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乙女ゲームの悪役令嬢に転生しましたが、公式カプ(ヒロイン×王子)を全力で推しますわ!  作者: 朝月夜


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9.「魔法ってのは、魔力から生まれる完成品だけがすべてじゃない」

 8.「シュル・トゥレット」のシュル視点です。

 今回も長めとなります。ご了承ください!

「魔法薬の作成中に失礼する。初めまして、シュル君。

 私はレオナール・ド・クレルモン。君に、少し折り入って頼みたいことがあってね」


 授業中、レオナールと名乗る金髪の青年が、僕にそう話しかけてきた。

 その後ろには黒髪の女の子がついてきており、緊張した様子でレオナールを見つめている。


 ――ああ。このパターンか。

 彼が何を言いたいのか、そして結末もだいたい察しがついた。

 魔法薬の開発……魔法に関して、僕に相談したいのだろう。僕がそれなりに魔法に詳しいから。

 それ自体は別に構わない。問題は、相談って言いながら結局は――

 案の定、レオナールの話は続いた。


「私たちは、風邪薬を作成したいのだが、少々苦戦していてね。

 そこで、できることなら――君の力を借りたいのだ」

「風邪薬? 奇遇ですね……僕もちょうど風邪薬を作ろうとしていたところです」


 ――やっぱり丸投げパターンか。

 今は「君の力を借りたい」と言っているが、経験則上いくら言葉でアドバイスしても、最終的には「君がやったほうが早い」「お前がやれ」となって、僕が作る羽目はめになるだろう。

 たしかに僕の魔力、魔法ならその辺の人より仕上がりがいいのは自覚している。

 ちょうど僕も風邪薬を作ろうとしていたところだし、それならいっそ――


「いいよ。僕が君たちの分の風邪薬も作ろうか? 三つ分くらいなら、すぐにできるから……」


 うん、このほうが早い。

 下手に僕がアドバイスして、レオナールたちが思い通りの風邪薬を作れないなら、最初から僕が作ったほうが効率的だ。それなりの成果をミレーヌ先生に見せれば、評価も得られる。

 どうせ彼らも授業に興味があるわけじゃなく、単位が欲しいだけだろうし。


「ほぅ。それはありがたい提案だ! 君ほどの腕ならクオリティ高――」

 レオナールがそう言いかけた、そのときだった。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 隣の黒髪の子が、いきなり割り込んできた。


「わ、私は別に、シュルに風邪薬を作ってほしいとは思っていません!

 か、風邪薬の作成は、自分の力でやりたいのです!!」

(……えっ?)

 黒髪の子の意外な答えに、僕は思わず目を見開いた。


「そ、そうか……。確かに、セレスティン、君の言う通りだな。

 自力で作らなければ、成長はないかもしれない……」

 レオナールも、セレスティンと呼ばれた黒髪の子に同調した。


(まあ、セレスティンのように『自分で作りたい』っていう人もいるといえばいるか……でも――)

「だけど間に合う? 授業終了までに風邪薬の作成……」


 僕はあえて言った。

 時間内に完成しなければ、結局僕が作ることになるだろうから。

 セレスティンは、僕の忠告に耳が痛そうな顔をして、少し唇を噛んだ。


 だが、そんなときレオナールが口を開く。

「……よし! ならこうしよう。風邪薬の作成はあくまでセレスティン自身が行う。シュル君には、アドバイス役として協力してもらう、というのはどうだろうか?」

「ア、アドバイス役!?」

「……アドバイス?」

 レオナールの提案に、僕だけでなく、セレスティンまで驚いた顔をしていた。


「ああ。それならセレスティンが自力で作ることになるし、シュルの助言があれば成功率も上がるだろう」

「……と、勝手に話を進めてしまって悪いが、シュル君。この案について、君はどうだろうか?」


 レオナールはあくまで、セレスティンの意思を尊重したいそうだ。

 彼らが恋人関係なのか、友人関係なのかはわからないけれど、レオナールがセレスティンのことを大事に思っているのは伝わってくる。


「うん。別に僕に問題はないよ」


 僕はそう答えた。

 仮に最終的に僕に丸投げするにしても、授業終了五分前までなら、三つ分の薬を作るくらいなら僕にとって造作もない。

 とりあえず、彼らの気が済むまで任せてみようと思った。


「……シュルがそうおっしゃるなら、ご協力、お願いいたしますわ」

 セレスティンが僕にぺこりと頭を下げてきた。


(まあ……彼女が上手く薬を作れるなら、それに越したことはないだろう)

