アレクシ、シュルには内緒にして、この四人だけで集まるよう手配いたしましたの。
(これ以上……あの男共三人に邪魔されたくありませんのでね……)
入学式からのこの半年間、私はレオナール様とエリナ様をくっつけるべく、さまざまな策を講じてまいりました。
しかしレオナール様は婚約者としての責任感からか、何かと私の隣に立とうとなさる。
エリナ様もまた、その立場を気遣って距離を保とうとする日々。
さらに、他の攻略対象たちをエリナ様から遠ざけようとした結果――なぜか「私、セレスティン」を介して友情が深まるという謎展開。
現状、エリナ様と他攻略対象たちの関係値は、「友達」止まりですが、これがいつ「友達以上恋人未満」に進むかわかったもんじゃありません。
だからこそ、今回の蔵書整理で何としても二人の仲を進展させねば――。
「あっ、セレスティン様、レオナール様。私思いついたのですが、フェラン様、アレクシさん、シュルさんもお呼びしてお手伝いいただくのはいかがでしょうか?」
エリナ様の突然の提案。
「「絶対に駄目『だ』『です』!!」」
私とレオナール様の声が、見事に重なりました。
「ほ、ほら、アレクシは騎士団部の練習で忙しいでしょう? 悪いですわ」
「あ、ああ、セレスティンの言う通りだ。めんどくさがりのフェランは断るだろうし、シュルも頼まれたら断れない性格だろうから、無理させてしまうかもしれない」
不思議とレオナール様との息ぴったりの弁明。
「そ……そうですよね……たしかに皆さんに悪いですわよね……承知しました。この四人でなんとかしましょう」
エリナ様は素直に頷いてくださいました。
「……よかった、これでエリナ様とレオナール様の距離を近づける……」
「……よかった、これでセレスティンとの距離を近づけられる……」
ほぼ同時に、レオナール様も私と同じように何か呟いていらしたような気がいたしました。
よく聞き取れませんでしたが、きっとエリナ様と距離を縮められることを喜んでおられたのでしょう。
――ですが。
「あれ……義姉さんじゃん」
ギクッ。
このめんどくさがりっぽい声には心当たりがありました。
「……本当だ。セレスティン、こんなところにいたのか?」
この暑苦しい声も。
「レオナールも、エリナも……こんなところにいたの?」
この無感情そうな声にも。
恐る恐る振り返れば――
「よ! 義姉さん!」
レオナール様の弟にして、第三王子のフェラン。
「やあ! セレスティン! こんなところで何をしているんだ?」
騎士団部のエース、アレクシ。
「うわ……すごい本の数だね……片付けでもしていたのかな?」
魔法の天才児、シュル。
ここで会いたくない男子トップ3が、見事に勢揃いしておりました。
「「はぁ~~」」
思わず、私とレオナール様のため息が重なりました。
結局、事情を説明し、なんやかんやでフェラン、アレクシ、シュルも加わり――この七人で蔵書整理をすることになったのでした。
「うん! オフの日の筋トレにはちょうどいいな!」
両手にそれぞれ十冊ずつ、分厚い本を抱え上げ、軽々と運んでいくアレクシ。さすが騎士団部のエース、力の差をまざまざと見せつけられます。
「……えっと、『決断の日』上下巻セットは……B10エリアへ……この魔導書はC4エリアへ――」
一方のシュルは、物質操作の魔法で本をふわりと浮かせ、まるで鳥のように飛ばしながら、次々と所定の棚へ収めていきます。さすが魔法の天才児。わたしたちには難しい魔法も、彼にかかれば造作もありません。
「凄い……これならあっという間に終わりそう……」
ヴィクトリアさんは、アレクシとシュルの働きっぷりに感嘆の声を漏らしました。
誰よりも力持ちのアレクシと、便利な魔法を自在に操るシュル。
たしかにこの二人のおかげで、蔵書整理は目に見えて進んでいきます。
「……あれ? 俺来た意味なかった?」
(……そう思うなら帰れですわ)
ぽつりと本音を漏らすフェランに、私は心の中できつく返事する。
フェランには申し訳ありませんが、私は少々ご機嫌斜めでした。
(……まったく、早く終わればいいという話ではありませんのよ! むしろ、ゆっくり時間をかけて作業することで、その分レオナール様とエリナ様の距離を縮めようとしたのですのに……これでは計画が台無しですわ……)
本日の“エリナ様×レオナール様公式カプ化作戦”は、またしても暗雲立ち込める展開。
この展開に、私の心は穏やかではいられませんでした。
「……すみません。私、少しお手洗いに行ってきます」
そう言ってヴィクトリアさんが席を外され、この場はいつもの六人となった。
とはいえ、特に会話が弾むわけでもなく、皆それぞれ黙々と作業を続けています。
「あら? この本は何かしら……」
ふと、手に取った一冊に目が留まりました。
それは古びた革装丁の書物。
深い焦げ茶色の表紙にはいくつもの裂け目が走り、長い年月を経てきたことを物語っています。
表裏の四隅には、魔法石を思わせる銀色の宝石。くすんだ光を湛えながらも、確かな存在感を放っています。
そして、何より目を引くのは、表紙中央の意匠――“一輪の赤いガーベラ”。
時を経ても色褪せることなく鮮やかな紅を湛えたその花は、まるでこの古い本が今もなお生きているかのように、微かな気配を放っていました。
「……」
私は、しばし見とれてしまいました。
見た目の美しさだけではありません。胸の奥をそっと掴まれるような、不思議な感覚。
手放したくない――そう思わせる何かが、この本にはありました。
(……中には、何が書かれているのでしょう……)
ドキドキしながら私はそっと本を開こうとした、その時。
「……セレスティン、その本は何?」
「うわぁ! シュ、シュル!? いきなり声をかけないでよ!」
背後からの声に驚き、その勢いで本をバンと閉じてしまいました。
「ああ……ごめん。その本、僕も一目見て気になってしまって……」
魔法の天才児の直感でしょうか。シュルの視線は、私の手の中の本に釘付けでした。
他の皆は作業に集中しており、私たちのやり取りには気づいていない様子です。
「……それでは、一緒に読んでみます?」
再び本を開こうとした、その瞬間。
「っ! 待った!!」
――バンッ!
