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多事多端

 明日はいよいよ祭り本番。

 鄙びた山奥の夏祭りと侮る事なかれ。締めの打ち上げ花火は他所と違い、渓谷に轟音が轟き、やまびこを響かせるので迫力満点だ。この花火を目当てに例年一万人以上の来客がある。

 貴重な稼ぎ時とあって、村民一丸となって数ヶ月前から準備を進めてきた。

 石長村の村長、山下薫は、午前の会議が終わると、祭りの実行委員長として進捗を確認すべくメイン会場へと足を運んだ。

 既に道沿いには前日から提灯が飾られていて、祭りの雰囲気を醸し出している。

 メイン会場の広場に設営されたテントに顔を出すと、祭り実行委員のメンバーは既に汗びっしょりになっていた。


「お疲れさん」

「あ、村長、お疲れ様です」


 放送機器のテストをしていた牧田が、首にかけたタオルで汗を拭きながら近づいて来た。


「暑いな。こまめに水分取ってるか? 倒れんように気をつけろよ」


 そう言って会場を見渡す。


「見た所、会場の設営は問題なさそうだな」

「はい。出店の業者も配置通り屋台の準備を始めてます」

「よし。じゃあ、臨時駐車場の案内板に不備がないか、今のうちに確認するよう警備に連絡して」

「わかりました」

「花火の担当は、近藤だったか? 今どこにいる?」

「ええっと、あ、あっちにいますね。お〜い、近藤!」


 荷運びの手伝いをしていたらしい近藤は、ダンボールを抱えたままフゥフゥ言いながら小走りでやってきた。


「村長、お疲れ様ですっ!」

「おう、お疲れさん。花火師さんの受け入れ態勢は問題ないか?」

「はい! 今朝、宿に行って確認して来ましたのでバッチリです。さっき花火師さんから、午後3時半頃に到着予定だと連絡が来ました」

「じゃあ、3時には宿で出迎えの準備しとけ。遥々遠方から来られるんだ。失礼のないようにな」

「はいっ!」


 若手のスタッフとそんなやり取りをしていると、こちらに気づいた関係者が次々に挨拶にやってきた。


「やあ、どうも、どうも、お久しぶりです」

「ええ、お陰様で・・・」


 などと軽く談笑していると、ポケットの中で携帯電話がブルブルと震えた。ちらっと確認すると、ディスプレイに「親父」と表示されている。


(仕事中に電話してくるなんて、珍しいな)


 怪訝に思ったのが顔に出たのか、空気を読んだ相手が「それじゃあ、また」と去っていった。その気遣いに笑顔で会釈をし、通話ボタンを押す。


「もしもし? なんかあったんか?」

「おう! 一大事じゃ。中川地区で落石があった! ありゃぁ、石っちゅうより岩じゃな。完全に道を塞いじょる」

「はぁっ!?」


 中川地区は石長村役場から車で約30分ほど離れた小さな集落だ。

 麓の街から村まで続く国道を途中で右折して、山奥のさらに奥に進んだ場所にあり、住人のほとんどが高齢者。過疎化が進み、かつて限界集落と呼ばれた。

 しかし地域住民の努力により、今では温泉施設と並ぶ石長村の観光スポットとなっている。

 大昔にタイムスリップしたかのような、かやぶき屋根の古民家群と清流のせせらぎ。

 世俗を忘れさせる静かな里山の美しい風景と、地元で採れた食材を使った四季の郷土料理が人気で、年間約2万人が訪れる。

 

 そこに至るまでは一本道しかない。早く対処しないと地区の住民は隔離状態だ。


「親父、今、現場近くにいるのか? 怪我はないか?」

「ああ。ワシは大丈夫じゃ」

「そうか。詳しい状況が知りたい。写真撮って、メールで送ってくれ」

「送り方が分からん」

「あ〜、誰か操作の分かる人・・・」


 いや、期待できない。何せ平均年齢77歳の地区だし、何より人が少ない。

 イライラして思わずガシガシと頭を掻きむしった。


「一旦、切るぞ。すぐこっちから掛け直す。応答ボタン押せばいいから」

「おう、わかった」


 一旦通話を切って、ビデオ通話に切り替える。すぐに親父が出た。


「おっ、顔が見える」

「親父、携帯電話の画面を事故現場に向けてくれ」

「おう、こうか? 見えるか?」


 画面の向こうの風景がぐるっと揺れ、すぐに道路の様子が見えた。狭い山道とはいえ、道を塞ぐほどの巨石だ。何百キロあるか、見当もつかない。


「こりゃあ、撤去するのも一苦労だな。すぐ警察に連絡する。場所はどの辺りだ?」

「鹿子淵の手前」

「なんだ、集落の奥か」


 薫はホッと安堵の息を吐いた。

 鹿子淵は集落から更に山奥にあり、住人もほとんど近寄らない場所だ。一時通行止めになったところで、生活に支障はない。

 

