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黎明の契り

結婚式も(つつが)なく済み、美夜は正式に清小路伯爵夫人、清小路美夜となった。

だというのに、こうして怜子の待つ寝室を前にすると、動悸が乱れて足が(すく)んでしまう。


二人が夫婦として、初めて迎える夜。

結婚すれば、一つ(とこ)に休むのは当たり前の事である。


しかし、その後に待ち受ける展開を思えば―――じんわりと火照った湯上がりの頬が、燃える様に熱くなっていく。

初心(うぶ)な新妻には、及びもつかない世界である。


嬉し恥ずかしの新婚初夜の想像に、美夜は一人顔を覆って身悶えした。


(はしたない、わたしったら!)


しかし、夫婦としてこの関門は乗り越えなければならない。

美夜はゆっくり深呼吸し、激しく高鳴る心臓を鎮める。


そして、思い切ってドアノブに手を掛ける。


新婚の夫婦の寝室として用意されたのは、伯爵邸の中でも特に優雅な装飾がされ、ゆったりとした広さを誇る部屋だった。

日本間に換算すれば、優に二十畳を越すかと思われる。


一定の間隔を置いて柱に灯されたランプが、仄暗い室内を月見草の様に淡く照らす。

重厚な緞子(どんす)のカーテンに囲まれた天蓋付きのベッドが、中央の壁際に据えられているのが目を引く。


しかし、美夜の瞳はバルコニーで凪いだ夜空を見上げる怜子へと吸い寄せられる。

柔らかな春の夜風にネグリジェの裾を(なび)かせ、怜子がゆっくりとこちらを振り返る。


「来てくれたのね」


冴えた月明かりに、婉然たる笑みを刻んだ白皙の頬が透き通る。

怜子の青みがかった黒髪を撫でる風が、美夜の下ろした髪をも揺らしていく。


淑女らしい足取りで怜子が自分の元へやって来ると、美夜は物も言えなくなってしまう。

怜子そのものと言っても過言ではないパフュームの香りが、上品に立ちのぼる。


真新しい指輪の輝く(たお)やかな手で、怜子はそっと新妻の掌を包み込む。

手と手の触れあう感触に、美夜はいよいよ冷静ではいられない。


しかし、顔から火が出そうな美夜とは相反して、怜子はどこまでも悠然たる落ち着き振りである。


「長い一日だったわね。美夜もお疲れ様。お茶でも飲んで、一息つきましょう」


鷹揚な手振りで、怜子は室内の中央に置かれた丸いティーテーブルを指し示す。

そこには、湯気を立てる白磁のポットと一揃いのカップが用意されていた。


「は、はい」


美夜が頬を染めて頷くと、怜子が得も言われぬ魅惑的な笑みを浮かべる。

夫とは違い、変に意識してゆとりを無くしてしまう自分が恥ずかしい。


今日からは、こうして怜子と夜を過ごすのである。

夫婦の夜は、まだ始まったばかりだ。


いつもの癖で美夜がティーポットに手を伸ばそうとすると、怜子が横から引き止める。


「美夜にはいつもお茶を()れてもらっていたから、今日は私がやるわ」


「お任せしても、よろしいのですか」


「いいのいいの。私がこんな事をするのは美夜だけよ。どうぞお座り遊ばして、奥様!」


おどけた怜子の言葉に甘えて、美夜はおずおずと椅子に腰を下ろす。

鼻歌交じりの上機嫌で、怜子はポットの注ぎ口を美夜のカップへ傾ける。


「私も紅茶にはうるさいから、今夜は美夜の為に自分で茶葉を選んで、一から準備したの」


琥珀色の紅茶が(ほとばし)ると、上質な茶葉のかおりが漂う。


夫の心遣いが嬉しく、美夜は期待に胸躍らせた。


純銀の茶こしで茶葉を取り除きながら、慣れた手つきで紅茶を注ぐ怜子。

洗練された仕草のあまり、流れ出るそれも華麗な螺旋を描く様だ。


「さあ、召し上がれ」


怜子は美夜の前に並々と紅茶が満たされたカップを置くと、同じ様に自分の分を注ぐ。


「いただきます」


一口含めば、芳醇なかおりが鼻孔へと抜けていく。

程よい温度の紅茶は、美夜の強ばった体をほぐしてくれる様だ。


「美味しいです、怜子さん!」


「そう、それは良かった」


カップを手にしたまま、怜子がにこやかに微笑む。


貴婦人らしく、上品に茶碗を持ち添えた姿。

しかし、怜子のカップの表面に揺れる小さなさざ波に、美夜はふと目を留めた。


地震かしら、と見上げた天井のシャンデリアはぴたりと静止したままである。


そうこうするうちに、紅茶の波はどんどん大きくなっていく。

その様は、大時化(おおしけ)の海さながらである。


美夜は、ようやく気がついた。


揺れているのはこの部屋ではない。

痙攣(けいれん)に襲われる熱病患者の様に、彼女の右腕だけが小刻みに震えているのだ。


「あの、怜子さん」


「なあに、私が緊張しているですって?まあ、面白い冗談ね。淑女(レディ)として、己を律するのは当然の事じゃない」


怜子は淑女の微笑のまま、しかし明後日の方を見ながら口早にまくし立てる。

ほほほと笑う合間に、喋る骸骨の様にカップをカタカタ鳴らしながら。


まだ何も言っていません、と美夜がおずおずと申し出ようとした時。


「あ」


ひときわ強く手が揺れた拍子に、(あかがね)色の大波がカップを飛び出したのは一瞬の事だった。


宙を舞った液体は、脇目も振らず怜子のネグリジェの胸元にぶちまけられたのである。




「すぐに洗ったので、染みも残らないでしょう」


既に休んだメイド達を起こすのも忍びないので、美夜は寝室の隣にある洗面所で怜子のネグリジェの汚れを落とした。

薄いシュミーズ一枚でベッドに座った怜子は、がっくりと項垂(うなだ)れている。


「自分が恥ずかしいわ」


青ざめた顔のまま、怜子が消え入りそうな声で呟く。

羞恥の為に赤らんだ(まぶた)が、薄紅の花びらの様だ。


(おもて)を覆うゆるやかなネグリジェの袖も無いのを口惜しそうに、怜子は顔を背けた。


「決して、あんな風に取り乱すつもりではなかったの。でも、あの、美夜が目の前にいるだけで、頭が一杯になってしまって。どうしたら良いか分からなくて。この世で最も愛おしい美夜。私の奥さんになった美夜が―――」


