19.「今日が何の日……?」
前回の投稿から、かなり間が空いてしまい申し訳ございません。
夢オチ? という最悪の結末を迎えたセレスティンの前世。
あれは本当に“夢”だったのか、それとも……?
物語はまだ、終わっていません。
果たしてどうなることやら――。
「今日が何の日……?」
光凛の言葉を、私はそのまま繰り返した。
「……」
私は、すぐに答えることができなかった。
それは、思い当たる節がないからではない。
(今日が何の日……って、光凛の誕生日のこと?
私がこの世界からいなくなった日のこと?
それとも、“ププライ”の世界が夢だったと分かった日……?)
私にとってその問いは、むしろ思い当たる節が多すぎて、すぐに答えを出せなかったのだ。
心なしか、光凛は笑顔を浮かべながらも、その瞳だけは笑っていないように見える。
まるで、私の返答を試しているかのような――そんな印象さえあった。
(……私が交通事故に遭ったことや、“ププライ”の世界で悪役令嬢セレスティンに転生していたことを、光凛が知っているはずはない。だとすれば――)
私は、答えを決めた。
「……光凛の誕生日……だよね?」
おそるおそる口にしたその言葉。
次の瞬間、光凛の表情から笑みがすっと消え、教室に短い静寂が落ちた。
先ほどまで和やかだった空気が、わずかに緊張を帯びた。
そして――
「……うふふ。あ・た・り」
満面の笑みで、光凛が答えた。
「流石○○♪」
(……よかった。無難な答えで済んだみたい)
私は内心ほっとした。
「よかった~~、私の誕生日を忘れていなくて」
「フフ。仮にも親友の誕生日を忘れるほど、私は白状でなくてよ」
そう言いながら、私は自分のポケットに手をつっこむ。
(……光凛のプレゼント――たしか、このポケットの中に入れた気が)
さっそく、光凛に誕生日プレゼントを渡すため、私は夢を見る前の記憶を辿りながら、ポケットの中をガサゴソと探った。
――だけど。
(……あれ……ない?)
ポケットには、光凛に渡すはずのプレゼントが入っていなかった。
(嘘よ……私は確かにあの日、ポケットの中に入れたはず)
ププライの世界で十五年以上生きた夢を見ていたとはいえ、あの日の出来事は嫌でも覚えている。
私は、学生服のポケットの中に、確かに入れたはずだ。
あのお揃いのペアリングを。
――そして、その後交通事故にあって。
「……ねぇ、○○……確かに、今日はさぁ、私の誕生日だけど――」
私がプレゼントを探すことに気を取られている間に、光凛が静かに呟いた。
「――でも、それだけじゃないよね?」
「……えっ?」
光凛は、まっすぐ私を見つめたまま続ける。
「……もう一つあるよね? ○○にとって忘れもしない出来事が、その日がーー」
「えっ? 光凛……何を言っているの?」
「……もう気づいているでしょう? こここそが、夢なんだったって……あなたがいるべき居場所はもうここじゃないよ」
「それはどういうこと?」と問い返そうとした、その瞬間――。
――ズズズズッ!
突如、光凛の背後にある黒板に大きな黒い穴が開いた。
――ゴバッ!