「親父、何でそんな所に?」

「中村の爺さん、半月前から入院しとるだろう? 週に一回、山の様子を見るよう頼まれてな。その途中じゃった」

「そうか。親父一人か?」

「いや、齊藤さんと犬も一緒じゃ」


 齊藤さんは親父の友人で、猟友会会長だ。訓練と称して、しょっちゅう犬達を引き連れて山を歩き回っている元気な爺さんである。


「おう、倅と連絡取れたかぁ?」


 噂をすれば齊藤の爺さんの声がして、画面の端に顔の半分が映った。


「齊藤さん、こんにちは。危険なので、落石には近づかないようにお願いします」


 そう告げると、齊藤の爺さんは日に焼けた顔を顰めた。


「それがよ、犬が隙間を通って、あっち側に行ってしもうた。えらい騒いどるから、誰かいるかも知れん」


 親父も深刻な顔をして頷く。


「あのな、昨日、重機を乗せたトラックが鹿子淵の方に向かうのを、地区の人が見とる。だが出てったのを見た者はおらんようじゃ」


 嫌な予感がする。


「わかった。役場に戻って職員を向かわせる。警察への連絡もこっちでしとくから。危ないから絶対に向こう側に行かんでくれよ」


 薫が通話を切ると、祭り実行委員会のスタッフたちが心配そうにこちらを見ていた。


「中川地区の鹿子淵近くで落石事故が起きた。指示出しに、役場に戻る。手伝えなくてすまんな。皆そのまま準備を進めてくれ」

「「はい、お疲れ様です」」


 結局、30分も経たないうちに役場に戻ることになってしまった。


(くそっ、この忙しい時に!)


 心の中で盛大に舌打ちしながら、薫は役場へと急いだ。


 ***


 役場に戻ると、職員達が不思議そうな顔をした。


「あれ? 村長、忘れ物ですか?」

「いや、後で説明する。道路緊急ダイヤルは9910だったか?」

「♯9910です。落石ですか? 土砂崩れですか?」

「落石」


 麓から村までの山道は綺麗に整備されているものの、落石や土砂崩れはよく起こる。道路規制も珍しくなく、どこかしらで片側通行となっている。

 職員に説明して、関係各所に連絡させるのは二度手間なので、薫は自ら電話をかけた。


「いつもお世話になってます。石長村村長の山下です。石長村中川地区で落石が発生しました。場所は鹿子淵の近く。・・・はい、その道です。現場にいる者から映像を見せてもらいましたが、かなり巨大な石で、道路全体を塞いでます。

今の所、人的被害はないです。ただ、もしかすると石の向こう側に人がいる可能性があるんですわ。はい。これから職員を現場に向かわせて確認します。

はい。・・・はい、わかりました。では今後、この件については担当職員に引き継ぎますので。はい、よろしくお願いします」


 電話を終えると、それまでのんびり仕事していた職員達が、緊張の面持ちでこちらを見ていた。


「みんな、聞いた通りだ。うちの親父と猟友会会長の齊藤さんが、中川地区の中村さんの山の様子を見に行って落石を発見した」

「石の向こうに人がいるかもって、何か根拠があるんですか?」


 滅多に人が行かない場所とあって、職員は不思議そうな顔をしている。


「昨日、重機を乗せたトラックが山奥に入るのを地区の住人が見てる。だが出ていくのを見た者はいないそうだ」


 そう告げると、皆は顔を見合わせた。


「伐採届けが出てるか確認してくれ」

「はい!」


 森林を伐採する時は、90日から30日前までに役場に届出を出す事が義務付けられている。

 薫の記憶が確かであれば、今の時期あの辺りで伐採計画はなかったはずだ。

 農林振興課の職員がパソコンで確認している間に、パソコンを操作していた別の職員が口を開いた。


「道路情報を確認しましたが、今週、国道もその付近の林道も通行止めや時間規制にはなってません」


 やはり。


「日付と場所の両方で検索をしましたが、伐採届けは出てません。あの辺りは来月初めに保有林の間伐計画があるだけです」


 その言葉に、皆の表情が険しくなる。


「まさか・・・盗伐か?」

「近年、県内で盗伐が多発して問題になっとったが、うちの村もやられたか・・・」


(詳しい状況は調べないとわからないが、おそらく個人所有の山が被害にあっただろう。もしかすると、中村の爺さんの山かも知れない)


「石の向こうにいるのが盗伐犯なら、急いで助ける事ないんじゃないですかぁ? 川があるし、人間水があれば1週間は生きれますよぉ。捕まえたところで、確か3年以下の懲役か30万以下の罰金でしょう? それなら3日位苦しんでもらいたいわぁ」

「そうだなぁ。今日は祭りの準備で人手も少ないし、土日は国土交通省も休みだし、助けにいくのが月曜日になるのも仕方ないか」


 冗談まじりに言ってるが、職員達の目は本気だ。


 林業の業者が伐採するした後は、森林資源の確保と生態系の回復のために、新たな苗木を植栽して育成するなど、環境にも気を配っている。

 だが、他人の山に勝手に入って重機で何ヘクタールもごっそりと皆伐していくような輩に、そんなアフターケアは望めない。山奥で人目もないから、やりたい放題である。

 道の入れかたも伐採の仕方も荒っぽいから、盗伐の被害にあった山は、それはそれは悲惨な状況だ。剥き出しになった山肌に、何本もの木が雑に打ち捨てられていて、見るも無惨である。