雪の峰に射した夕映えの様に、その頬は鮮やかな紅を潮している。

円熟した淑女である怜子の生娘の様な表情に、何ともいじらしいものを感じた。


愛しているからこそ。

二人で共に過ごす初夜を気遣わしく思っていたのは、自分ばかりではなかったのである。


「お気になさらずとも」


先ほどまで自分もおたおたしていたのも忘れて、美夜は華奢な肩に手を掛けた。


「だって」


恥じらいに染まった顔を上げて、怜子はたゆたう様に口にする。


「私―――今まで()()()()()をした経験が無いんだもの」


言うやいなや、耳まで真っ赤になって俯いてしまう。


新たな含羞(がんしゅう)の念が、湖水の様に澄んだ面に波紋を広げていく。


晴天の霹靂の内容に、美夜は思わず目を見開いた。

今年二十五を迎える立派な大人であり、臈長(ろうた)けて麗しい怜子ならば、誰か美しいひとと甘い夜を過ごした経験もあったのではないかと勝手に思い込んでいた。


その彼女がよもや、月影を知らないとは。


「仕方が無かったのよ!」


妻の無言を何と捉えたのか、怜子が今にも泣き出しそうな声を上げる。


「美夜ほど愛しい相手はいなかったし。金を出して一夜の相手を買うなんて浅ましい行為、絶対に御免だったもの……」


生真面目な怜子だからこそ、何事も思い詰めてしまうのだろう。

しょんぼりと肩を落とした怜子の意気消沈とした有様に、同情が込み上げる。


同衾(どうきん)の事ばかりでないの。これから先、夫として立派に美夜を守っていけるかどうか、心もとなくて。―――私は美夜の伴侶にふさわしい日輪であれるかしら」


悩ましく一点を見つめながら、怜子は思い余った気持ちを吐露する。

その不安は、怜子が妻である美夜を我が身よりも重んじているという証である。


美夜は怜子の隣に腰を下ろし、その手に触れた。


「嬉しゅうございます。怜子さんが、わたしと歩む人生を(とうと)んでくださるのが」


想われているという幸福。

そして、夫への愛おしさが陽射しの様に美夜の目元を和らげていく。


「わたしも、伯爵夫人としての務めを全うできるか自信がありません。でも、自分にできる限りの事で怜子さんを支えて、お力になれる様に努力いたします」


それは清小路家に嫁ぎ、怜子の妻となる事が決まった日から心に決めていた。

美夜は微笑み、夫の手を握る掌に力を込めた。


「きっと、完璧な夫婦など何処にもいないのでしょう。だから、手と手を取り合って、一歩ずつこれからの人生を歩んで行く二人になれたら、とわたしは思うのです」


「美夜……」


怜子の胸に生まれた感銘は、その清らかな瞳に黎明の光の様な輝きを与えた。


夫であり、妻であるという事。

来世まで続く(えにし)に結ばれた二人は、互いの為にその命を輝かせて生きていく。


今までも、これからも。

どんな困難があろうとも、彼らは必ず夜明けの先へと進んでいく。


広大無辺の夜空が、まじろぎもせずに見つめ合う二人を母の様に包み込む。


迷いの無い仕草で、怜子が美夜の(すべ)らかな頬に手を添える。

月明かりの下、夫婦は唇を重ね合った。


「んっ……ふ……」


触れては離れ、離れてはまた触れ。

(たわむ)れつつ飛翔する一対の蝶の様な口づけが、二人の中に熱を広げていく。


「美夜。美夜……!」


うわごとの様に妻の名を呼び、怜子はさらにその奥へ入り込もうとする。

唇を割って入ってくる柔らかな夫の舌を、美夜は喜んで迎え入れた。


二人の舌は片時も離れまいとする様に絡み、互いの愛欲を口移しに飲ませ合う。

怜子との接吻は、これほどまでに甘いものであっただろうか。


触れる全てが、蜜酒の様に美夜を酔わせる。

魔法に掛けられた様に、口づけだけで天にも昇りそうな心地になる。


光の一閃の様に全身を貫く衝動を、自分でも止められない。