 この時の僕は軽い気持ちでレオナールの提案を受け入れた。


「ベールカマン!」

 ――ボコボコボコボコッ


 セレスティンは呪文を唱えて、風邪薬作成に着手する。


「うん……悪くない。その調子」


 魔力の流れが少しぎこちないのは気になるが、泡の立ち上がりから見て、出だしは悪くない。

 このまま魔力のコントロールを安定させていけば、薬の完成は十分に見込める。


(この授業に入る前から、必死に風邪薬の魔法式を組んできたのだろう……

 でなければ、ここまで迷いなく取りかかれるはずがない)


 僕には、一目でセレスティンの裏の頑張りが伝わってきた。

 だが、セレスティンは魔力を安定させるどころか、逆に魔力の出力を強めていく。

 いや、おそらく魔力を安定させようとする気持ちが強すぎて、かえってコントロールが乱れているのだろう。


「そこ! ちょっと力弱めて!!」

「ひゃっ!?」

 ――ボコッ。


 僕の声で集中が途切れたのか、泡はそこで途切れてしまった。


「……違う。弱めすぎだ」

(……はっ、しまった。つい、実験の失敗をそのまま口にしてしまった。

 本当は、まず大きな声を出したことを謝るべきだったのに)

「そ、そんなこと言われても……!」


 セレスティンが一瞬泣きそうな表情をする。

 ここで謝ろうとしたが――


「大丈夫だセレスティン。もう一度トライしよう」

 レオナールが、セレスティンの肩にそっと手を置いて励ました。


 そのレオナールの行動自体、おかしなことではない。

 むしろ、今の状況では正しい判断だろう。

 だが、僕の胸の奥が、わずかにざわついた。

 励ますレオナールと、励まされるセレスティン。

 その二人の光景には、なぜか強い既視感があった。

 ――あの光景は。


 ***


「シュル? ママとのお勉強の時間は終わったのか?」


 家の近くで、今日も釣りをしているお父さんを見かけた。ふいにその背中に近づくと、竿ざおから視線を外さないまま、お父さんが声をかけてきた。


「うんうん。今日の最低勉強量ノルマはまだまだ。今はお母さんから休憩をもらって、暇だからここに来たんだ」

「そうか……」


 翠髪翠眼すいはつすいがんの、ぼさぼさしただらしのない髪。 どこかマイペースで、のんびりした雰囲気のお父さん。

 その大きな背中を見つめながら、僕は前から気になっていたことを聞いてみることにした。


「……前から思っていたけど」

「うん?」

「どうしてお父さんは、釣りなんて非効率なやり方をしているの? 魚を捕るくらい、お父さんの魔法なら――」

「シュル。父さんはね……お魚さんを手に入れたいんじゃないんだ。釣りそのものを楽しみたいんだよ

 釣り竿に引っかかるまでの、ぼーっとする時間。どのポイントに竿を浸せばお魚さんが食いつくのかを考えること。食いついたあとの駆け引きと、釣り上げたときの達成感。

 そして、それらを経て食べるお魚さんの味はより美味しく感じるんだ」

「……」

「……まあ、まったく釣れない日もあるが、それもそれで釣りの楽しみでもある」

「……ふーん。よくわかんないや。失敗しても楽しめるなんて」

「フフ。子供お前にはまだわからないか。この楽しみが」


 僕の両親は、共に有名な魔法使いの一族の出で、今も魔法を使って共働きしている。

 そんな二人から生まれたのだから、僕に魔法の才能が人並み以上あったのは、当然だったのかもしれない。

 そして才能があったからこそ、母さんは僕が物心ついた頃から、魔法の勉強に力を入れるようになった。


 母さん曰く――

『魔法はこれからの時代、もっともっと需要がある。あなたが大人になっても“食いっぱぐれない”ように、絶対にプロの魔法使いになるのよ』


 母さん自身も、プロの魔法使いとして活躍している。

 それに、プロの魔法使いなら自宅でも仕事ができるから、病気になりがちな僕にも向いている職業なのだろう。

 だから、お母さんの教えは、きっと正しいのだ。

 けれど、魔法の勉強は正直言って楽しくないし、僕にとっては退屈で苦痛でしかなかった。

