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失われた神楽と消えた少女

物語の舞台になる村は、数年前に友人が赴任していた村をモデルにしていますが、登場人物や事件は完全にフィクションです。


 夏休みの自由研究のテーマは「私達の村について」

 Wikipediaに載っている村の歴史を写せば楽勝だけど、すぐにバレて怒られるだろう。

 担任の佐倉先生は穏やかで優しいけど、カンニングとか宿題を写すとか、そういう狡い行為にはすごく厳しい。


 「う〜ん、神楽について掘り下げてみようかなぁ」


 清海きよみの住む石長村は、山林が96%を占める人口1000人程の小さな村だが、11月から12月にかけて土地神様へ奉納する神楽舞が有名で、重要無形民族文化財になっている。

 村の子供達は小学生の頃から神楽の舞や笛、太鼓などを習っており、清海も村祭りなどのイベント毎に子供神楽を舞ってきた。

 こういった伝統行事が次世代にしっかり継承されているのは、村の美点だと思う。


 しかし来年は高校受験を控えている為、学生として神楽を舞うのは今年が最後だ。

 石長村の子供達は中学を卒業すると、進学の為に村を出なければならない。

 何故なら村に高校がなく、鉄道も通っていないから。

 駅はおろかコンビニすら無いなんて信じられないかもしれないが、事実である。

 この村が如何に山奥で辺鄙な場所にあるか、お分かりいただけただろう。

 閑話休題。


「よし! 爺ちゃんに話を聞いてみよう」


 爺ちゃんは神楽舞の名手で、清海の師でもある。

 部屋を出ると、婆ちゃんが居間で麦茶を飲みながらテレビを見ていた。


「婆ちゃん、爺ちゃんは?」

「爺ちゃんなら山に行ったぞ」

「そっか、自由研究で、神楽の歴史について聞きたかったんだけど」

「それなら保存会の人が知っとるじゃろう。どれ、よっこいしょ」


 婆ちゃんは立ち上がり、戸棚から神楽保存会の発行している冊子を取り出して渡してくれた。


「確か最後のページに、連絡先が書いてあったと思うが」

「うん、ありがとう」


 礼を言いながら冊子をめくり、保存会メンバーの名前を眺めていた清海は、ふとある事に気づいた。


「この村の人達って、名前だけ見たら男か女か分かりにくいよね。千尋とか渚とか。お父さんも薫だし、俺の名前も響きは女みたいじゃん」


 そう言うと、婆ちゃんは「ああ」と頷いた。


「今はもう廃れてしもうたが、昔は今くらいの時期になると、4年毎に土地神様の花嫁選びをしとったんよ。その名残じゃな」

「土地神様の花嫁選び?」


 それと男女兼用の名前にどんな関係が? と訝しんでいると、婆ちゃんは清海にも麦茶をすすめ、テレビを消して昔話を始めた。


***


 昔々、天から逃げ出した災厄が、水を飲むために村に立ち寄った。

 幸い災厄はすぐに神々に捕えられたが、村の作物は全て枯れてしまった。

 このままでは村人は飢え死にするしかない。

 哀れに思った神々は恵みの雨を降らせ、山に豊かな実りを与えたので、村人達はどうにか食い繋ぐことができた。

 神々に感謝した村人達は、貧しいながらも立派な社を建てて


「神様、どうぞこれからも村をお守りください」


 と神様を祀って一心に祈った。

 その願いに応えたのは、一柱の若い男神。


「我が村の守り神となろう。その代わり村の娘を嫁にくれ」


 村人達は喜び


「どうぞこの中からお選び下さい」


 と未婚の若い娘を並べたが、男神は首を振った。


「皆、痩せ細って今にも倒れそうではないか。4年後にまた来る。それまでに健康になっておれ」


 人々は神に深く感謝して、日々真面目に働いた。

 4年後、村人達の前に姿を現した男神は、社の前に集められた娘達を見て、ガッカリした様子でため息を吐いた。


「なんだか色黒で、ゴツい女子おなごばかりじゃのう」


 これには娘達だけでなく、親達もカチンと来た。

 日に焼けているのも、逞しい体も、毎日一生懸命、田畑を耕して働いていた証だ。


(どの娘も気立がいいのに)

(色黒のどこが悪い。皆、元気で愛嬌があるじゃないか)

(如何に神様といえど、年頃の娘に対して失礼すぎる)

 

