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乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、公式カプ(ヒロイン×王子)を全力で推しますわ!  作者: 朝月夜


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19/21

16.「ポルナレフ先生の昔話」

 引き続き、ミレーヌ先生視点でお届けします。

「ポルナレフ先生……す、少し……お話よろしいでしょうか」


 放課後の時間。

 夕焼けが校庭を照らす中、人影の少ない校庭の奥で、私は意を決してポルナレフ先生をお呼びした。


「これはこれは、ミレーヌ先生……お話とは、なんでしょうか?」

 ポルナレフ先生は、いつものようにニコリと微笑みながら、こちらへ歩み寄ってくる。


「あ、あのですね……わ、私……ポ、ポルナレフ先生に……は、話があってぇ……」


 ――おかしい。

 セレスティンたちに何度もポルナレフ先生役をやらせ、告白の訓練をしたはずなのに。


 頭の中のシミュレーションでは、もっと流暢に言葉が出てきたはずなのに。

 いざポルナレフ先生(実物)を前にすると、一気に緊張が身体を支配し、言うべき台本セリフは頭の中から綺麗さっぱり抜け落ちてしまった。


「大丈夫ですわ……ミレーヌ先生、頑張って」

「そうです。私たちは、セレスティン様とシュルさんと一緒に、今も見守っています」

「ミレーヌ先生……セリフを忘れたら、合図や、さりげない言葉で表現すればいい。ちゃんと伝わるから、安心して」


 左耳につけた魔法の通信石から、セレスティン、エリナ、シュルの声が小さく届く。


(……ありがとう皆)


 心の中でそう呟き、私は感謝する。

 そして、用意していた台本セリフを、あえて頭の中からゴミ箱に捨てるようにイメージした。

 ここからは、自然アドリブな言葉で、伝えよう。


「……わ、私……ポ、ポルナレフ先生のことが――」

「……っ! ミレーヌ先生……どうぞ、落ち着いて、ゆっくりとお話しください。

 いつまでも、あなたの言葉を待っていますから……」


 その瞬間、ポルナレフ先生の表情は、怪訝そうなものから神妙なものへと変わった。

 もしかすると、私がこれから何を言おうとしているのか、察したのかもしれない。


「……ポルナレフ先生。私……」


 一度、深く息をすぅっと吸う。

 夕焼けの空気が、胸いっぱいに流れ込んだ。

 そこから先は、自分でも驚くほど、胸の奥から声が溢れ出てくる。


「わ、私、あなたと話す時間が……好きなんです」

「……」


 ポルナレフ先生は黙って私の話を聞いていた。

 その片眼鏡越しに見つめられる、澄んだ翡翠(ひすい)色の瞳は私の言葉を永遠に待つように、優しく見つめていた。

 いつもの私は、恥ずかしさからその綺麗な瞳と目を合わせられなかった。

 けれど、今の私は違う。もう、ポルナレフ先生の目から逸らさなかった。


「理屈っぽいお話も……魔法のことに関して熱く語るところも……生徒から煙たがられるほど、校則に厳しいところも……寡黙ながらもどこか寂しそうな雰囲気も」

「……」


 言葉を探しながら、それでも止まらずに続ける。


「でも理屈っぽくても、難しい魔法式でも、誰に対してもわかりやすく説明しようとするところも……生徒一人一人を、ちゃんと見ているところも……」

「……」


「厳しい校則の裏で、誰よりも学園を守ろうとしているところも……

 そして時々、ふっと見せる……とても遠くを見ているような、その横顔も……」

「……」


「あなたの落ち着いた渋い低音ボイスも……あなたの澄んだ翡翠(ひすい)色の瞳も……片眼鏡が似合っているところも……あなたがどんな人生を歩んだのか、まったく知らないミステリアスなところも……」

「……」


 言い出したら、自分でも驚くほど、言葉が止まらなくなっていた。

 それもそのはずだ。だって私は、いつも遠くからあなたを見つめて、心の中であなたの好きなところを数えていただけなのだから。


「クッキーを頬張るときの、あなたのぷっくりとした頬も……こんな根暗な私にも、分け隔てなく接してくださる、その慈愛に満ちたところも……肩に触れそうなほど近い距離ですれ違ったときに、ふっと香る、あなたの匂いも…」