突然の大声とともに、シュルが勢いよく本を押さえました。
「うん? おい、どうしたんだよ二人とも」
フェランが振り返り、他の面々も手を止めてこちらを見ます。
「シュ……シュル?」
シュルは、血の気の引いた顔で赤いガーベラの表紙を凝視していました。
額には、じわりと汗が浮かんでいます。
こんな彼の表情、初めて見ました。
「……その赤いガーベラの表紙……思い出した……それは呪術書だ」
「「「「「呪術書!?」」」」」
シュルを除く五人の声が、見事に重なります。
「……いわゆる“呪いの本”だよ。その本を開いてしまったら最後、呪われると言われている……」
「「「「「呪いの本!?」」」」」
またしても、五人の声が、見事に重なった。
「うん。僕が学園に入る前に聞いた噂なんだけど……この学園には、赤いガーベラの表紙の呪いの本があるって。
『その本は決して開いてはならない』……一度でも読んだ者には、災いをもたらす……と」
シュルは淡々と語ります。
抑揚のない声音が、かえって不気味さを増幅させる。
まるで怪談を聞かされているかのように、図書室の空気がひやりと冷えた気がいたしました。
「の、呪いの本なんて……怖すぎますわ……ぜ、絶対に読まないようにしましょう!」
「ああ! たとえ噂だとしても悪趣味だ! ヴィクトリアさんが戻ってきたら、その本をどうするか聞いておこうぜ!」
露骨に怯えるエリナ様とフェラン。
私も顔には出しておりませんが、“呪いの本”と聞いた瞬間、背筋がひやりと冷え、思わず唾を飲み込みました。
――けれど。
「……面白そうですわね、その噂、本当かどうか試してみましょう」
気づけば、そんな言葉が吐いてしまいました。
「お、おいセレスティン、今の話を聞いていなかったのか? やめたほうがいいんじゃないか?」
「そうだ。そんなくだらない噂に付き合っている暇はないさ。作業に戻ろうセレスティン」
止めようと声を掛ける、アレクシとレオナール様。
だけど、私は、そんな二人の声を無視して、本を見つめる。
「お、おい! 義姉さん……何考えてんだよ!」
フェランが震えた声で叫びます。
「あら? フェラン、怖がっているのですか? 意外と小心なところもあるのですね」
「はぁ? 怖がってねぇし、そんな噂信じてねぇし!」
「でしたら、開いても問題ありませんわよね?」
「い、いや……信じてねぇけど……こういう流れ、あんまり良くねぇだろ。なんか嫌な予感がするっていうか……」
珍しく歯切れの悪いフェラン。
その様子さえ、どこか遠くの出来事のように感じながら、私は再び赤いガーベラの本へ見つめました。
「……セレスティン様……止めましょうよ」
「……セレスティン、君は本気で開けるつもり?」
エリナ様とシュルからの声。
それでも。
私は、ゆっくりと本に手をかけました。
(……おかしい)
薄々、自分でも自分の行動に違和感を覚えていました。
(フェラン、アレクシ、シュルの声を無視するならまだしも……推しであるエリナ様と、レオナール様のお言葉まで聞き流すなんて……)
冷静な自分が、「ここで止まれ」と警鐘を鳴らしている。それなのに、指先は止まってくれません。
(……これは、エリナ様×レオナール様公式カプ化作戦が失敗したことへの苛立ちのせい……?)
――それとも。
(……もしかして、私……すでに呪われているのでは……?)
ぱらり――
私はついに、赤いガーベラの本を開いてしまった。
セレスティンどうした……?




