初めての
就活時期になったというのに私は何故か人生で初めて金髪にしていた。
比較的真面目だと思われていたせいで、担任の先生からは気が狂った、グレたと思われていたらしい。
自分の将来と向き合いながら自分がどうなりたいかをしばらく考えていた。
文字を書くことは嫌いではないし、むしろ自分の頭がスッキリできるから好きな方ではあった。
だけど、どうしても音楽に携わる仕事がしたいと思った。
とりあえず音楽業界でインディーズバンドがよく携わっている音響会社や私でも知っている会社を一通り探した。
技術職は長時間労働やパワハラのイメージがあって怖かった。
andropに携わっている音響会社をやっとのことで見つけて学校の就活サポート課みたいなところに相談して、聞いてもらったけど求人はしておらず断念。
もう一度私は何がしたいのか考えていた。
その間に地元で自分が企画する音楽イベントの開催日が迫っていた。2月半ば。
日々Twitterで告知をしながらとんでもない赤字が出たら、そもそもお客さんが1人も来なかったらと不安だった。
当日は誰よりも早く現場(会場)に入って会場の方へ挨拶、出演者を迎え、リハーサルへの立ち会い、会場の準備をしながら、タイムテーブル通りに進んでいるかチェックなどやることは山ほどあった。
さすがに開演してから1人では見切れないと思い、Twitterで仲良くなった同い年の友達にお願いして受付を手伝ってもらった。
開演してお客さんが来てくれたり、Twitterで仲良くなった同い年の違う大学で音楽が好きな人が見に来てくれたり、専門学校の同級生が見に来てくれたりもした。
バンドは地元をはじめ、横浜、大阪、滋賀からも来てくれて本当にありがたかった。
横浜のバンドは事前に大阪へライブを見に行って挨拶もしていたから、他のバンドに比べて緊張せずに話せたように思う。
リハーサル中そのバンドのボーカルの方に「今日は呼んでくれてありがとうね。初めての土地に来るのが君のイベントでよかった。」と言われて始まってもないのに泣きそうだった。
問題なくライブを終え打ち上げをしたり、精算をしたり色々やるべきことをやった。
私は本当に自信なんてないし行動力だってないと思ってたし、生きてても仕方ないし、何にもできないくだらない人間だと思ってた。
けど、自分の好きなことだったら意外とできるんだと思えた。
よく考えたら自分のためじゃなくて他人のために何かできる人間だったんだと気づけた。
もしかしたら好きなことで誰かの役に立つことが1番向いているのかもしれないと思った。
まだ売れていない音楽をもっとサポートできるような仕事がしたい。
評価されていなくてももっと良い音楽があるってことをみんなに知ってもらいたい。
私はインディーズ、アマチュアバンドの新人発掘をやりたい、そう夢を持ってしまった。
そこからは3月の卒業までにどうにかして就職しなければいけないというプレッシャーと闘いながら、新人発掘ができる会社を遠方問わず受けていた。
私は東京という土地をとにかく毛嫌いしていたから、できれば大阪・名古屋辺りで就職したいと漠然と考えた。
結論から言うと卒業までに就職先は決まらなかった。
音楽業界といえども色んな職種があって、新人発掘なんて狭き門だった。
それに就職活動はいかに自分に価値があるか、その会社に利益を与えられるかを伝えなければならなくて、何より私が苦手としていることだった。
自己肯定感が皆無の人間は自分をよく見せるのがとにかく苦手だった。1番苦手だった。
担任の先生には諦めろと言われるし、親には専門学校まで行かせてあげたのにと口酸っぱく何度も言われた。
周囲は就職をしている中私はフリーターになる選択をした。
その中でも好きなことをしたい。仮に新人発掘はできなくても音楽のあるところで仕事がしたい、就職したいと思い地元のCDショップでバイトを始めた。
1人とにかく気が強くて自分のすべてが正しいと思っているおばさんがいて馬が合わず、ストレスが溜まりすぎてどうにもならなくなった。その人は男性社員と不倫をしているという噂を聞いて気持ち悪く感じたのもある。
それに他の人は優しかったけど全員ちょっと年の離れたお姉さんでなかなか気が合わず辞めてしまった。
次は百貨店の地下で惣菜の販売員をした。全然好きなことではなかったけど、他のアルバイトに比べて時給が高かった。
何かに繋げるためにとりあえずイベントを組みたいという気持ちがあり、お金を貯める必要があった。
好きなことをするために嫌なこともしなければならないからと割り切ってバイトをしていた。
ただバイト1つだけだと物足りず、ヴィレッジヴァンガード、ネカフェ、ステーキ屋、珈琲屋、フードコート、シュークリーム屋、倉庫の仕分けなど色んなバイトをした。
だけどやっぱり人が合わない、面倒臭い、宗教勧誘されたとか色んな理由で長くは続けられなかった。(短期バイトのところもあったから全部が全部辞めたわけではない)
そうしている内にも日々何十バンドにメールを送って断られて。音楽を聴いて、構成を考えて、趣旨を考えて、と繰り返していた。
また地元でイベントをやることになり、私はイラストが上手いわけではないからTwitterで仲良くなった遠方の絵と音楽が好きな同い年の人に頼んで描いてもらっていた。
それを元にネットでフライヤー印刷ができるサイトを探して申し込んで、作成して、目星をつけたお店にお願いしにいってと繰り返した。
正直断られると思ったところも、人の繋がりであっさりOKが出たりして、あの時の行動力は後にも先にもないと思う。
ネットやバンド間で良いイベントだと評価してもらえたり、イベントとは別にnoteというサイトで個人的に良いと思ったバンドの音楽や感想を毎日綴ってバンドのエゴサに引っ掛かるようにしたりと、できることは何でもやった。
就活もいいところが見つかれば都度応募して、落ちての繰り返しだった。




