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袖擦り合うも多生の縁2

 買い出しの為に、私と河野さんは隣県まで足を伸ばすことにした。

 一応、村にもスーパーはある。手作りのお惣菜が美味しいけれど、個人商店だからか品揃えは少ない。

 でも車を15分程走らせて県境を越えた先の町には、大手スーパーマーケットや全国チェーンのドラッグストが並んでいる。

 向こうのスーパーなら、シャインマスカットも選べる程あるだろう。


「今から隣の県まで買い出しに行くけど、悠里ちゃんも一緒に行かない?」


 河野さんがそう声をかけると、黒木さんは自分の格好を見下ろして首を振った。


「この格好だと目立つから、留守番しときます。漫画の続きも読みたいし」

「そう? なんか欲しいものある?」

「いえ、大丈夫です」


 遠慮してるわけでもなさそうだ。


「じゃあ、なるべく早く帰るから、留守番お願いね。一応鍵はかけとくから」

「はい、いってらっしゃい」


 こうして私たちは、黒木さんを残して買い物に出かけた。

 今回は私の車での移動だ。助手席に座る河野さんは、ワクワクした様子で風景を眺めている。

 二人になった事で、お互いの近況報告や仕事の愚痴など、ゆっくり話すことができた。

 もしかしたら黒木さんは、私達に気を遣ってくれたのかも知れない。

 スーパーの果物売り場には、思った通りシャインマスカットが並んでおり、河野さんと二人で一番美味しそうなのを選んだ。それにしても、お高い。

 夕飯と朝食用の食料品を買ってすぐ帰るつもりだったけれど、途中で激安衣料品店にも寄った。


「寝巻きは貸せるけど、下着は新しい物が必要!」


 という河野さんの主張がもっともだったので、白いブラ付きタンクトップとショーツを購入。

 河野さんは「悠里ちゃんに似合いそう」とディスプレイされていた青色のノースリーブのワンピースと白いサンダルをお買い上げ。

 シャインマスカットより安かったから、財布の紐が緩んでしまったんだと思う。


「ただいま」

「あ、おかえりなさい」


 玄関を開けると、黒木さんがホッとした顔で迎えてくれた。


「ごめんね〜、ちょっと遅くなっちゃった。すぐ夕飯作るからね」


 キッチンに直行して買い物袋をテーブルの上に置こうとしたら、そこには買った覚えのない立派なスイカが鎮座していた。


「え? 何これ?」


 びっくりして声に出すと、黒木さんがきまり悪そうな顔をした。


「少し前に薫のお母さんが来て、皆で食べてって置いて行ったんです」


****


 漫画を読んでいたら、玄関のチャイムが鳴った。


「佐倉先生、いらっしゃいますか?」


 男の子の声がした。


(生徒さんかな?)


「ごめんなさい、佐倉先生は買い物に行ってて留守です」


 そう答えると、男の子は


「あ、やっぱり。車ないもんな」


 と納得した。すぐ帰るかと思いきや、別の声に名前を呼ばれた。


「悠里ちゃんかい? 私よ、山下のおばちゃん。薫に聞いて居ても立っても居られなくて、会いにきたと」


(薫のお母さん!)


 知ってる人だという安心感で、ついドアを開けて固まった。

 そこに居たのは見知らぬ小さなお婆ちゃん。

 でもよくよく見れば、おばちゃんが歳を取ったのだと分かった。白髪と深い皺が、40年という歳月を嫌でも物語っている。


「ああ、本当に悠里ちゃんじゃ。生きてて良かった」


 お婆ちゃんは溢れる涙をハンカチで抑えながら、私の手を握った。


「ああ、懐かしいねぇ。全然変わっとらん。あんた、今まで何処にいたと? みんな心配しとったんやが」

「えっと・・・どうしてこうなったか、私も全然わからなくて」

「突然いなくなったから、そりゃもう大騒ぎになったんよ!? 何でこんな事に?」


 そんなこと言われても・・・私の方こそ、どうしてこうなったか知りたい。

 困っていたら、隣にいた男の子が「婆ちゃん!」と止めてくれた。


「わからんって言ってるじゃん。困らせるために来たんじゃないだろう?」

「ああ、悠里ちゃん、ごめんね。つい・・・許してくれる?」

「うん、大丈夫」


 叱られてションボリしたお婆ちゃんは、ホッとした顔をして男の子を紹介してくれた。


「この子は孫の清海。薫の長男で、悠里ちゃんと同い年じゃ」

「初めまして」


 ぺこっと清海くんが頭を下げたので、私も「初めまして」と頭を下げる。


(薫の子供・・・言われてみれば、目元とか似てるかも)


