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ネクロフィリカ 4

 中学校に上がり、期待していたいじめを受ける事はありませんでした。しかし、それが残念だとは思っておりません。何故なら、いじめ等という行為を受けなくとも、より私を幸福に導いてくれる事態が起こっていたからです。そもそもいじめというものは、誰かから受けなくては意味が成り立つことは無く、またいじめをする方は、社会的制裁を受けるかもしれない事を覚悟しなくては成りません、それなりの勇気が無くては出来ないものなのです。即ち私が小学生の頃は本当に運が良く、いじめてくれる友は掛け替えの無いもので、ついに無くしてしまった私はなんと愚かなのでしょう。常にいじめを受ける事を期待して待っていても、勇気ある相手が居なくては意味も無く、前回の失態がトラウマで、こちらから頼むのも憚られます。相手が居なくとも幸福に成る為には、驚異的な自己愛が必要ですし、私はその時自分を愛する事は出来そうにありませんでした。人が完全な意味で独立し、幸福に成るための条件とは酷なもので、並の人では不可能に近い事なのです。だからこそ孤独を恐れ、誰かと共に居ようとするのです。リスクは有りますが、その方がより簡単に、自らを幸福に高める事が出来るからです。

 私がこの事に気がついたのは、私に本当の意味での友達が出来たからです。友達が居るという事は、ただそれだけで自らを幸福だと思わせてくれます。本来の意味とは多少違いますが、ある種の自己満足で幸福に成る事も出来ます。友の質が高ければ高いほどに、自らの感じる満足度も当たり前の様に増して行きますので、私はそういう意味で、恐らく最高の幸福を手にしたと思っております。私の友は、同性でも目を惹かれてしまうような美しい女友達で、その精神はまるで聖母の様に清んでおりました。私がここで使った“清んでいる”というのが、道徳的であるという意味では無く、道徳や社会性、理性という不純物の無い、最も人間本能に忠実な事を指しているといのは、最早云うまでも無いかと思います。私の友達――友達というよりは、寧ろ大親友、最早家族、イエ、一心同体と言っても過言では無い程に、私達は物理的にも、精神的にもいつも一緒でした。互いに求め惹かれあい、共に幸福や、悲劇をも分かち合った彼女を語らずして、私の存在は成り得ません。彼女の本名をここで明かしてしまっては失礼だと思いますので、ここは仮にクレアという名前だという事に致しましょう。彼女は私の廃退趣味や怪奇趣味を理解してくれる処か、確固たる理論を持っておりまして、良き師でもありました。思えば、私が語る理論の底辺を形作っているものは、クレアの理論でもありますので、彼女は私を形成する最も大切な要素で有ったと言えます。

 少々特殊な理由はありますが、彼女は学内でも一・二位を争う程の美貌を持っておりました。私は世界中でも上位を争えると思っておりましたが、クレアは貴女がそう思ってくれているだけで十分と言っておりました。その理由というのが、クレア自身でも語っていましたが、身体全体的に色素が薄いようでして、その所為で髪は金色よりも更に薄い、銀や白髪に近い白金色、身体の色も同じように薄かったので、血管は静脈が生々しく紫色に浮かび上がり、肌の色は生気の無い、病人の様な蒼白さでありました。更に驚くべきは瞳の色で、それがなんとも美しい朱色なのです。白金色の髪と病的な白さの肌、そして真っ赤な目。なんという神々しさでしょう。私はクレアを初めて見た時、地上に天使が歩いているとさえ思いましたから。しかしその美しさは、何も彼女の色が特殊で、目を惹いたからではありません。クレアには仏蘭西の血が少しばかり流れているらしく、彼等特有の特徴的な高い鼻と大きな丸い目を持っており、髪はやや波のある巻き毛で、いつも黄昏た様に目を伏せていためか、自身の厳かさや淑やかさを際立たせておりまして、その特異な体質を抜きにしたとしましても、十分過ぎるほどに美しかったのです。ですから私が彼女に惹かれるのは略必然でありまして、薄倖さすらも感じる純白のクレアに魅力を感じ無い筈が無いのです。勿論の事、私だから惹かれたのでは無く、周囲の方々にもその美貌は絶賛されておりました。事実、クレアと居るとすれ違う誰もが振り返りますし、呆然と成って立ち止まってしまう方も少なくありませんでした。

 私が運良くクレアと仲良く成れたのは、自身の異様な――異様だとは思っておりませんが――感性と趣味のお蔭というのを前述致しました。クレアも私と同じようにゴシックやデカダンスの美学を愛し、その美を求めて止まない、至上の耽美主義者だったのです。これは何たる偶然でしょうか。私は彼女と出会うべき運命だったのです。その上出逢った場所も、これまた素敵な場所でして、御伽噺の様なあまりに良く出来た巡り合いに、神の作為か悪魔の悪戯かとすら感じる程でした。