怜子のうなじに腕を回し、美夜は夢中で熟れた果実の様な唇を味わった。

一口ごとに脳髄は(とろ)け、萎れる花の様に体からは力が抜けていく。


糸が切れた様に背中から倒れ込むと、自然と美夜の体は怜子とベッドの間に挟み込まれる形になる。


寝間の暗がりに縁取られた怜子の顔が、じっと美夜を見下ろす。

濡れた唇が、つややかな砂糖菓子の様に光っている。


頭の横に置かれた怜子の手に、弾力のあるスプリングがきしと音を立てる。


「美夜―――いいわね?」


強い光を帯びた双の目が、真っ直ぐに美夜の瞳を覗き込む。

静かに、けれども切ないばかりのを渇望を宿した(まなこ)で。


本能のままに貪ろうとする乱暴な肉欲ではなく、慈しむ様な優しさを秘めた瞳が、美夜の目を射る。


怜子のこの上なく艶めかしい表情に、心臓を掴まれる。


一瞬、二人の間に流れる時が止まった。

だが、美夜は怜子の眼差しから目を逸らさず、偽らぬ心のままに答える。


「どうぞ、わたしを怜子さんのものに―――わたしは、貴女だけの月です」


涼やかな目元を潤ませ、怜子が頷く。

彼女が壁のスイッチに手を伸ばすと、室内の薄明かりがふわりと一斉に落とされる。


互いの存在を夜陰の中に確かめる様に、再び口づけを交わす。


白絹の寝間着の細帯に、怜子の指先がそっと掛かる。


「あっ……」


しゅるしゅると帯が解かれる感触に、思いがけず声が出てしまう。

生まれたままの姿を怜子の前に晒すのに、今になって処女(おとめ)のためらいが生じる。


怜子は半ば帯を緩めた手を止めて美夜の髪を撫でつつ、上気した頬に優しく触れる。

その手の柔らかさが、美夜に安らぎをもたらしてくれる。

蔓薔薇の花が大理石の柱を慕って巻きつこうとする様に、美夜はしなやかな掌に頬を寄せた。


絹ずれの軽やかな響きを余韻の様に残して、帯は解かれた。

至宝の箱を開く様な手つきで、怜子は妻の寝間着の襟をくつろげる。


月がおもむろに雲間から顔を出していく様に、血潮の透き通る様な肌があらわになっていく。


美夜の心臓は、目も眩むばかりに脈打った。

そして―――とうとう、一糸纏わぬ無垢な裸体が水底(みなそこ)の様な闇に仄白く浮かんだ。


月影の首輪の他には何をも身につけていない姿を前に、怜子が息を呑む。


「これが、美夜のからだなのね……」


手つかずの素肌を余すところなく怜子に見られてしまっている―――その事実だけで、(うず)く様な熱が走った。


ありとあらゆる角度からのうっとりとした眼差しが、美夜をいたたまれない気持ちにさせる。


「そんなに、まじまじと御覧にならないでください―――」


縮こまる様に美夜が体を手で覆おうとすると、怜子がそれを押しとどめる。


「隠さないで頂戴、すごく素敵よ。どこもかしこも華奢で、触れたら壊れてしまいそう」


白蝋(はくろう)の様な怜子の指先が美夜の双丘の間をなぞる。


「んっ……!」


びくりと体が震え、今しも綻ぼうとする蕾の様な膨らみが上下する。

乱れる動悸が、あえかな肌を通して怜子に伝わりはしなかっただろうか。


美夜が焦りに苛まれる間にも、怜子は愛でる様に若々しい実りへと手を伸ばす。

淡雪の様な柔肌は、繊細な指の動きでたわやかに形を変える。


「そんなに、したら……」


生まれて初めての愛撫に、吐息が漏れるのを抑えられない。


もどかしい心地よさに、気が遠くなりそうになる。


その間にも、怜子は美夜の喉元から鎖骨にかけて盛んに接吻の跡を残す。

こんな時間が延々と続いたら、自分が自分でなくなってしまう。


「本当に、何て何てかわいらしいのかしら―――!」


感極まった言葉をほとばしらせたかと思うと、怜子は性急に丘の(いただき)に吸いつく。


「ひゃんっ!」


敏感な芯にまとわりつく粘膜の生温かさに、ずくんと腰が跳ね上がる。

シーツに後頭部を擦り付け、反射的に爪先で空を掴んでいた。