 と、誰もが思ったが、神様相手に願い下げできる筈もなく、ただひたすら誰かが選ばれるのを待った。


「こんな山奥の鄙びた村では、仕方ないか・・・」


 つまらなそうに娘達を見比べていた男神の目が、ふと後方にいるほっそりした童を捉えた。どうやら足が悪いらしく、両親に支えられて大人しく立っている。

 その童は誰よりも色が白く、華奢で守ってあげたくなる容姿だった。

 男神は嫁候補の娘達を飛び越えて、ふわりと童の前に降り立つと、ジロジロと上から下まで眺めた。


「其方、年は?」

「今年で13になります」

「ふむ、決めた。其方を嫁に貰うとしよう」


 男神はそう言うと、童を抱き上げた。


「お待ちください、この子は・・・」


 慌てて引き止める親を無視して、男神はそのまま姿を消した。


「「「ええっ!?」」」


 村人達が驚くのも無理はない。男神が選んだのは男児だったから。

 しばらくすると社の扉が開いて、件の男児だけが戻ってきた。男だとわかって早々に戻されたらしい。


「花嫁は4年後に選び直すって。あと、女に間違えたお詫びにって、足を治してもらった」


 男児とその両親は喜んだが、男にも劣る武器量と言われたも同然の娘達やその親達は怒り、他の村人達も呆れた。


「神様は余程美しい者がお好きな様子。ならば精一杯それに応えねば」


 4年後、社の前に揃いの白衣を着た若者が集まり、見事な舞を奉納した。

 男神は大変喜び、舞姿が一番美しかった娘を選んだ。

 しかし選ばれたのは、舞を奉納するために化粧をしていた男児。


「何と! また間違えてしまったか・・・」


 男神が憮然とした顔でトントンと踵を踏み鳴らすと、地面から酔芙蓉が生えてきて社を取り囲んだ。

  

「4年後、この花を髪に挿して舞を奉納せよ。花が最も濃く染まった舞手を、我の花嫁とする」

 

 そう言い残し、二度と村人の前に姿を現す事はなかった。

 一度ならず二度までも男を選んでしまったから、流石に恥ずかしかったのだろう。


 こうして4年毎に「花嫁選び」の舞が奉納されるようになったが、この頃には神様に嫁ぎたいと思う娘も、嫁に出そうという家もいなかった。

 見目の良さばかりで人を判断する浅はかさが、反感を買ったんじゃな。

 そんな所に嫁に行っても、苦労するのが目に見えとる。


 神様の目を欺く為、女子は素顔のまま、男子は化粧をして舞う習わしとなった。

 どんなやんちゃ坊主も、白粉をつけて目尻と唇に紅を差すと、上品な顔になって見違えたものさ。

 

 この頃から、村では男女どちらとも使える名前を子供につけるようになった。

 理由はもちろん、男神を欺く為。

 神様を騙そうとするなんて、酷いって? そうじゃな。

 じゃが、普段から村人を見守ってくれとったら、子供の顔と名前は覚えるじゃろう。

 覚えてないのは、つまりそう言うことじゃ。神様と村人、どっちもどっちよ。

 まあ「人を見た目で判断するな」という教訓にはなったな。

 

***


 婆ちゃんはそこまで話すと、麦茶を飲んで一息ついた。


「へぇ、面白いね。どんな舞だったか興味あるな。なんで廃れたの? 冬の神楽は保存会まであるのに」


 不思議に思って聞くと、婆ちゃんは悲しげに目を伏せ、じっとコップの中を見つめたままポツリと言った。


「・・・花嫁が決まったからだよ」

「へぇ、やっと女の子が選ばれたんだ」

「いや、あの時も選ばれたのは男児じゃった。だが舞い終わった後で体調を崩したらしく、その子の姉が花嫁役を代わったんじゃ」

「ふ〜ん。でも神楽をやめることなかったのに」


 そう言うと、婆ちゃんは激しく首を振った。


「薫の前でそんな事言うちゃならんぞ。花嫁になった悠里ちゃんは、薫の幼馴染で初恋の相手じゃった」

「って事は、お父さんも花嫁選びの舞に参加したの? その祭り、昭和の終わり位まで続いてたんだ」

 

(お父さんも化粧したって事だよね。写真残ってないかな?)