その穴から墨汁のような黒い液体が、勢いよく溢れ出す。
黒い液体は静かに、しかし確実に、私たちの足元から這い上がってきた。
まるでこの教室を――いや、この世界そのものを沈めようとしているかのように。
「えっ? これは……」
「……あーあ、もう時間切れか……」
今もなお、黒い液体は教室を満たし続けている。今すぐにも逃げるべきなのに、なぜか足が動かない。
焦る私とは対照的に、光凛は足元を見つめながら、少しも動じていなかった。まるで、こうなることを最初から知っていたかのように。
「……光凛……私、あなたに渡したい物が……」
「……受け取れないよ……こんな偽りの世界じゃ……」
光凛は私を見て、どこか諦めたように微笑む。
そして黒い液体は、あっという間に私たちの胸元まで迫っていた。
他を見渡せば、廊下、窓の外の景色も、既に黒い液体によって、沈んでいた。
(あの黒い液体……いや、あの暗闇は、光凛に起こされる前に見た、あの世界と同じ――)
私はようやく、光凛が言った「時間切れ」の意味を理解した。
「……ありがとう○○……たとえ夢の中でも、あなたと会えて嬉しかったよ……」
「待って! 光凛……」
私はとっさに、右手で光凛の左手を掴む。
やがて暗闇の水は、私たちをも飲み込んでいった。
それでも、手はつながっている。
「あなたにようやく会えたのに……!」
暗闇は、私の視界からすべてを奪っていく。
――ただ一つを除いて。
光凛だけは、今も見えた。
光凛だけは、決して闇に飲み込まれない光のように、そこに立ち、私の手を握っていてくれた。
「大丈夫!」
暗闇に支配された世界でも、光凛の声ははっきりと届いた。
「あなたが生きている本当の世界できっと私は会えると思うから――」
「……えっ? どういうこと?」
「――そのときにプレゼントを渡して」
その言葉を最後に、私の意識は静かに途切れ――
***
「……光凛!」
「……セレスティン様?」
目を覚ますと、そこには学園の制服を纏った、金髪ショートボブの少女――私の推しこと、エリナ・クチュール様が降臨していました。
周囲を見渡せば、見慣れた教室。
窓の外には、夕焼けが広がる放課後の時間。
どうやら私は、教室の机に突っ伏したまま眠っていたらしい。
教室には、私とエリナ様の二人きり。
この状況は、先ほどまで光凛と向き合っていたあのシチュエーションと、あまりにもよく似ていました。
けれど――
「……セレスティン様、お顔は大丈夫でしょうか? とても険しいご様子でしたので……悪い夢でもご覧になりましたか?」
エリナ様が、心配そうに身をかがめて私を覗き込みます。その綺麗な碧い瞳が、まっすぐに私を映していました。
「……いいえ、悪夢なんかではありませんわ……」
小さく呟いてから、改めて言葉を続ける。
「……久しぶりの親友と、夢の中で再会したのです。懐かしくて……少し寂しくて……でも、最後はただ嬉しかった。それだけですわ……」
そう――あれは悪夢ではありません。
目が覚め、この世界の空気を吸い込んだとき、はっきりと分かりました。
私が生きている本当の居場所は、この“ププライ”の世界にあるのだと。
セレスティンとして過ごす日々こそが、私の選んだ――そして与えられた、本当の世界なのです。
「いい夢ならよかったです……ところで、セレスティン様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「はいエリナ様?」
「その指輪はなんでしょうか?」
エリナ様の白く細い指が、そっと私の手元を示す。
視線の先には、光と影のように並んだ、白と黒のペアリング。
「……ああ、これですか……」
私は無意識に握りしめていたそれを、そっと掌の上に転がします。
白は淡く光を返し、黒は静かにその光を吸い込む。
「これは……かつて、親友に贈るはずだった指輪と、よく似ているのです……」
白は――光凛に渡したかった指輪。
どんな闇の中でも、まっすぐ立ち続ける光のような存在。
黒は――私が身につけるつもりだった指輪。
迷いも、弱さも抱えたまま、それでも光の隣に立とうとした影。
「……素敵ですわ」
エリナ様が指輪を見つめる。
「……きっと、いつかこの世界なら……渡せると思いますわ。その指輪」
エリナ様がふとそう呟いた。
……えっ?
「……“この世界”……?」
エリナ様らしからぬ言い回し。
「……あれ? 私、何を言って……?」
エリナ様本人も、自分の言葉に戸惑っている様子でした。
ショートボブ……皆を明るくする性格……
そして、ふと脳裏に蘇るあの言葉。
『転生するなら――『ププライ』かな? やっぱり主人公のエリナに転生して、攻略対象の男子たちと逆ハーレムエンドを気づきたいなぁ~~』
(……まさか……)
断片的なキーワードが次々と浮かび上がり、それらがひとつの仮説を形作っていく。
「……ねぇエリナ様」
「……はい?」
穏やかに返る声。
けれど、その碧い瞳の奥に、わずかな揺らぎを見た気がしました。
私は白い指輪を、そっと指先でつまみ上げます。
「エリナ様に……渡したい物があるのですが、よろしいでしょうか?」
夢オチという最悪の結末(=作者の放り投げ)にならなくて、本当によかったです。
物語もいよいよ後半戦に突入しました。
ラストまで、もう少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです!




