18.「NTRなんて絶対反対」
今回は、セレスティン(?)視点でお届けいたします。
どこかわからない。深い暗闇の世界。
私はいつの間にかその場所に立っていた。
今にも、不安や恐怖といった負の感情が、足元から頭の先までじわじわと這い上がってきそうな気配がある。
けれど私は、その負の感情に侵されるよりも先に、不思議な安心感を覚えていた。
「寝てる○○? ○○?」
暗闇の中で、私の名を呼ぶ声が聞こえたからだ。
その声はどこか懐かしく、胸にやすらぎと温かさをもたらしてくれる。
(あれ……? この声って、どこかで聞いたことがあるような――)
私はこの声を知っている。
でも、この声の主が誰なのか思い出せない。
すると、この暗闇の世界に一筋の光が差し込んだ。
「起きて○○……ねぇ、○○起きてよ!」
声が大きくなるのと同時に、その光は徐々に広がり、やがて暗闇の世界を、私ごと染め上げていく。
そして――。
「……う、うん何ぃ~~? ね、眠ぅ~~」
深い眠りから無理やり引き起こされた私は、不機嫌な声を漏らしながら瞼を開けた。
「……え、え、何? ひ、光凛? ……あれ? なんでアンタがここに……!?」
目を覚ますと、そこには学生服を着た、茶髪ショートボブの少女――私の親友、朝日光凛が立っていた。
周囲を見渡すと、そこは学校の教室。
窓の外には、夕焼けが広がる放課後の時間だった。
どうやら私は、教室の机に突っ伏したまま眠っていたらしい。
「もう、なんで寝ちゃうの? ここから面白いところなのに~~」
光凛が不満そうに、ぶつぶつと文句を言う。
けれど私は、その言葉がほとんど頭に入ってこなかった。
というより――頭の中が、混乱していた。
(……え、え、何? ここはどこ? いや、学校ってわかってるけど……何……ここにいることに、すごい違和感が……!)
言いようのない不安が、私の心の中をじわじわと満たしていく。
「……○○? どうしたの?」
私の様子がおかしいことに気づいたのか、光凛が不思議そうに顔を覗き込んできた――。
「……光凛、今って西暦何年だっけ?」
「……えっ、どうして急に?」
「いいから答えて」
私の圧に、光凛はおそるおそる口を開く。
「それは……20XX年……のはず。あれ? こういうのって、いざ答えようとすると忘れそうになるんだけど……たぶん、20XX年のはず――」
「……やっぱり」
私が考えている通りの年月だった。
「じゃあさ、今日は何月何日……?」
「……えっ、今日は9月9日でしょ? っていうかそこにカレンダーあるし、○○のスマホで日付見ればいいじゃん!」
もっともな意見を言われて、私はハッとする。
(あ、そっか……この世界にはスマホあるんだった――あれ……“この世界”って?)
この世界。
自分の心の中で言っておきながら、そのキーワードに何か引っかかった。
(まるで……他の世界でも生きていたかのような言い分……どういうこと?)
ここは私がよく知るいつもの日常なのに、さっきからなぜか違和感がある。
まるで、私の居場所は、ここじゃないような気がして。
それと何か大事なことを忘れているような、モヤモヤした煙のようなものが、私の頭の中を渦巻いている。
(もしかして……“この世界”ってキーワードと関係しているのだろうか?)
そんな晴れない気分でいる中、光凛が呆れたような態度を見せる。
「もう、まだ寝ぼけているの? もしかして……昨日、『ププライ』を遊び過ぎて寝てないの?」
「……えっ!?」
今、光凛から気になる言葉が。
『ププライ』……乙女ゲーム……9月9日……光凛……他の世界……。
レオナール様……エリナ様……フェラン……アレクシ……シュル……セレスティン……。
断片的なキーワードが次々と浮かび上がり、それらがパズルのように繋がっていく。
「ああっ! それ! 思い出した!!」
「うわぁ! な、何!? いきなり大声出してびっくりさせないでよ!!」
光凛の言葉でようやくすべて思い出した。
――そう、私は転生したはずだ。
大好きな乙女ゲーム『ププライ』の、悪役令嬢セレスティン・オートとして。
そして、本日9月9日。
この日は、光凛の誕生日にして、私がこの世界からいなくなった日。
親友である光凛に誕生日プレゼントを渡すための行きの道で――。
「……あれ? それなら、何で私ここにいるの?」
当然の疑問が、ぽつりと口からこぼれ落ちた。
「もう、本当にどうしたの? 今日なんか変だよ」
「ハハ……そうだよね」
作り笑いでごまかすが、内心は穏やかになれない。
(……どういうことなの? なんで、私前世に戻っているの? 私は紛れもなく、ププライで悪役令嬢セレスティンとして生きていたはず! そして、エリナ様×レオナール様ルートを成立させるために、日々奮闘していて――)
すべてを思い出したからこそ、余計に混乱する。
今、光凛といるこの世界が現実なのか、それとも、セレスティンとして生きていた世界こそが現実なのか。
頭を抱えて悩む私に、光凛は本格的に心配そうな表情を見せた。
(そうよ! 悩んだって解決しないし、光凛に相談すれば――)
私は光凛にある質問をしてみることにした。
「……ねぇ、変なことを聞くけどさ、もしだよ……もしも、自分がこことは違う別の世界……しかも、“自分がよく知っている世界”で生きていた記憶があった状態で……この世界に戻ったら……光凛ならどう思う?」
「……えっ、何? 質問の意味がマジでわからないんだけど……?」
「だからもしもの話よ。光凛が好きな作品――ゲームでも、アニメでも、漫画でも、小説でもいいけどその世界で生きていた記憶があってこっちに戻ってきたらどう思うって話よ!」
「……ああ! いわゆる異世界転生的なってやつ? もう、最初からそう言ってよ!」
そう言いながらも、光凛は私の質問を否定したり馬鹿にしたりせず、顎に手を当て、じっくりと思案する。
(光凛は昔からこうですわね……好き嫌い激しい私と違い、好奇心旺盛で、どんなことも否定せずに受け入れようとする。性格は違う私と親友になれたのも、きっと、光凛の優しい性格に助けられているところが大きいのでしょう……)
記憶が戻った影響か、口調も自然とセレスティン嬢のときに戻っていく自分に気づきました。
やがて――。
「う~~ん、私ならやっぱり夢を見ていたって思うかな。だって、現実はこっちでしょう?」
「……やっぱりそう思うんですわね……」
夢を見ていた。
思ったよりショックはなかった。
いや、内心、こちらの可能性に気づいていたのでしょうが、心のどこかでは考えないようにしていた。
別にこっちの世界が嫌いなわけじゃない、こっちの世界には、光凛がお母さんやお父さんもいる。
スマホやゲームだってある。
でもなぜだろう……私は、いや今の私がいるべき場所はもうここじゃない気がする。
頭に浮かぶのは、レオナール様、エリナ様、フェラン、アレクシ、シュルたちの笑顔。
(え……今まで見ていたのが、夢だったということ? まさかの夢オチ?