 伐採届けを偽造して隠蔽工作を図る不届者もいるし、バレても


「わざとじゃない。場所を間違えただけだ」


 と開き直って、僅かな賠償金で示談を迫る者もいる。

 更に悩ましいのは、警察が動いてくれないことだ。

 盗伐被害にあった山は、山崩れなどの危険性もあるのに、立件が難しいからと被害届を受理してくれない場合もある。

 山にきっちりと境界線が引いてあるわけもないので、被害にあったのが自分の山林だと証明するのも一苦労なのだ。

 先ほどの職員の発言は、多くの被害者が泣き寝入りするしかない状況に憤りを覚えてのことだろう。


「個人的には犯人を市中引き回しの上、磔獄門の刑にしたいが、そうもいかんだろう。田口、すまんが現場に行ってくれるか? 連絡はこの番号にしてほしいそうだ」


 そう言って、担当者の氏名と電話番号を書いたメモを渡す。


「わかりました。昼飯食ってからでいいっすか?」

「ああ。一応、警察にも連絡しといてくれ」

「はい。もし盗伐犯だったら、救助しなくてもいいですよね?」


 期待を込めた目で見られ、苦笑する。


「現場は国道で、村の管轄じゃない。下手に助けようとして二次被害にあったら大変だ。関係各所に報告はきっちりあげといてくれ」


***


 落石だけならまだしも、盗伐の疑いも出てきて、祭りの準備どころではなくなった。

 

「被害を受けたのが村民なら、確実に相談が持ち込まれるだろう。今のうちに調べといたほうがいいかもしれん」

「そうですね。県の相談窓口とか被害者の会とか、調べときます」


 職員と対応策について話していると、携帯が鳴った。祭り実行委員会からだ。


「なんか村長に話があるって人がいて。どのくらいで戻って来られそうですか?」

「悪いがこっちも立て込んでて、すぐにはそっちに行かれん。すまんが、電話代わってくれ。直接話す」

「はい、わかりました」


 少々厄介な相手と話す事5分、電話を切ると、すぐにまた携帯が鳴った。今度は村の駐在からだ。


「村長、忙しいところすまんが、中川地区で落石の件、詳しく教えてもらえるかね?」

「今、職員を向かわせて連絡待ちです。でも村道ではないので、勝手なことは出来ません。駐在さんが直接行ったほうが早いですよ」


 電話を切ると、また別の電話がかかってくる。

 対応に追われているうちに昼食も食いっぱぐれ、気づけば3時近くになっていた。


「さすがに疲れた。ちょっと、休憩しくる」


 自動販売機でコーヒーを買い、喫煙所の椅子に座って一服する。


(は〜、今日は厄日か?)


 タバコを咥えてぼーっとしていると「村長さん」と声をかけられた。そちらを見ると息子の担任の先生だったので、慌ててタバコを消して立ち上がる。


「佐倉先生、こんにちは。どうかされましたか?」

「すみません、急に。何度か電話したんですが、繋がらなかったものですから」

「あ〜、すみません。今日はずっと立て込んでまして」

「いえ、ただ私も頼れるのが村長さんしかいなくて・・・」

「はぁ、何かあったんですか?」


(佐倉先生が個人的な用件で来るなんて珍しいな。初めてじゃないか?)


 そう思って続きを促すと、佐倉先生は意を結したように話し出した。


「幼馴染の黒木悠里さんを覚えておられますか?」


 その名を耳にした瞬間、カッと頭に血が上った。


「誰に聞いた!?」


 気がつけば大声で怒鳴っていた。佐倉先生の体がビクッとして固まる。大きな瞳が恐怖に潤んでいて、ハッと我に返ったが怒りは治らない。


「怒鳴ってすみませんでした。ですが、お話しすることは何もありません。忙しいので失礼します」


 未だに固まって動けない佐倉先生を置いて踵を返す。3〜4歩進んだところで、


「薫?」


 と名前を呼ばれ、立ち止まった。


(この声・・・)


 記憶の中の声に似ていて、ドクン、ドクン、と心臓が音を立てる。


(まさか・・・)


 ゆっくりと振り向くと、佐倉先生の後ろに白衣を着た少女が立っている。


「薫、だよね?」

「悠・・・里?」

「うん」


 名前を呼べば、少女は笑って近づいてきた。


「なんか、不思議。老けてるけど分かる。薫、村長になる夢、叶えたんだね。おめでとう」

「悠里? 本物?」


 うまく言葉にならない。


「うん、本物の悠里だよ。幼馴染なんだから、分かるでしょう?」

「何で・・・? 今まで、どこに?」

「それが私にもよくわからなくて。多分、タイムスリップしたんだと思う」

「・・・タイム・・・スリップ」


 到底信じられないが、姿形も当時のまま。

 それに、頭をかきながらへへっと笑うのは、困ってる時の悠里の癖だ。

 

「い、生ぎで・・・だ。悠里・・・うぐっ、よ、良がっだぁ」


 薫は目からボタボタと涙をこぼし、その場に崩れ落ちた。


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