両脚の間を、物狂おしい熱が満たしていく。


「そんなに甘い声を出すなんて、余程ここが良いの?なら、もっと愛してあげてよ」


反応を楽しむかの様に舌で小さな尖りを(もてあそ)ばれると、美夜は声を上げて悶えるばかりである。


緩急を付けて、もう片方の膨らみを揉みしだかれながら(ねぶ)られ。

あるいは尖らせた舌の先で悪戯っぽくつつかれるうちに、美夜の桜桃の様な突起はたちまち天を向いた。


「凄いわ。少し刺激しただけで、こんなにぴんと立って」


赤い珊瑚樹の実を手遊(てすさ)びに転がす様に、怜子がすっかり色づいた先端を軽く弾いた。


「怜子さんの、いじわる―――」


息を弾ませて睨めれば、怜子は茶目っ気のある微笑みを見せる。


「あんまり美夜が可愛いから、つい夢中になってしまうのよ」


御免してね、と額に口づけを落とされる。

それさえ、慕情のひとひら。


断髪の間から、パフュームの芳香が心憎いばかりに清々しく匂った。


「私だけの愛しい月影(オメガ)の美夜だから、その全てに触れたくてたまらないの―――」


心の丈を込めた言葉のままに頬ずりをされ、美夜の中に甘酸っぱい感情が広がる。

怜子という日輪(アルファ)だからこそ生まれる、めくるめく(よろこ)びの(とりこ)になってしまう。


触れられたい、一つになりたいというあられもない切望に溺れそうになるのも。

何もかも、二人が愛によって結ばれた対の日月であるゆえに。


それと同じくらい、恋しい人に触れたいという欲求が美夜の中に強く燃え広がる。


美夜は怜子の肩を掴むと、間も置かず唇に(かじ)りつく。

石英の様に冷たく、整った歯並みを端から舌でなぞる。

氷砂糖を頬張る子供の様に、ひたすらその清涼な舌触りを堪能する。


弾力のある口腔(こうくう)が、柔軟に(うごめ)いて美夜の舌を根元まで飲み込む。


「こら。舌を噛んじゃったら、どうするの―――」


激しい接吻の合間に、怜子がくぐもった声で抗議する。

美夜はなおも怜子を貪ったまま、上目遣いに彼女を見上げる。


「怜子さんになら、噛まれても構いません」


この人になら舌を食いちぎられても良い、と美夜は思った。


針の様に舌を刺す痛みすら、この身は甘美な感覚へと変えるだろう。

鈍く広がる血の味さえ、体を熱く沸き立たせる妙薬となろうものを。


「まあ、いけない子!舌を怪我したら、私の名前を呼べないじゃないの」


駄々っ子を叱る様に目元を綻ばせ、怜子がさらに深く口づけてくる。


怜子は自身の腕に掴まった美夜の裾を割り、産毛さえ生えていない下腹部を撫で上げる。

皮を剥いた白桃の如く溌剌(はつらつ)とした若い肌は、怜子の手に吸いつく様だ。


やがて、人形の様に精巧な指先がその真下にある花園を探り当てる。

天鵞絨(ビロード)の様に薄い和毛(にこげ)に覆われた未熟な秘裂は、ぬちりと粘った水音を立てて開かれた。


その刹那、抗い様も無い稲妻が美夜を貫いた。


「ああっ―――!」


矢に打たれた如く、美夜の体はベッドの上で大きく跳躍した。

美夜の甲高い悲鳴に、怜子がたじろいで手を引く。


「御免なさいね。痛かった?」


怜子の二の腕にしがみ付き、()だった顔を彼女の肩に押しつけながら、美夜は何度も何度もかぶりを振る。


「違います……そこ、凄く、きもちよくっ、て―――」


溢れ出た喜悦の露によって、美夜の(はざま)は既にしっとりと濡れそぼっていた。

未通女(おぼこ)でありながら、早くも雄を受け入れる態勢を整えている体が(はなは)だ決まり悪い。


それでも、湧き上がる焦熱が貞淑な恥じらいさえ押し流す。

美夜は怜子の耳元で、春情の吐息混じりに囁いた。


「おねがい、します。もっと……」


言葉足らずでありながら、そこに込められた恋妻の望みを怜子はすぐに解した。


ふっくらとした花びらをかき分け、怜子の指が美夜の泥濘を辿る。