 後で揶揄ってやろう、なんて浮ついた気持ちでいたのだけれど。

 婆ちゃんはその問いに答える代わりに、爆弾を落とした。


「あの日、悠里ちゃんは花嫁衣装を着て社に入ったっきり行方不明じゃ。私を含む百人以上の村人の目の前で、悠里ちゃんは忽然と姿を消した」

「えっ!?」


 ゴクっと唾を飲み込む音がやけに大きく響く。


「それって・・・神隠し?」

「ああ。当時は大騒ぎになって全国ニュースにもなった」

「その子がこっそり抜け出して、そのまま家出したとかじゃないの?」


 婆ちゃんは力無く首を振った。


「出入り口は扉一つ。その前には村人達が大勢いて奉納舞を見物していた。そんな中、お供物を一つ残らず持って、誰にも見つからないよう抜け出すなんて出来ると思うか?」

「お供物も無くなったの?」

「ああ。生米、酒、尾頭付きの鯛、季節の野菜と果物といった神饌の他に、祝儀の樽酒と米俵三俵」

「無理だね」


 たとえ抜け道があったとしても、女の子1人で樽酒を抱えながら逃げられるはずがない。


「翌日、警察が神社や村をひっくり返す勢いで調べたが、何も出てこんかった。そのうち、次々と不思議な事が起こってな」

「不思議な事?」


 婆ちゃんは頷いた。


「この事件がきっかけで村が全国的に注目を浴びたからか、警察と報道から苦情が入ったからかは知らんが、程なくして山道の改良工事とトンネル工事が始まった。

 昔は細い巻道だらけの悪路で、麓の街に行くのに車で2時間近くかかったもんじゃ。

 私等村人が何度も嘆願書を送っても、予算がないと一蹴しとったくせに、県の役人の態度には腹が立ったわい。まあ、結果的に便利になったから良いが」

「へぇ、昔は大変だったんだねぇ」


 今でも改良工事や災害復旧で、どこかしらで片側通行になっている山道だけど、それでも随分マシになったらしい。


「それから何の前触れもなく、突然温泉が湧いた。あの時も、村中大騒ぎになったもんよ。

 温泉施設が出来る頃には、道も少しはマシになって、観光客も来るようになった。それに合わせて食事処や村の名物を使った土産物も作られるようになって・・・。

 本当に、あの頃に比べると村の様子も随分変わったのう」

「へぇ。なんか偶然とは思えないね」

「ああ。みんな神様のご加護だと信じとる。だから悠里ちゃんの捜索も2年と続かなかった」

「えっ・・・でも家族は納得したの?」


 婆ちゃんは、深くため息を吐いた。


「母親の燈子さんはひどく憔悴して、見てて気の毒じゃった。悠里ちゃんに花嫁の代役をするよう言ったのは、燈子さんらしいからのう。あの人は祭りに水を差さないようにしただけで、あんな事になるとは夢にも思わなかったろうて。

 弟の夏生くんも、それまでは薫に負けない位明るくて元気な子じゃったが、責任を感じて塞ぎ込んどった。

 父親の千春は荒れに荒れて、毎日燈子さんに辛く当たったらしい。最終的には酒に溺れて、急性アルコール中毒でポックリ逝きよった」

「うわ、何その不幸のオンパレード。村は潤ったのに、花嫁の家族だけ不幸に見舞われてるのは、何か理不尽な気がする」

  

 そう言うと、婆ちゃんは複雑な顔をした。


「そうじゃな。だが後から知ったが、千春は日頃から酒を飲むと家庭内暴力を振るっとったらしい。外面が良かったから、全然知らなんだわ。

 まあ、それで生命保険金がおりて、まとまった金が手に入った燈子さんは、夏生君の高校進学をきっかけに一緒に村を出た。その後、宝くじで高額当選して、家を建てたっちゅう噂じゃ」

「え〜と、つまりモラハラ親父も、お金の憂いも無くなったって事か」


 婆ちゃんは神妙に頷いた。


「娘と夫を立て続けに失ったのは不幸じゃろうが、暴力から解放され、金銭的に恵まれて生活に余裕が出るようになったのは、幸せと言っていいじゃろう。今は孫娘を可愛がっとるっちゅう話じゃ」

「そう。それなら良かった」


 清海は麦茶のお代わりを注ぎながら、ふと本来の目的を思い出した。


「今の話、自由研究で発表したらダメかなぁ。この村にそんな昔話があったなんて全然知らなかった。神社が酔芙蓉で囲まれてる理由とか、昭和の終わりまで続いてた4年ごとの祭りとか、みんなも興味をそそられると思う」


 そう言うと、婆ちゃんは少し考えてから頷いた。


「いいんじゃないか。神様への感謝と畏怖の念を忘れない為にも、昔話は語り継いだ方が良いじゃろう。

 ただし、神隠しの件には触れるなよ。悠里ちゃんの家族はもちろん、あの時一緒に祭りに参加した薫達も、相当傷ついとる。祭りが廃れたのは村人の総意じゃ。誰だって、子供を奪われたく無いからのう。

 その代わり、冬の神楽の奉納は途絶えないよう保存会を作って今に至っとる」

「わかった。神隠しの事は伏せておく。婆ちゃん、色々教えてくれてありがとう。忘れないうちに、今の話をまとめなくちゃ」


 清海は立ち上がり、部屋へと戻っていった。

 

「燈子さん達は、あれから村に戻って来んが・・・。死ぬ前にもう一度会いたいのう」


 清海が出ていった後、寂しそうに零れ落ちた独り言は、誰にも聞かれる事なく蝉の声に掻き消された。

友人とその赴任先の村をモデルに物語を書きたいと思い、構想を練って早数年。

ようやくプロットを描き終えました。10話程度で終わる予定です。



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