「あれ? ミレーヌ先生? 好きなところを語るのは……その辺で十分だと思うので……そろそろ告白に入った方が――」


 ふと、魔法の通信石から、セレスティンの声が聞こえた。

 その一言で、私はハッとする。


「ですから……わ、私が言いたいのは――」


 一呼吸おいて、私は、とうとう()()()()を口にする。


「……好きですポルナレフ先生。よろしければ、私と付き合ってください」


 その言葉を言った瞬間、校庭に大きな風が吹き荒れた。

 それはまるで、何かが始まる合図の風なのか――それとも、終わりを告げる風なのか。

 魔法の通信石から、セレスティンとエリナの、小さな歓喜の声が聞こえる。

 言うべきことはすべて伝えた。

 もうこれ以上言うことはない。

 あとは――ポルナレフ先生の答えを、待つだけ。

 ポルナレフ先生は、なおも口を閉ざしたまま、沈黙していた。

 けれど、やがておそるおそる、ゆっくりと口を開き――


「……嬉しいですな。あなたのような妙齢の婦人にそう言ってもらえるなんて……」


 確かに、ポルナレフ先生は嬉しそうに微笑んでいた。

 だが、その笑みには、純粋な喜びだけではない。

 どこか哀愁を帯びた影が、静かに滲んでいるようにも見えた。

 やがてポルナレフ先生は、ゆっくりと夕焼けの空へと視線を向ける。


「本日も香水は――“ルール・ブルー”をつけているんですな……」


 私が身にまとっている香りを、迷いなく言い当てながら、ポルナレフ先生は言葉を続ける。


「……あなたを見ていると彼女を思い出す。どことなく面影があるとこも……」

「……“彼女”、ですか?」


 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

 私にとって、不穏とも言えるキーワードが、ポルナレフ先生の口から紡がれた。


「私も歳を取った……年寄りらしく、昔話をしたくなるものですな」


 一度、言葉を切り、軽く息を整えてから。


「……ミレーヌ先生。すまないですが、少し昔話に付き合ってもらえるでしょうか?」

「……“ポルナレフ先生の昔話”、ですか?」


 私は、彼に想いを寄せながら――彼のことを、ほとんど何も知らなかった。

 もちろん、好きだからこそ知りたいという気持ちは強かった。けれど、知りたくない気持ちも同じくらい強かった。

 だって、すべてを知ってしまったらもうあの頃に戻れない気がするから。

 ――あの頃の、片思いの気持ちを、密かに楽しんでいた日々に。

 それでも。

 それでも、今の私なら。


「……聞かせてください。ポルナレフ先生の昔話を」


 そう答えると、ポルナレフ先生はコクンと頷いた。

 そして、ゆっくりとポケットに手を入れ、金色のペンダントを取り出す。

 私の前に差し出されると、それはパチリと小さな音を立てて開いた。


「……この方は……!?」

 思わず、息を呑む。


 それは写真入りのペンダントだった。

 中には、片眼鏡をかけた一人の女性が写っている。

 かなり古い写真のようだったが、丁寧に手入れされているのだろう。

 時の経過を感じさせながらも、その女性の美しさは、少しも色褪せていなかった。


「……彼女は、“妻”です」


 ポルナレフ先生は、静かにそう告げる。


「十五年前から、このペンダントを、私は身につけていてね……」


 ――そこから、語られる。

 ポルナレフ先生の過去が。


 ***


「……ダニエル」


 今から十五年前。

 ポルナレフ先生には、妻――ダニエル・ポルナレフがいた。

 病床に伏せ、痩せ細ったその腕を、ポルナレフ先生は強く握っていた。


「あ……あなた……」


 ダニエルさんの声は、驚くほど弱々しい。

 その声を聞くだけで、残された時間が多くないことを、嫌でも思い知らされる。

 二人の出会いは、そこからさらに十三年前に遡る。


 出会いの場は、この学園だった。

 当時、ポルナレフ先生は二十二歳。

 教員見習いとして配属されたばかりで、ダニエルさんは、ポルナレフ先生の五歳年上の教師。

 私と同じ錬金術系を教えていたそうだ。

 意外にも、アプローチしたのはポルナレフ先生のほうだったという。

 教員見習いとしてダニエルさんのもとで教えを受けるうちに、彼女に惹かれていった。

 彼女は、今のポルナレフ先生と同じように校則に厳しく、職場恋愛には否定的だった。

 ――いや、もしかしたら。

 今の厳しくも優しいポルナレフ先生は、ダニエルさんから受け継いだものなのかもしれない。

 何度フラれても、ポルナレフ先生はめげることなく、想いを伝え続けたそうだ。


 そして、ある日。

 彼は、彼女に初めての贈り物を差し出した。

 それが――