わななく恥核を指の腹で優しく擦られるだけで、どうしようもなく腰が動いてしまう。

小さくつつましやかな青い芽は、(またた)く間に膨らんで萌えいづる。


煮えた飴の様な潤みに覆われたそこは、怜子のほっそりとした指の冷たさを敏感に捉える。


「ひゃ、あ、ひっ」


すすり泣きの様な嬌声が、細々と尾を引いて響いた。


しっとりと汗を帯びた肉付きの良い太ももは、与えられる刺激によって無意識に怜子の手首を挟んでしまう。


もっと乱れたい。怜子の手に全てを委ねたい。

生への執着にも比すべき揺るぎない欲求が、美夜の中で花開く。


嗚呼、と胸を掻きむしる様な溜息と共に、怜子の瞳が婀娜(あだ)な色を帯びる。


「素晴らしいわ。汲めども尽きぬ泉の様に、あとからあとから溢れてきて―――これが月影の体なのかしら」


怜子の手技によって、雫を落とすほどに濡れ切った玉門は巧みな水音を奏でる。

淫猥とも思える耳にまとわりつく響きが、美夜の本能を奥底から呼び起こす。


肌という肌が、焼かれる様に熱い。


短く爪の整えられた怜子の指が、誰をも許した事の無い入り口に至る。

蜜を絡ませた先端が少しずつ柔肉の中に沈み込もうとするのを、美夜は反射的に怜子の手首を握って押さえていた。


「待って、ください」


(かそけ)くも、はっきりした声で美夜は言った。


「まあ、私ったら」


今度こそ、美夜に痛みを与えてしまったかと怜子は色を失って狼狽(うろた)える。

そんな彼女へすがる如く、美夜は一途に(こいねが)っていた。


「怜子さんが欲しいんです。指じゃなくて、怜子さんそのものが―――」


指などでは、体の奥で燃え盛る剥き出しの飢えを(しず)められない。

怜子自身の(たけ)りで、美夜の全てを満たして欲しい。


美夜の内なる月影が、愛する日輪と繋がりたいと絶えず叫んでいる。

その為なら、何を捨てても構わなかった。


どくり、と怜子の心臓が上下する音が聞こえた気がした。


「本当に、良いのね」


深淵を覗く様に、怜子の瞳が美夜を見つめる。

震える吐息と共に、美夜は切なる叫びを上げていた。


「怜子さんでなければ、嫌なんです」


純潔を捧げ、身も心も溶け合いたいと願う相手は。

この方の子を産むのだと美夜が心に決めた女性(ひと)は。


「⋯⋯分かったわ」


母なる海の様な(いつく)しみの瞳で、怜子が頷く。


美夜に背を向け、怜子はゆっくりとシュミーズの裾を持ち上げていく。

蝶が(さなぎ)の中から生まれいづる如く、抜ける様な肌が現れる。

脱ぎ捨てたシュミーズを、怜子が床の上に放る。


星明かりの下に形をなした裸身に、美夜は息をするのも忘れていた。


なよらかな女らしさの極みでありながら、決してひ弱では無い体躯。

黒子(ほくろ)の一つとてあらぬ真白い肌は、如月の冴え渡った陽の光を幾重にも透かした様な清冽さに満ちている。


彫像の如く磨き抜かれた鎖骨。

細部に至るまで、これ以上なく見事な曲線。


かように美しい女性(にょしょう)が、この世にいようとは。

女神が泉に(みそぎ)するのを覗き見る如く、禁忌を犯すのにも似た高ぶりを憶える。


(いや)だわ。あまり運動しないものだから、締まりの無い体で―――」


胸元の(まろ)やかな女の象徴を片手で隠しながら、怜子がはにかむ。


ふくよかとは言えないものの、瑞々しい体は女盛りの張りに華やいでいる。

細身の見た目からは意外なぽってりとした下腹や二の腕も、かえって愛らしい。


「見せてください。貴女を」


美夜の求めに、怜子はそろそろと手をどけていく。


豊かでありながら崩れる事を知らない完璧な形の宝玉が、夜目に眩しく輪郭を輝かせる。

小ぶりな飾りも、かえってその均整美を引き立てる為にあるかの様だ。


「こんなにきれいな方がわたしの旦那様だなんて、信じられません」