 この出逢った場所というのが、学校の本棟の裏にひっそりと放置されている植物園でして、私は初めて見た瞬間からこの場所が気に入ってしまい、毎日のようにこの植物園に遊んでいました。外見は天辺から円錐状のアーチを描いた、巨大な鳥籠の様な形をしておりました。どの位長い間放置されていたのかは知る事が出来ませんでしたが、蔦が伸び放題に成っており、錆びた鉄の格子を縦横無尽に跨いでおります。元々は薔薇や百合等の美しい花を植えていた事が、腐った木の看板から辛うじて読み取れますが、それらは全て枯れてしまった様で、茶色く成った華の残骸らしきものが、規則正しく列に成り、沢山土に刺さっておりました。私は行儀良く並ぶ華が直立しながら、首だけ擡げて死んでいるのを見て、絞首刑を思い浮かべていました。しかし華は殆どが落ちてしまっていましたから、斬首刑かもしれません。花弁がバラバラに成って茶色く変色しているのは、処刑人が落ちた頭を何かで潰すか、高い所から落とすかして、肉片が飛び散っていき、それが腐っていったものなのです。

 嗚呼、華も人も変わりは無く、例え一時の栄え時に、最高の美を誇っていたとしましても、それはいつか廃れ、棄てられるのでしょうね。廃れなくとも飽きが来るでしょう。美に永遠がある筈も無く、見限られた者に最早容赦も無いのです。この植物園は正にその収束モデルです。華を糧として、蔦が生い茂り、ついには自分勝手に光を独占しようと、天井までもを塞いでしまい、華の変わりに、そもそも光を求め無い、醜いドクダミ等の雑草が盛っております。このように自然界では、常に卑怯で醜い者が勝利するのです。先程申し上げた通り、これは華も人も変わり無く当て嵌まります。更に面白い事に、今現在、自然界で一番栄えているのは紛れも無く人でしょう。結論を言うまでも無いとは思いますが、人こそ醜さの頂点に立つ、最も卑怯で悪質な存在に決まっているのです。

 サテ、何時の間にか論じていたデカダンの話はこの位に致しまして、話を戻しましょう。私がクレアと出逢ったきっかけです。忘れもしません、まだ入学して間も無い春の終わり頃、生徒達が慣れずギクシャクとしていた時に、私はこれまでの経験から、当たり前の様に一人で過ごすと決めておりましたので、解放的な気分で校内を闊歩していました。確かその日は天気が良く、本来ならば日差しが嫌いな私でも、何故か気分が晴れやかで、素敵な事が起こりそうな気がしていたのです。私が学校の休み時間に、いつもの植物園で猫の屍骸を見つけ、あまりに可愛いので、それを眺めながらランチをしている時。植物園の錆びた扉がギリギリと開く音がして、一瞬講師の方かと思って私は硬直したのですが、その人物を見てはすぐに違うと確信し、同時に驚きの余り御弁当を落としてしまいました。なんと入ってきたのは戦慄する程に美しい屍体だったのです。クレアでした。その頃は全く他人を気にしておりませんでしたので、クレアが既に校内で大分有名だったにも関わらず、姿を見たことが無かった私の驚きは、最早言葉で形容出来ません。

 余りに驚いて反射的に立ち上がったのですが、そのままどうして良いかわからず、目線だけをひたすら泳がせていると、猫の屍骸が私のお昼御飯を被っているのを見つけ、その瞬間グウと御腹が鳴ってしまったものですから、もう私は恥ずかしさと驚きと美しいクレアと、何が何だかわからなくなってしまって、ただ涙がポロポロと落ちました。このデカダンな空間に美し過ぎるクレアが存在するという強烈なシュルレアリスムは、私の感動のキャパシティを超えており、頭が完全に混乱してしまったのです。

 「御免なさい」と、美しい声が聞こえて来たのですが、中々涙が止まりません。きっとクレアは、自分の所為で私が御弁当を落としてしまい、それで泣いているのだと思っているに違いありません。そうでは無いのに、否定する言葉も見つからず、ただ涙が出るばかりでした。またクレアもどうして良いのかわからない様で、きっと罪悪感からか、可哀想な事に彼女も泣き出してしまい、そのまま二人で泣いていたら、何時の間にかお昼休みは終わっていた様でして、後で二人一緒に怒られてしまいました。これが私達の運命の出会いだったのです。

 

 ちなみに、クレアの名前の由来はマルキ・ド・サド著『悪徳の栄え』に登場するジュリエットの友達、クレアウィルから来ております。

実はこの小説、『悪徳の栄え』をやや参考にして書いているのですが、中々に無理がありますね……。精進しなければ。

*6/23 読み返すとあまりに酷かったので、ちょっと修正しました。

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