 今までできなかったことができるようになったとき、達成感のようなものを感じることは、たしかにある。

 だけどそれは、終わりが見えない膨大な量の宿題を終わらせたときや、とても高い山を登りきったときのような、瞬間的な楽しみでしかない。

 その一瞬の喜びを味わうまでの苦痛が、大きすぎる。

 けれど、かといって魔法の勉強をサボったところで、他にやることもない。

 満足に学校へ通えない僕は、他の子たちと外で遊ぶこともできないし、これといってやりたいこともなかった。

 だから今日も、僕は魔法の杖を握り、お母さんのもとで大っ嫌いな魔法の勉強を続けている。


「シュル――っ! そろそろ休憩終わりよ――っ! 戻ってきなさい――っ!!」

 家の方から、お母さんの呼ぶ声が聞こえた。


 お母さんのことが嫌いなわけじゃない。けれど、大っ嫌いな魔法の勉強が待っていると思うと、家に戻りたくなくなる。

 それでも、戻らないわけにはいかない。


「じゃあお父さん。呼ばれたから行くよ……」

「ああ……大変だろうが、シュルお前ならやれる」


 お父さんは最後まで釣り竿から視線を外さないまま、そう言った。

 息子と顔を合わせずに言葉をかけるお父さんは、他人から見れば薄情な父親に映るかもしれない。

 だけど僕にとっては、そんなマイペースなお父さんだからこそ、取り繕わなくていい分、かえって楽だった。

 ……変わっているのかな、僕?

 そして僕たちは、そのまま別れた。

 薬草やさまざまな材料、試験管やかぼちゃが並ぶ実験室に、僕とお母さんはいた。


「さあ、シュル。午後からは魔法薬の開発を学びましょう」


 だらしなさそうなお父さんとは対照的に、紫髪紫眼むらさきがみしがんのお母さんは、休日でも魔女らしく、尖った三角形の帽子を被り、髪はさらさらと整えられ、身だしなみに抜かりがない。


「魔法薬の開発だって夢があるのよ! 何せ、新種の魔法薬を開発して特許を申請すれば――」


 お母さんは、魔法薬を学ぶ意義を誇らしげに語る。 その熱量から考えれば、魔法薬の開発は、きっと勉強したほうがいいのだろう。

 だけど、そもそも魔法そのものの勉強がきつい僕にとって、前向きになれるはずもなかった。


「さあ、シュル、今日は初歩の栄養剤から作るところから始めましょう!」


 さっそく、僕は、試験管の中の液体を栄養剤へと変えるために呪文を唱える。


「ブリー!」

 ――ボコボコボコッ


 試験管の中で、勢いよく泡が立つ。


「流石シュル! その調子よ!!」

 幸先いいスタートだ。お母さんも喜んでくれた。


(今回は早く終わりそうだ……!)

 そう思ったその時だった。


 ――シュウゥウウウ。

 液体は腐ったように茶色へと変色し、鼻を突くきつい匂いを放つ。

 ――これは失敗だ。


「お母さん……」

「まあ……いきなりできる人の方が少ないわよ。気にせず再チャレンジしましょう」


 言葉ではそう言ってくれるものの、落胆は隠しきれていなかった。

 その影響もあったのだろう。その後も失敗は続いた。


「ブリー!」

 ――ボコボコボコボコッ

 ――シュウゥウウウ。

「ああ……さっきよりはよかったけど、まだまだ魔法のコントロールが甘いわ! もう一度!!」


「ブリー!」

 ――ボコボコボコッ

 ――シュウゥウウウ。

「あれ? 今度はさっきより悪くなっているわね。気にせずもう一度」


「ブリー!」

 ――ボコボコッ

 ――シュウゥウウウ。

「悪化していくわね……十五分休憩を取ってから、もう一度やりましょう」


 休憩を挟んでも、結果は変わらなかった。


「ブリー!」

 ――ボコボコッ

 ――シュウゥウウウ。

「……」


「ブリー!」

 ――ボコボコッ

 ――シュウゥウウウ。

「……あなたやる気ある? なんで何度も失敗するの?」


 だんだんと、お母さんの言葉がきつくなっていく。

 うまくいかない現実に、苦痛と苛立ちと、自尊心が少しずつ砕けていった。

 正直ちょっと泣きそうだ。


「あなたはお父さんとお母さんの子なのよ! こんな簡単なこと、できるはず!!