女体美の粋を尽くした裸体を前に、美夜は感嘆の息をつく。


けれど、怜子の片手は依然として両脚の間―――レースのショーツに覆われたそこを隠したままだ。

美夜の視線がそちらへ動くと、怜子の紅咲いた顔が下を向く。


「ここを見せるのは、美夜でも―――美夜だから、恥ずかしいのだけれど」


先ほどにも増して控えめな手つきで、怜子が下着の薄い布を押し下げる。


やにわにそのベールを脱いだものを前に、美夜の眉が驚きに跳ね上がる。


屹立しきったそれは、紛う事なき雄の化身である。


この様に形を変える雛尖(ひなさき)を持つのが、日輪の女の最大の特徴だ。

彼女らは誰しも、他ならぬ月影と目合(まぐわ)う為の体を持って産まれてくる。


雄々しくそそり立つ賜物(たまもの)が、怜子の女陰に息づいている。


「すごい⋯⋯」


張り詰めた肉の塔は、衰える事を知らずに怜子の鼓動に合わせて脈打っている。


今、自分は雄としての怜子を目の当たりにしているのだ。

その事実が、さらに美夜の気持ちを(はや)らせる。


堂々と(そび)える怜子自身に、美夜は我知らず手を伸ばしていた。


「きゃっ!」


可憐な声を洩らし、怜子の背が弓なりに反る。


手の内に納めてみれば、あまりに熱い。

はち切れそうな血管の手触り。


彼女の命そのものであるかの様な熱と生気を、美夜は柔い手のひらを通して感じていた。


下から指先で優しくなぞれば、びくりと鎌首をもたげる。


「いけないわ。急に、そんな⋯⋯!」


息も絶え絶えに、身をすじりもじりする怜子。

聡明かつ、気高い日輪である怜子のこんな有様が見られようとは。


猫をも殺す好奇心が、美夜の中に火を灯す。


鈴口は早くも先走りの涙を流していた。

それを潤滑油にし、前後左右、指先の(おもむ)くままに(ろう)する。


「ふう、う」


曲げた指先を(くわ)え、ぎゅっと目を閉じて快感に耐えている表情がなんとも健気だ。


ぬる、くちゅ、と淫らに鳴る音の合間に、熱塊はみるみる硬直していく。

小ぶりな両手で包み込む様にし、上下に擦ると、言葉にならない泣き声が怜子から(ほとばし)った。


「駄目、駄目、駄目ぇ⋯⋯!」


天を仰いだ怜子の喉が、酸素を求める様にひくついている。


もっと、怜子が千々に狂う様を見てみたいーーーその一心で身を(かが)めようとした時。

ぐい、と有無を言わさぬ力で体を押し返された。


「これ以上は、本当に、駄目⋯⋯」


肩で息をしながら、怜子が疲弊した面持ちで口ごもる。

とんでもない事をしでかしてしまった、と気づいた美夜はシーツの上に居住まいを正した。


「大変失礼いたしました。その、何だか怜子さんがいつになく愛くるしかったもので、ええと⋯⋯」


しどろもどろの言い訳の合間に、怜子の唇が美夜の耳元へと寄せられる。


「―――果てるなら、美夜の中でと決めているのだもの」


香霧(こうむ)の如き吐息を耳孔に注がれ、うなじがぞくりと粟立った。

艶めいた眼差しをそのままに、怜子が熱の籠った口調で語りかける。


「私をここまで惑溺させた月影は、美夜を置いていないわ。愛しているの、美夜。だから、私にあなたを頂戴」


怜子は求めてくれている。


美夜という月影の体だけでなく、大切に守り続けてきた心も、全部。

こんな幸せは、人生に幾つも無い。


明月のきらめきを背に、美夜は答える。


「魂だってあげます。怜子さんなら」


暗い夜の中で互いに光を与え続けてきた太陽と月の二人だから。

これからも運命を分かち合う、対の日月であるから。

美夜の全てを、怜子に捧げたい。


「ありがとう……」


御空の星辰(せいしん)の様に美しい怜子の涙が、夜に光った。


相愛の二人は、どちらともなく口づけを交わしていた。

我を忘れて互いを求め合う激しさではなく、慕わしい伴侶に対する穏やかな優しさがそこにはあった。


