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ネクロフィリカ 2

 自身の芸術感性に気が付いたのはある日。それこそ秋季の心寒い、何処かもの寂しい時に、ジットリと重く重い霧雨が、景色をボンヤリとさせ、夕暮れの夕日も朧気で、地獄の炎のようにユラリと揺れる、身体の芯まで陰鬱な曜日。天気の所為か、夕方六時頃にも関わらず部屋の中は暗く、灯りを点けなければならないほどでしたが、その時の私は暗い方が安心感がある気がしていて、灯りも点けずに部屋の掃除をしておりました。私には妙に潔癖な所がありまして、その上完璧主義で、机や棚等に少しでも埃が乗っていたりすると、居ても立ってもいられないのです。また使用していた家具等が適当な中古品で、それも良いものを出来るだけ安く揃える為、“いわく”のついた品々を買っていたようでして、その恐ろしい使用感をなるべく無くすべく、真っ黒に塗りつぶしたものばかりでしたから、否応にも汚れが酷く目に付いたのです。

 黒い扉、木目すら見えない程ペンキの分厚く塗り込まれた扉。それほどまでに塗らなければ、その下の惨劇の残骸を消す事が出来なかった程の様。その所為で数ミリ分厚くなった扉は、閉める時のみギィと泣くのです。けれども私はその音が好きでしたから、いつも開け閉めして遊んでおりました。黒い本棚、本棚と言っても殆ど本は無く、母が趣味で集めた御人形のディスプレイとなっておりました。勿論私はこの棚の御人形が、夜眠る時に怖くて仕方がありませんでした。黒い机、この机の表面は、上から一枚板をかぶせて釘で固定されていて、その上からペンキを塗った物の様で、一度気になってコッソリと剥がして見た事があるのですが、物凄い量の、刃物で切刻まれたような跡と、気味の悪い黒い染みが広がっておりました。それは別段気にならなかったのですが、その奥にビッシリと白蟻が巣食っておりまして、それらが一斉にワラワラと此方に向かって来たので、恥ずかしながら、あまりの恐怖で失禁してしまったのを覚えています。黒い寝台、四方の骨組みは全て鉄で出来ており、丈夫な上に素敵な薔薇模様のアーチが模られていてたのですが、使用しているうちに黒いペンキは剥げてきてしまいまして、そこには鎖を擦ったような跡が無残に刻まれておりました。この寝台の上でかつて何が行われていたのか、その想像こそが悪夢でした。黒い絨毯、逆に此れほどまでに部屋中が黒いと、最早全て黒にするしか無かったようで、仕方が無くこの絨毯を使用していたようです。黒いカーテン、こちらも絨毯と同じ理由の様。薄らと同色で刺繍されたペイズリーの華が素敵なカーテンだったので、汚さないように、特に湿気にはいつも気をつかっておりました。そして、この黒い人形。

 私は人型が嫌いだと云う事は前述したと思いますが、この黒い御人形だけは特別でした。それまで御人形を怖がっていた私が、この人形だけには非常に興味を示したらしく、私が六歳の誕生日に母に買って貰ったものでした。目の少し上で綺麗に切り揃えられた黒髪は、後ろの長さは足首まであり、黒いドレスのようなワンピースを着ていて、恐らく色を塗っていないだけの真っ白な肌だけに、瞳孔の無い真っ赤な眼が妖しく光っていまして、その人間離れした、屍のような美しさに思わず見惚れてしまったのです。私はこの人形にエミリーという名前をつけてあげて、とても大切にしていました。

 私はこの人形の掃除に取り掛かろうとしていたのですが、部屋が暗く、しかも真っ黒な部屋ですから、拭こうと思って手を伸ばした瞬間に、誤ってエミリーを落としまったのです。ドサリという音がして、自己嫌悪に陥りながら、急いで落ちた辺りを探ると、なんとエミリーの首と、右腕が肘から、素敵にポッキリと折れてしまっていたのです。この御人形だけはとても気に入っていたので、思わず泣きそうになったのですが、それより先に早く治してあげないといけない気がして、急いで手と首をくっつけてあげました。幸いにもこの人形はパーツを穴にはめ込むだけの簡素な作りでしたので、すぐにくっ付いてくれたのでした。

 しかし、改めて見て私はアッと声を上げました。あまりに急いでいて混乱していたのでしょう、私はエミリーの腕と頭を逆につけてしまっていたのです。しかしながら、私は元に戻そうとはせず、暫らくその姿を眺めておりました。私は人型が嫌いでした。そのシンメトリーが、気味の悪い腕や頭の配置が。ですが、このエミリーはそのどちらも克服していたのです。メタモルフォーゼ、人体の変形・改造、不完全な体を完全の域に達する為に、無くては成らない現象が、その過程が私の手中にあったのです。完全とまでは言えませんが、右腕が頭というアシンメトリーによって、その黒髪は淫らに垂れ下がり、首の先では五つに割れた小さな手のひらが天に向かって伸びる、少なくとも元より美しくなったエミリー。そして更に、この部屋の全ての悪趣味な器具が、野蛮な行為の傷跡が残った、名の通りゴシック的な家具達が、首と右腕が挿げ代わったエミリーと共に、鎖の様に連なって、私の心臓を雁字搦めにしました。この瞬間に、これらこそ私が本来愛すべきものだった事に気がついたのです! 私は日々、鮮血に塗れ人を磔にした扉をくぐり、バラバラになった人体を飾った本棚に置かれた本を無造作に読み、人肉の台所になったであろう机で勉強し、鞭で拷問を重ねたであろう寝台で寝ているのです。そう思っただけで頭はポウと熱くなり、たった今掃除した家具達と、右腕に頭がついているエミリーを、もう一度愛しむ様に、丁寧に拭きあげてあげました。それは私が九歳の時でした。



 この黒い御人形の名前、エミリーは、御存知『エミリー・ザ・ストレンジ』のエミリーから来ております。丁度エミリーの絵本の続編(?)にあたるお話『エミリーと記憶喪失ワンダーランド』を読んだ直後に書いたものなので、影響受けちゃいました。(笑)

 冒頭の描写は、エドガー・アラン・ポー著『アッシャー家の崩壊』をパクっt参考にしております。

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