 できないのは、あなたにやる気がないからで――」

 ついに説教が始まった。お母さんの堪忍袋の緒が切れ、きつい言葉が次々と浴びせられる。


(そんなこと言われたって……僕だって、僕なりに頑張っているのに。早くできるようになりたいのは僕の方なのに……)


 お母さんは、「わが子ならできるはず」だと言う。

 でも、わが子だからこそ、できない自分に、僕は余計に傷ついてしまう。

 自分が情けなくて、説教が辛くて、そもそも魔法なんて大っ嫌いで、気持ちがどうしても入らない。

 魔法薬が完成するイメージすら湧かず、どうしようもなかった。

 この混沌とした負の感情を、全部ぶつけてしまいたかった。

 けれど言えば、お母さんの怒りは増すだけだし、言ってしまえば、お母さんの心も、そして僕自身の心も傷ついてしまう。

 それでも、言ってしまいたい自分がいる。

 それならいっそ――


「お……お母さん――」


 声に出そうとした、その時だった。


「シュル? ママ? 勉強はどうだ――?」

 間の抜けた声が、背後から聞こえてきた。


「あなた……」


 お母さんが反応するが、お父さんはどこ吹く風といった様子で、実験室を見回している。


「実験室か……久々に、お父さんも魔法薬でも作るか!」


 そう言うと、お父さんは僕たちを気にも留めず、二本の試験管を取り出した。

 かぼちゃの一部を切り取り、ほかの材料と一緒に試験管へ放り込む。

 そして片手に二本の試験管を持ち、もう一方の手で呪文を唱えた。


「パルミジャーノ!」

 ――ボコボコボコボコボコッ

 ――ボコッ……ボコッ……ボコッ……ボコッ。


 泡は一気に沸騰したかと思うと、あっという間に勢いを失い、静かに落ち着いていく。

 そして中身は、オレンジジュースのような、鮮やかな橙色の液体へと変わっていた。


「……うん。こんなもんだろう」


 その反応からして、どうやら狙い通りの魔法薬が完成したらしい。


(すごい……こんなにあっさり魔法薬を作るなんて。やっぱり、お父さんと僕じゃ全然違う)


 お父さんは才能もあるけれど、それ以上に、何事も楽しみながら取り組む。

 魔法が嫌いで、嫌々やっている自分とは、姿勢そのものが違っていた。


(こんなふうに、僕も楽しめたら……)