静かに唇を合わせたまま、美夜の体は丁重に夜床(よとこ)の上へと横たえられる。


待ち受ける瞬間に、心臓が早鐘を打ち始める。


これから、自分は怜子と(つが)うのだ―――


「手を、握ってくださいますか」


片手が空いたままでは、何がなし覚束ない。

心細い気持ちを埋める様に腕を差し伸べれば、怜子の指がしかと絡められる。


相変わらず彼女らしい、硝子細工の様に冷たい手。

しかし、そこには命あるものだけが持つ愛の温かさがあった。

夜の中でも定かなぬくもりに、不安は消え失せた。


繋いだ手と手。結んだ心。

何があっても決して破れぬよすがに、美夜は覚悟を決めた。


死ぬ事さえも怖くない。


おもむろに広げた脚の間に、怜子が自身の体を滑り込ませる。

深山(みやま)へ分け入る如く、柔らかな(もも)の内側が触れあう位置まで膝行(いざ)る。


儀式の様に長い呼吸の後、愛日の瞳が美夜を眺め下ろす。


「―――いくわよ」


その宣言に続いて、怜子が自身の尖頂を美夜の秘窟(ひくつ)にあてがう。


鋭敏な粘膜に触れる熱さに目を見開く間も無く―――それは凄まじい衝撃を(もっ)て入ってくる。


「んんっ……!」


目も眩むばかりの疼痛と重みが美夜を貫く。


これが、雄の―――日輪の存在感だというのか。

体内を切り開く圧倒的な力強さに、為す術も無い。


未踏の女の路はあまりに狭く、強ばっている。

おまけに、小柄な美夜のそこは人よりも小作りに出来ていた。


窮屈な肉の襞を裂かれる痛みは計り知れない。

月影として初めて享受する破瓜(はか)の苦しみに、美夜は歯を食い縛った。


「やっぱり、痛むのね。お願いだから、無理はしないで。美夜につらい思いをさせたくないのよ」


伴侶の苦痛がまるで自分のものであるかの如く、怜子が訴える。

だが、美夜は怜子の哀願に頑是無く首を振った。


「してください。最後まで……」


喪失の痛みなど、物の数ではない。

怜子をこの身に受け入れる為ならば。


ひとかたならぬ美夜の決意が分からぬ彼女ではなかった。


「良いわ。―――でも、どうしても我慢できなかったらすぐに言うのよ」


新妻のなだらかな脇腹を掴み、怜子は少しずつ腰を進めていく。

流した蜜の助けもあって、ゆっくりと怜子が美夜の中に収まっていく。


閉ざされた女の園を、天を()く様な玉茎が開いていく。

美夜は浅く呼吸しながら、シーツを掴んで無心に(こら)える。


やがて、体の奥でこつりと何かが当たる感覚があった。

その時、たわやかな二つの胸は完全に重なった。


怜子の弾力に富んだ隆起が、大福の様にふんわりとした美夜の膨らみを(くぼ)ませる。


「よく頑張ったわね。もう、全部入ってよ」


美夜の汗ばんだ頬に、軽やかな音を立てて怜子が口づける。

言葉を介さずとも、一分の隙も無く美夜を満たした熱塊は雄弁にその存在を物語る。


安堵の息が、長くたなびいた。

かけがえのない女性(ひと)と、ようやく一つになれたのだ。


ただただ、美夜は途方もない充足感に酔い痴れた。

何と幸福で、安らいだひと時なのだろう。


愛する人と情を交わす事が、これほどまでに(こころよ)いものであろうとは。


「……っ、美夜の中、私をすごく締め付けてきて―――」


眉間に悩ましく皺を寄せ、辛抱ならぬとばかりに怜子が呟く。

やっと手に入れた日輪を離すまいとするかの如く、美夜の隘路(あいろ)はこれ以上なく怜子を圧迫していた。


快楽の夜露とは異なる清純な血が、脚の間から流れるのを感じた。

けれど、それさえも二人が結ばれたという(よみ)すべき証である。


「まだ、痛んで?」


途切れ途切れの呼吸の間合いに、怜子が尋ねる。


「ほんの少しだけ」


「なら、しばらくこのままでいましょう」


繋がったまま、怜子が美夜の体を抱き寄せる。

美夜を包み込む柔肌の滑らかさが、繭の内側にいる様な安息をもたらす。


