14.「枯れ専女子」 前半
今回は、第8話「シュル・トゥレット」で登場したミレーヌ先生視点の物語です。
なお、ポルナレフ先生は第4話「フェラン・クレルモン」以来の再登場となっています。
――私は、変わった人間だ。
そう他人から思われることもあるし、何より自分自身が、それをよく分かっている。
昔から、好きなこと以外には、まったくやる気が出ないタイプだった。
学生だった頃、同級生たちが化粧だの、おしゃれだのに興味を持ち始めた年頃も、私は錬金術一筋であった。
――私は、普通の女じゃない。
昔から、同世代や年下の男子とか、顔立ちの整った、いわゆる“イケメン”に惹かれたことはない。
小説でも、同い年か、せいぜい五歳差くらいの男女の恋愛ものばかりで……そういう作品を読んでも、まったくときめかなかったし、興味も持てなかった。
――そんな変わった私が、密かにときめいている相手は。
「……おはようございます。ポルナレフ先生」
「うむ。おはようじゃ。ミレーヌ先生」
ロマンスグレーの長髪と、アンティークな片眼鏡。
それらは、年相応に積み重ねてきた人生を物語るかのように、よく似合っている。
私、ミレーヌ・デザンシャンテは、今日もアムール・ポルナレフ先生に挨拶をすることができた。
(きゃあああああああああああ! や、やったわ……! きょ、今日も言葉を交わっちゃったわよ――っ!!)
私は内心で、思いきりガッツポーズを決める。
(今日もポルナレフ先生と目を合わせた……。これで、私の恋の成就に一歩近づいたはず!!)
恋愛の心理学においては、“単純接触効果”というものがあると聞いたことがある。
最初は興味がなかったことでも、繰り返し目にしたり、接したりするだけで、その対象を好きになりやすくなる心理効果らしい。
ポルナレフ先生は、私の目を見て挨拶をし、そして肩が当たりそうな距離ですれ違った。
たとえ数秒後には、この挨拶のことを忘れてしまったとしても……
ポルナレフ先生の記憶の奥底には、この私――ミレーヌとの挨拶の記憶が、きっと刻み込まれているはず。
つまり、昨日の私より、今日の私のほうが、ポルナレフ先生は、ほんの少しだけ、私のことを好きになったはずなのだ。
恋の成就という観点から見れば、取るに足らない小さな一歩かもしれない。
それでも、挨拶をしたというその勇気は、私にとって確かな、そして偉大な飛躍となったのだ。
――そうして今日も、私は都合よくポジティブに解釈しながら、学園生活を始めるのだった。
「第三章、触媒反応における媒質の安定条件について~~これは癒しの錬金術師が提唱した~~」
今日もいつも通り、私は感情を込めず、まるで写経のように淡々と教科書の文字を読み上げて、楽に授業を終わらせようとしている。
今回は百十五ページまで進めば、授業の目標進度は達成だ。
……なに? 手を抜きすぎ? 不思議とそんな声が聞こえてくる。
はぁ……わかっていないな。この学園の生徒のことを。
ここの生徒たちは概ね優秀で、学力を伸ばしたい子や、将来、魔法省をはじめとした官僚になりたい子は、塾や予備校に通い、試験で高得点を取るための効率的な錬金術を学んでいる。
なので、極端な話、こんな授業なんて受けなくてもいいのだ。
それに、シュルのように、純粋に錬金術や魔法に興味を持つ子は、放課後、自主的に私のもとへ質問に来る。
そのときは、私もこんな授業とは違って、ちゃんと向き合って教えている。
たとえ、勉強に興味がない子でも、私の授業は、ポルナレフ先生の授業と違って、楽に単位が取れる良心的なタイプだ。授業中だって、静かにさえしてくれれば、寝ていても文句は言わない。
そうした事情を踏まえて――
甘え……じゃなかった、生徒たちを信じて任せるスタイルの授業を、私はさせてもらっている。
「それにより~~今日では、比較的に簡単に調合できやすく~~
は~~い。今のところ、先生テストに出すから、ノートに書いておいて~~。今日休んでる子にも、あとで教えてあげてね~~」
教科書の文字をただ音読しているだけの私は、不意打ちのように、試験に出る箇所だけはきっちりと伝えておく。