こんな終わらせ方するの? なに、打ち切り作品みたいな杜撰な結末……)
今まで見ていた、記憶が夢なら現実を見て前を進まなければならない。でも、心の中ではこの現実を受けいれたくない自分もいる。
「……でも転生か……私はやっぱり、転生するなら――『ププライ』かな? やっぱり主人公のエリナに転生して、攻略対象の男子たちと逆ハーレムエンドを気づきたいなぁ~~」
私の葛藤をよそに、光凛は私の質問内容でワクワクしていた。
「はぁ……逆ハーレムエンドなんて、不健全ですわね。この節操なし」
いつもの私たちのように軽口を叩く。
「節操なしって、いいじゃんゲームなんだから! そういうプレイに夢見たって! ○○だって、ハーレムエンドが一番でしょう?」
「いいえ、私は、絶対に、主人公×メインヒーローか主人公×メインヒロインエンド以外許しません! 推しカップリングは絶対に変えません!!」
断固として言う。
「もぅ……相変わらず、頭が頑固じじいより硬いんだから!」
ぷくっと頬を膨らませて怒る光凛。
その様子を見て、思わず笑ってしまう。それと同時にさっきまでの葛藤が、ほんの少しだけ軽くなった。
(……やはり、光凛と話していると落ち着きますわね……悔しいけれど、皆に笑顔を与える太陽のような性格は、エリナ様に似ていますわね)
本人に「エリナ様に似ている」と言えば、調子に乗るので絶対に口にしませんが、光凛の明るい性格には、なんだかんだ助けられています。
(……そうよ。今までが夢だったとしても、それでいいかもしれない。これからも光凛と一緒なら――)
「さっきのププライの話なんだけどさぁ、私、“悪役令嬢セレスティン”に転生するのもいいかもね~~」
何気ない光凛の発言にドキっとした。
「な……何で、あんな悪女に転生したいの光凛は?」
「……だって、ゲームでは、悪役令嬢セレスティンに一切の救いなんてなかったじゃん」
光凛は、少しだけ真面目な表情でそう言った。
「どのルートでも、婚約破棄されて、家からも見放されて、最後は国外追放か……エリナ様闇落ちルートだと、もっとエグい結末もあったじゃん。
ああいうの見るとさ、なんか放っておけないっていうか……もし自分がその立場だったら、絶対に違う未来にしたいなって思うんだよね」
(フフ……光凛らしい、優しい考えですね)
おかしい。
私はセレスティンじゃなく、“自分のことをセレスティンに転生したと思い込んだ一般人”のはずなのに、光凛がセレスティンのことを語っていると、まるで自分のことのように、嬉しくなる。
「それか……ゲームになかった新たなエンディングとして……エリナ×セレスティンのGLエンドもいいかな?」
「えっ?」
突拍子もない光凛の発言に驚く。
「ああ、それかセレスティンに転生して、エリナが攻略対象と結ばれたあとに、横からかっさらう寝取りエンドもいいかな!」
光凛はワクワクしながら、次々と妄想という名のアイデアを披露する。
(ああ……そういえばコイツはこんな感じでしたわ。光凛はNLはもちろんのこと、GLも、BLも、NTRもいける口でしたわ)
私の好みのカプは一択なのに対し、光凛はその好奇心旺盛な性格がゆえか、好みのカプ範囲がとてつもなく広い。
本当に好みのカプに関してだけは、光凛と相容れない。
「ねぇ、○○がププライに転生したらどうする?」
その質問は、迷わずこう答えましょう。
「勿論、誰に転生しようとも、私はエリナ様×レオナール様ルートエンド以外許しません――NTRなんて絶対反対ですからね!!」
「……うふふ。○○らしいね」
そうして、私たちは、しばらく雑談した。
「……ところで、○○」
そして光凛は、さりげなく話題を切り替えるように次の言葉を言った。
「今日が何の日か……覚えている?」
――その言葉に、胸の奥で、何かはわからない感情の予感が揺れた。
セレスティンの前世については、あえて「○○」とぼかしていますが、作者の中では前世の名前を一応設定しています。