 ついじっと見ていたら、清海君は恥ずかしかったのか目を逸らし、「あ」と言ってしゃがんだ。そして立ち上がった時には、手に大きなスイカを持っていた。


「これ、差し入れ」


 そう言ってスイカを手渡されて戸惑っていたら、お婆ちゃんがニコニコしながら言った。


「佐倉先生とお友達にお世話になってるて聞いたから。皆で食べて」

「あ、ありがとうございます」

「じゃあ、あんまり長居したら悪いから帰るわ」

「さよなら」

「あ、はい。さようなら」


 お婆ちゃんと清海君は目的を果たしたとばかりにサッサと帰り、ずっしりと重いスイカだけが残った。


****


「・・・という訳なんです」

「ああ、そうなんだ」


 私もこっちにきたばかりの頃、山下君のお婆ちゃんに質問攻めにあったから、黒木さんとのやりとりが簡単に想像できた。


「有難いけど、うちの冷蔵庫には入りきらないわ」


 一人暮らしなので、うちの冷蔵庫はとても小さい。買ってきた食材で一杯一杯だ。


「どうしよう?」


 と困っていると、河野さんはイキイキと言った。


「そんなの川で冷やせばいいじゃん」

「え!?」


 確かに道路を挟んだ向こうに川はあるけれど。え? 本気で言ってる?


「ここはダムの上流で、めっちゃ清流じゃん。衛生面が気になるなら、ビニール袋に入れればいいよ」


 河野さんはウキウキとスイカをビニールに入れると「悠里ちゃん、手伝って〜」と二人して川に行った。


(その発想はなかった。河野さん、順応力高いな。すぐに村に馴染みそう。なんか負けた気がするのは何故?)


****


「あっっっま〜い! おいしぃ〜! 幸せ〜。こんなブドウがこの世に存在するなんて、知らなかった」 


 シャインマスカットを食べた黒木さんは、もの凄く感激して、感動に打ち震えていた。


「いや〜、いい反応。買った甲斐があるねぇ」


 河野さんもニコニコとシャインマスカットを摘んでいる。


「スイカはお風呂上がりに食べようか」

「はい!」


 黒木さんはすっかり河野さんに懐いている。夕飯の時には二人で漫画の話で盛り上がっていた。お気に入りのキャラクターもできたらしい。

 でも私は全く興味がないから、どれだけ熱く語られても共感できなかった。


「お風呂といえば・・・黒木さん、これ、下着と着替え。寝巻きはTシャツと短パンを貸すから」


 そう言って服の入った袋を渡すと、黒木さんは中身を取り出して息を呑んだ。


「・・・可愛い。でも高かったんじゃ?」

「全然高くないよ〜。シャインマスカットより安いもん。レシート見る?」


 心配する黒木さんに、河野さんはあっけらかんとレシートを見せた。


(いや、タグを切った意味ないじゃん。一応プレゼントだよ)


「え? このワンピースが1000円? 信じられない! セールにしても安すぎる!」

「そう。だから遠慮しなくていいからね」

「ありがとうございます! すっごく嬉しい!」


 黒木さんはワンピースをギュッと抱きしめた。


「泊めてもらうだけでも十分なのに、服まで用意して貰えるなんて。本当に、なんてお礼を言っていいか・・・。こんな得体の知れない私を受け入れてくれるなんて、器が大きいですね。正直、タイムスリップしたのは不幸だけど、お二人に会えたのはラッキーでした」


 黒木さんはそう言って、目を潤ませたのだけど。


「そうだね。佐倉さんは海よりは浅いけど情は深いし・・・、器の大きさは25mプールくらいはあるんじゃない?」

「・・・それって褒めてる?」

「褒めてるよ。十分大きいでしょう?」

「どうせなら、琵琶湖くらい言って欲しかった」

「割と図々しいな」


 私たちの会話を聞いて、可笑しそうに笑った。

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