 僕は、心の底からお父さんを羨ましいと思った。


「ほら……二人とも、これを飲みなさい。気持ちが落ち着くから」

 お父さんは試験管の中身を二つのコップに移し、僕たちへ差し出した。


 僕とお母さんは一瞬だけ目を合わせ、それから一緒にゴクッと飲み干す。

 味はオレンジジュースとは違うけれど、かぼちゃの風味がして、意外と美味しかった。

 お母さんは飲み終えると、先ほどまでの怒りが嘘のように、表情に落ち着きを取り戻していく。

 そして――


「シュル、ごめんなさい。お母さん、あなたに少しきつく当たっていたみたい……」

 お母さんがそう言って、頭を下げてきた。


「いや……もとはといえば、僕ができないのが悪いし」


 さっきまで胸いっぱいだった負の感情は、嘘のように消えていた。

 これも、お父さんが作った薬の効果なのだろうか。


「シュル、本日の魔法薬の開発はここまでにしましょう。無理に続けても、魔法のパフォーマンスは上がらないわ」


 珍しく、お母さんのほうから打ち切りを提案してきた。

 正直、僕ももうやりたくなかった。だから、その意見に賛同しようとした――そのとき。


「……待った。あと一回だけ、試してみるってのはどうだ?」

 お父さんからの、意外な提案だった。


「もちろん無理にとは言わない。シュルが辛いなら、ここでやめていい。でも、もし“あと一回だけやる”というなら――」

 お父さんはニコリと軽く笑い。


「その結果が成功だろうと失敗だろうと、ママもお父さんも、何も言わない。それでどうだ?」

「……一回だけ……」

 僕は少し考えた。そしてその答えは――

「……いいよ。やってみる」


 魔法薬が完成するイメージなんていまだにない。

 魔法なんて大っ嫌いなままだ。

 でも、あと一回で済むならやってみてもいいかもって思えてきた。

 それに……なんとなくだけど。本当になんとなくだけど、今度はできそうな気がした。漠然とだけど。

 これも、お父さんが作った薬の効果なのだろうか。

 さっそく僕は、最後に呪文を唱えようとした。

 ――だが、その時。


「待ったシュル。挑戦する前に、これだけは言いたい――」

 父さんが僕に声をかけてきた。

 そして、父さんは、僕の肩にそっと手を置き――


「――お前ならできる」


 その一言だけだった。

 お父さんはそれ以上何も言わず、わずかに微笑みながら僕を見つめる。

 その表情に、その言葉に励まされるように、僕は呪文を唱える。


「ブリー!」

 ――ボコボコボコボコッ


 試験管の中で、勢いよく泡が立つ。


(ここまではいい……ここからの泡の安定が本番……!)


 僕は神経を研ぎ澄ますように、試験管の中の液体へ意識を集中させる。

 だが、魔力のコントロールだけでは、泡の安定には程遠かった。


(そうか……今の僕には、魔力のコントロールだけじゃ足りない。

 泡の安定には、“ さらなる魔法”を上乗せすればいいんだ!)


 さっきまで出口の見えなかった迷路を彷徨さまよっていた気分が、嘘のように晴れていく。

 進むべき方角が、はっきりと見えた。

 そして――


「ブリ・ド・モー!」

 ――ボコッ……ボコッ……ボコッ……ボコッ。


 ようやく泡が安定してきた。

 そして――

 ――キュイイイン!

 試験管の中が眩しく光り、やがてその光が収まる。

 中の液体は、黄色の粉となって結晶化していた。


「できた!? ……完成した?」

 自分で口にしておきながら、一番信じられなかったのは自分だった。


「シュル……やったわ!」

 母さんが、心から嬉しそうに笑った。


 そして、父さんは黙ったまま、もう一度僕の肩に手を置き――


(よくやったな……シュル)

 魔力の精神エネルギーを応用して、心の中で声をかけてきた。

(……父さんのおかげだよ。父さんの薬で僕の力を高めてくれたんでしょ?)

(……いや、それは違う)

(えっ!?)

(父さんが渡したのは、ただの“うまいかぼちゃのジュース”だ。栄養価は高いが、それ以上の特別な効能はない。

 だから、薬の完成は、紛れもなくお前の実力ちからだ)


 ……信じられなかった。

 あの薬が完成したのが、僕の実力だなんて。さっきまで、あんなに何度も失敗を重ねていたというのに。


(シュル……これだけは覚えておきなさい。)

 父さんの声は、少しだけ優しくなった。


(魔法ってのは、魔力から生まれる完成品だけがすべてじゃない。たとえ、失敗作を作っても、そこに魔力がなくても――心に魔法をかければ、それだけで完成品に匹敵する魔法は生まれるのさ)


 ***


 あの時の父さんの言葉が僕には衝撃的だった。

 いつも「成功しなきゃ」「失敗しちゃ駄目だ」と、自分で自分を追い込んでいた心に、ほんの少しだけ――ゆとりが生まれた気がしたのだ。

 それから魔法に対する考え方が、少しずつ変わっていった。

 相変わらず勉強は大変だったし、楽しいことばかりではなかった。

 けれど、以前ほど苦ではなくなった。

 完璧にやらなきゃいけない、失敗してはいけない、という思いが、いつの間にか薄れていったからだ。

 気づけば僕は、前よりちょっぴり――魔法が好きになれていた。

 やがて体調も安定し、学校に通えるようになってからも、その変化は続いた。

 魔法の授業で困っている生徒がいれば、自然と声をかけるようになり、質問されれば答える。誰かに教えることで、自分も魔法への理解を深まっていくのが分かった。

 最初のうちは、それが少し誇らしくもあった。

 だけど――。


「シュル、これ分かんないんだけど」

「シュル悪い、宿題見てくんない?」

「俺がやるより、シュルがやったほうが早いよな?」


 そんな言葉が、次第に増えていった。

 教えるだけだったはずが、いつの間にか僕に丸投げされるようになり、しまいには――


「最初からお前がやればいいのに」


 そんなふうに言われることが増えてきた。

 最初は、違和感を覚えた。

 けれど、断るのも面倒で、説明するのも億劫で、何より――自分がやったほうが早くて楽なのも事実だった。

 だから僕は、人に教えるよりもいつしか自分から引き受けるようになっていった。

 だけど――

 今僕の目の前にある励ますレオナールと、励まされるセレスティン。

 この姿を見て、思い出す。

 励ましてくれた父さんと、励まされて勇気が湧いてきた、あの頃の僕の姿。


(そうか……魔法は魔力から生まれるものだけじゃない。まず心に“思いやり”という魔法をかければ……)


