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王様みたいな猫

窓もドアもしっかり施錠してあったのに、どこから入り込んだというのだろう。


取り敢えずゴートミルクを浅めの陶器のボウルに注いで床に置いた。


素早く寝台から飛び降りて来て貪るように飲むと、汚れた口の回りを拭けとばかりに私に突き出して来る。


猫なのに自分で舐めないの?


なんだかまるで王族みたいね。


しかたなく拭いてあげると、満足したのかプイッとまた寝台へ戻った。


追い出すわけにも行かず、寝台の真ん中を猫に奪われ、その夜は猫と一緒に寝台で寝ることになった。



***


「どうぞ」


珈琲にクッキーを添えて編集長の机に置いた。


「ブラッドリー嬢、その手はどうしたんだ?」


猫に引っ掻き傷をつけられた指先に気がついたのか、編集長ジャン·リュック·オコーネルが聞いてきた。


「猫と同居することになりまして」


白髪混じりの黒髪に、紫水晶の瞳が心配げに見つめてくる。彼は三十代後半くらいの紳士で、上品な物腰は貴族階級の人であることを窺わせる。


この職場は貴族も平民も同等に働いている。


じっと手を見つめられてしまっているのは、原稿を血で汚しては大変だと思われてしまったからだろうか。


「血は出ていませんから、大丈夫です」

「猫の名前は?」


そういえばまだつけていなかった。


「まだ決まっていなくて」

「はは、それは大変だ」


編集長はクッキーを頬張ると珈琲に口をつけた。


「近いうちに通訳を頼めるかな?」

「······それは自信がありません」


翻訳の仕事は順調で、貴族向けの雑誌以外にも、人気の冒険小説の翻訳も任せられた。

他国で人気のシリーズらしいので、当分仕事には困らない。

しかも、今度は翻訳者名が記載されることになる。

翻訳用のペンネームはエリス·ブラック。もし何かあった時に母方の親族に迷惑にならないように配慮した。


「あの、編集長もペンネームを使っているのですか?」

「もちろん。自分もだけど家族を守りたいからね」


政治色の濃いコラム、舌鋒鋭く政権批判を書いたりする記者は、稀に襲撃や暗殺されてしまう危険性もあるから命がけだ。


通訳のように表に出る仕事はなるべくしたく無いと伝えると「わかった」と了解してもらえた。


昔の知人、マリエルを知る人にばったり会うなんて困るからだ。



***



王族みたいな猫にはルイと名付けた。

ルイと呼ぶと「ウニャ」と返事をしてくるけれど、名前を気に入ったのかはわからない。


掃除をしたりベランダに出たり料理を作る時も私の後をずっとつけてくる。

それはそれで可愛いのだけれど、なんだかルイは私を監視しているような······、そんなことを思ってハッとした。


最近王侯貴族の間では、魔法を使ってそのような見張りをおくこともあると先月の雑誌の記事で読んだばかりだった。


見張り······、私は確かに監視対象ではあるわね。王家か、実家の公爵家かのどちらかなのだろうか?


ルイ用のふかふかの寝台を作り、ブラシで毛を整えてあげると、ルイはふにゃふにゃの毛玉になって寝入った。


その間に風呂を済ませる。気にしすぎだと思うけれど、ルイには着替えとかはなるべく見られないようにはしておこう。


うちの出版社とは違って貴族のゴシップ記事ばかりを狙う出版社もあるそうだから。

貴婦人達のあられもない姿の写真を投稿して稼ぐ人もいるのだ。

私も腐っても貴族だから用心していた方が無難よね。


どこから身バレするかわからないのだから。



同じ出版社に勤めるご令嬢にも、根掘り葉掘り聞きたがりの人がいてうんざりした。


そのような人にとっては、自分よりも不幸な女が好物なのだ。


没落貴族でしかもバツイチ、別れた夫には愛人と子どもがいて、夫を頼らずに自活するべく努力している女なんて、それはもうたまらない相手なのだろう。


「大変だったのね」


そう言う彼女の瞳は満足げに輝いている。


しかも彼女はおしゃべりで、翌日には私の身の上を職場のみんなが知っていたという。


まあ、自分で言う手間が省けたし、バツイチという、普通の独身令嬢ではないという周囲への予防線が張れたからいいとしよう。


守秘義務、個人情報を守れない出版社の人間てどうなのだろうとは思うけれど。


しかも、私と同じ蒼い瞳の彼女は、私のプラチナブロンドを真似て、髪まで染めた。

服や持ち物まで似せて来て、何かと私と競おうとして来るので面倒くさい。


「それ似合って無いよ」と同僚達に言われてもお構い無しだ。


貴族令嬢にもそんな人はいるけれど、そういうことはできれば社外でして欲しい。


自分の方が私の真似をしているくせに、「あなた、私と被らないようにしてよね」と言って来るから非常に厄介だ。


関わると面倒なので、仕事に集中し距離を置くと、向こうからしつこく話しかけて来るので辟易する。


仕事の邪魔はしないで欲しい。


この仕事も職場も嫌いではないのだけれど、それが唯一のストレスだ。




それから三月ほど経つと、私の母国のニュースが舞い込んで来た。

王太子があの子爵令嬢と再婚したという知らせは前に聞いたが、今度は弟王子ルイス殿下が廃嫡処分になったという驚くべきものだった。


な、なぜあの優秀なルイス様が!?


廃嫡になるなら王太子の方では?


しかも王妃殿下も体調が思わしくないとか。王妃殿下はルイス殿下を推している。


何が王家で起きているのだろうか?


私は王家と国を捨てた人間だから、何も言えない。

でも、このままあのボンクラ王太子が国王になったら······。


母国の心配をしたところで私は後9年ほど入国禁止だから何もできないわ。


するつもりも無いけれど。




その日の仕事を終え自宅へ戻ると、妹フローネが私を部屋で待っていた。


妹とはいえ、これは不法侵入なのですが。


「お姉様、お久しぶりです」

「ウニャー」


私よりも先にルイが応えた。


ルイは妹フローネの腕に、ご機嫌で抱きかかえられている。


やはりルイは公爵家が放った見張りだったのだ。

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