「ダニエル先生。この魔法の香水“ルール・ブルー”をあなたのために調合しました」


 そう。今も、私が身につけているルール・ブルーだった。


「この香水は、時間帯によって成分が変化する仕様で――

 日中は集中力を高め、夜には気持ちを落ち着かせる――リラックスを目的とした効能を……」


 ポルナレフ先生は、一生懸命に成分の説明をしたという。

 当時は、若かったこともあり、自分に振り向いてほしい一心で、つい話しすぎてしまったのだろう。

 そして、当のダニエルさんの反応は。


「ありがとう。私のために調合してくれたのね……これ、是非使わせてもらうわ!」


 それから彼女は、毎日その香水を纏うようになった。

 そして、少しずつ二人の距離は縮まり、出会ってから三年後。

 二人は結婚したのだ。


 結婚後の二人は、穏やかで慎ましい日々を送っていたそうだ。

 おしゃれや高価なものには無頓着で、休日も外へ出かけるより、一緒に錬金術に没頭する日々。

 一般的な理想の夫婦像とは違ったかもしれないが、二人にとってそれが理想の夫婦の愛の形だったかもしれない。

 同じ学園で働き、同じ分野を語り、時に意見をぶつけ合いながらも――最後には、必ず同じ結論へと辿り着く。

 研究に没頭しすぎて食事を忘れるポルナレフ先生を、ダニエルさんが呆れたように叱り。

 逆に、無理をして倒れかけたダニエルさんを、ポルナレフ先生が不器用に支える。

 そんな、当たり前で、かけがえのない日常を過ごしていた。


 だが――


 その日常は、ある日突然、終わりを告げた。

 ダニエルさんの体調不良が続き、検査を受けた結果――原因不明の不治の病だと告げられた。

 回復魔法をもってしても、進行を止めることはできなかったという。

 それでもダニエルさんは、周囲やポルナレフ先生の反対を押し切り、最期まで教師であろうとした。

 ベッドの上で論文を読み、学生の成績を気にかけ――

 そして、いつものように、あの香水を纏っていた。


「……この香り、私本当に好きなの……あなたに貰ったときから」


 病室に微かに漂う“ルール・ブルー”の香り。

 それは、ポルナレフ先生が若き日に、恋心を込めて調合した香りだった。


「あなたが作ってくれたものだもの。私、これ……いつまでも大好きよ」


 そう言って、ダニエルさんは微笑んだ。

 そして、最期の時が近づいたある夕暮れ。

 そう。今からあの十五年前に戻る。

 あの日は、今と同じように、空が赤く染まる時間帯だったそうだ。


「……あなた」

「……ダニエル」


 か細い声で名前を呼ばれ、ポルナレフ先生は、その手を強く握り返した。


「あ……あなた……」


 ダニエルさんの声は、驚くほど弱々しい。

 その声を聞くだけで、残された時間が多くないことを、嫌でも思い知らされる。


「あなたの……人……生は……まだ……続くわ」


 息を整えながら、ダニエルさんはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「馬鹿を言うな! 一緒にだろう!? “俺たちの人生”は! 必ず治って――」

「……フフ。あ、なたらしく……ないわね……そんな現実、逃避……」


 そして、彼女は、一度、息を吐いてから続けた。


「私は……十分、幸せだった。あなたから、たくさんの幸せをもらったもの」

「ダニエル!」

「だから……これからは、私以上に素敵な人に……あなたの幸せを、分けてあげて」

「……そして……なにより……あなた自身が、幸せになって」

「な、なにを言っているんだ……ダニエル?」


 震える指先が、そっとペンダントに触れた。


「……でもね」

 最後に、少しだけ、いたずらっぽく微笑んで。


「たまにでいいから……ほんの少しだけ、私のことを思い出してくれたら……嬉しいわ」


 それが――

 ダニエル・ポルナレフの、最期の言葉だった。

 彼女が息を引き取ったあとも、ポルナレフ先生は、しばらくその手を離せなかったという。

 そして十五年が経った今も。

 彼は、その約束を胸に、あの金色のペンダントを身につけ続けている。

 初めて贈り物をした、あの頃の彼女の写真を忘れないために。

 そして、彼女の形見である片眼鏡を身につけ――

 ポルナレフ先生は、今もこの学園で、教師として在り続けている。


 ――それが、ポルナレフ先生の口から語られた、過去のすべてだった。


 ポルナレフ先生の過去を聞いたミレーヌ先生。

 その想いは!?


 今回でミレーヌ先生編を締める予定だったのですが、書いているうちにどうしても収まらず、まさかの次回へ持ち越しです。

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