 僕はあの時の父さんの言葉を思い出す。

 そして――


「待ってセレスティン。もう一度挑戦する前にこれだけは言いたい」


 僕はセレスティンに魔法をかける。あの時父さんが僕にかけてくれたように。


「君は、自分では魔力のコントロールが苦手だと思っているかもしれない。けれど、僕から見たら、そうじゃない」

「……え?」

「意識――つまり、考え方の問題なんだ」

「考え方の問題ですか?」

「うん。君は魔法や魔力に対して苦手意識が強い。そのせいで、魔力の流れが余計にぎこちなくなっている。

 むしろ、『自分はできる』と、“根拠のない自信”を持つくらいでいい。そのほうが、魔法の効果はずっと変わる」

「――だから」

「次は、僕の手を貸そう」

「……え?」


 僕は右手を、そっと彼女の左手首を掴んだ。

 それから、僕は彼女をより支えるために、魔力の精神エネルギーを応用して、心の中で声をかけ続けた。

 あくまで彼女の魔法(実力)によって薬を完成させるために、僕はアドバイス役に徹した。

 そして――僕の助言通り、彼女は魔力を上手くコントロールさせた。

 ――キュイイイン!

 試験管の中が眩しく光り、やがてその光が収まる。

 中の液体は、緑色の粉となって結晶化していた。


「こ、これは……出来たのか?」

 レオナールが尋ねる。


「……はい! 出来ました!!」

 セレスティンは満面の笑みで答えた。


「良かったな、セレスティン……シュル君、君にも感謝する」

「いえ、僕は助言しただけで、大部分はセレスティン自らの力で――」

「ありがとうございます……! シュルのアドバイスのおかげです! これでエリナ様も救えますわ!!」


 ――ガッ!


「……え?」

「あっ……」

 セレスティンは喜びのあまりか、僕の両手首を握り始めた。


(……どうしよう? 照れるな……こんなとき、どうすればいいんだ?

 一緒に喜ぶべきか? それとも謙遜するべきなのか?)


 握られたまま、僕は自分の取るべきリアクションに困っていた。


「――はいはい、そこまでだ」

 すっと、僕とセレスティンの間にレオナールが割って入る。


「薬の完成は喜ばしい。シュルの協力も実にありがたい。だが――」

「人の婚約者と必要以上に仲良くなるのは頂けないなぁ」

 レオナールは笑顔のまま、そう告げた。


(……正直、ありがたい。今、反応に困っていたから。もしかしたら、レオナールはレオナールなりに僕を助けてくれたかもしれない)

 僕は、彼の真意は分からないまでも、その行動にそっと感謝した。


「レオナール様も、ありがとうございました!

 もとはといえば、レオナール様がシュルに声をかけてくださらなければ、この風邪薬は完成しませんでした!」

「……うん? そうか、私も役に立ったのか?」

「ええ!

 私とレオナール様とシュル、三人が協力して、この薬は完成したのです!!」


 セレスティンはそう言い、今度は、僕とレオナール、二人の手を握りしめた。


「この薬で、エリナ様の風邪を治してみせます!!」


 子供のように無邪気に喜ぶセレスティン。

 その姿を、まるで父さんのように微笑ましく見つめるレオナール。

 ――いや、不思議と、僕自身の口角も上がっているのを感じた。

 きっと、僕もレオナールと同じ表情をしているのだろう。


(そっか……そういえば久しく忘れてた――できなかった魔法ができたときの喜びを)


 セレスティンとレオナール。

 彼らのおかげで、僕は魔法が好きになれた頃の自分を思い出せた気がした。


 投稿が遅くなり、申し訳ございません。

 朝月、風邪をひいてしまい、その影響で大変遅くなりました。

 次回は12/26(金)に投稿予定です。

 ……セレスティンが作った風邪薬、朝月にももらえないかな……

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