その瞬間、急に真剣な顔つきになってノートへ書き込み始める生徒もいれば、私の声がまったく耳に入っていないのか、相変わらず机に突っ伏したまま眠り続ける生徒の姿もある。
――まあ、いつもの光景だ。
いつもと違うのは。
(はぁ……ポルナレフ先生……あなたは、どうしてあんなにも素敵なの……)
生徒たちがノートを書き終えるまでの、ほんのわずかな空白の時間。
私は、窓の外へ――いや、遠く離れた校舎の、教壇に立つポルナレフ先生の姿を、今日も無意識のうちに目で追っていた。
あの落ち着いた声。
片眼鏡越しに見つめられる、澄んだ翡翠色の瞳。
年輪を感じさせる手つき。
教師としての威厳と、決して前に出すぎない品格。
そして、厳しさを持ちながらも、生徒一人一人と誠実に向き合う、その姿勢。
(二十五歳も離れた年上の男性に惹かれるだなんて……やっぱり、私は変わっているのかしら)
(……いいえ。たとえ私が、父親ほど年の離れた男性を好きになるタイプだったとしても、
ポルナレフ先生は、ポルナレフ先生で、誰が見ても魅力的な人物。きっと、さぞかし、モテているのでしょうね……)
そんな彼に想いを寄せている私だが、実のところ、彼のことはほとんど何も知らないに等しい。
プライベートで接したことは一度もなく、普段どんな暮らしをしているのか、どんな趣味を持っているのか、これまで、どんな人生を歩んできたのかも一切知らない。
知りたい気持ちは、当然ある。
けれど同時に、このまま知らないままでいたいという思いも、どこかにある。
そんな矛盾じみた、もどかしい感情に、今日も私は振り回されていた。
「……先生?」
(ポルナレフ先生は、今お付き合いしている方がいるのでしょうか……
ひょっとして、既にご結婚されていたりして……ああ、あなたは一体――)
「先生? ミレーヌ先生?」
はっとして、我に返る。
声の主は、艶のある黒髪と黒い瞳を持つ女生徒――セレスティン・オートだった。
「大丈夫ですか……? 先ほどから、少しぼーっとしているように見えましてよ」
「えっ!? あ……ええと……すまなかった。では、続きから読み上げる――」
私は慌てて姿勢を正し、平常心を取り繕う。そして、つまらない教科書の音読に戻る。
「これは癒しの錬金術師が提唱したマリー理論で~~それにより~~今日では、比較的に簡単に調合できやすく~~」
「……先生」
再び、セレスティンの声。先ほどよりも、どこか言いづらそうな声色と態度だった。
「……既に、その箇所は読み上げましたわよ」
「…………」
その一言で気づき、私はぴたりと口を閉ざす。
小さく笑う生徒もいれば、シュル・トゥレットやエリナ・クチュールをはじめとした真面目な生徒たちは無反応。そして、相変わらず寝たままの生徒もいる。
「……そうだったな。では次のページからだ……」
何事もなかったかのように言い直し、私は再び音読を続けた。
そして――授業終了のチャイムが、校舎に鳴り響いた。
(はぁ~~……やっと、終わった)
今日は、いつも以上に授業が長く感じられた。
もともと、私の授業は生徒にとっても、そして私自身にとっても、退屈なものだと思っている。
それでも今日は、普段にも増して「早く終わってくれ」と、何度も心の中で呟いていた。
理由は、言うまでもない――セレスティンに指摘された、あの一件だ。
自分では平静を装っていたつもりだったが、ああしてはっきりと気づかされてしまうと、もう誤魔化しようがない。
私は、完全に上の空だったのだ。ポルナレフ先生のことで。
「……ミレーヌ先生?」
不意に名前を呼ばれ、声の方へ振り向く。すると――
(セレスティンとシュル……そしてエリナまで?)
そこに立っていたのは、その三人だった。
セレスティンとシュルは、以前の魔法薬開発の授業で一緒に作業しているところを見たことがあるので、交流があるのは分かる。
だが、この場にエリナまでいるとは思わなかった。意外な三人の組み合わせに、私は少し驚くのだった。
続きは早ければ、明日投稿します