曇りなき月光を真白く跳ね返す背中に、美夜はこれ以上ないほどかたく腕を回した。

月のみが二人を見守る夜の静寂の中で、重ねた肌から伝わる互いの鼓動だけが響く。


夜に出逢い、夜を生きた二人は、約束された夜に結ばれた。


永遠(とわ)に同じ夜を生きると誓った相手だけを瞳に映し、夫婦は至福の笑みを交わす。

その一瞬は幾千の星明かりにもまさって、燦爛(さんらん)と二人の心を照らした。


いつしか美夜の隧道(ずいどう)はほぐれ、痛みも和らいできた。


怜子の若竹は、すっかり美夜のあわいに馴染んでいる。

静止したままであっても、花開いた柔肉は熱杭が脈打つのをありありと感じる。


「……っ、もう、動いても、平気そうね……」


青白い月を仰ぐ虎の様に、怜子が上体を起こす。

彼女自身が美夜の中を前後し、凹凸(おうとつ)のある雌肉を擦られる動きにいやらしい声が出てしまう。


「あっ、や、ひあっ、あんっ」


こんなに甘い声音が、自分の中に潜んでいたなんて。


「美夜のここ、すごくあつくて、やわらかくて、溶けてしまいそう―――」


怜子の酩酊した目つきは、人を桃源郷へと引きずり込む媚薬に耽溺する人そのものだった。


根元ぎりぎりまで引き抜かれたかと思うと、叩きつける様に奥を穿(うが)たれ、脳裏に閃光が散る。

繰り返し押し寄せる愉悦の波に、美夜はただ声を上げて悶えた。


「ああ、あっ、ああっ!」


怜子の抽送は次第に速さを増していき、快楽に没頭する二人の息づかいもぴったりと合ったものになっていく。

年代ものの寝台は、若い夫婦の動きにギシギシと嵐のさなかにある様な音を立てた。


「はっ、あっ、ん」


ソプラノの様に澄んだ喜悦の声が、怜子の形の良い鼻から抜けていく。


幽玄な瓜実顔を縁取る断髪。玉の様に散る汗。誘う如く上下する二つの麗しい膨らみ。

月下に踊り狂うニンフの様な恍惚の表情を、美夜は美しいと思った。


彼女の中で日の出を見た本能が、怜子という日輪を目も潰れるばかりに煌々(こうこう)と輝かせる。


「れいこさん、れいこさん、れいこさん―――!」


(くすぶ)る彼女への慕情がその名となって、続けざまに放たれる。


欲し続けてきた対の日輪を得られた歓喜を抑えられない。

ふしだらなよがり声を垂れ流しながら、腰を揺らすのを止められない。


誰に教わった訳でもなしに、この体はまぐわう方法を()っている。

喉が枯れるまで喘ぎ、怜子の体に脚を絡ませ、ひたすら交わる事を。


それが月影としての天性ゆえであろうとなかろうと、些末な事である。


日輪が、怜子が欲しくてたまらない。

二度と引き返せないくらいの逸楽の果てへ、彼女と()ちてゆきたい。


「れいこ、さん、もっと、ぉ……」


呂律(ろれつ)の回らない美夜に、怜子が眉をひそめる。


「なんて、(みだ)りがわしい顔してるのよ―――」


困惑と情欲の混じり合った彼女の瞳に映った自分に、美夜は我が目を疑った。


陶然(とうぜん)と蕩けた(まなじり)

銀の糸を端から伝わせる半開きの口元。


交合に淫する、雌そのものではないか。


「他の日輪に、そんな顔見せたら、絶対に許さなくっ、てよ……!」


かく言う怜子も、雄の独占欲とやり場の無い嫉妬を隠そうともしない。

それを美夜に分からせる如く、怜子が(したた)かに彼女自身をねじ込んでくる。


「がっ、あっ!」


子壺の入り口をこじ開けられる様な一突きに、脳天まで(えぐ)られる。

意識を手放しかけながらも、美夜は紙一重のところで言葉を形作った。


「れ、いこさん、だけ、です」


「あたりまえ、じゃない。私しか、受け入れられない体にしてやるんだから―――」


息も絶え絶えとなった美夜の頭の横に手を置き、怜子は荒々しく欲望をぶつける。


じっとりと汗に濡れた柔肌のぶつかり合うリズム。

どちらのものかも分からないくらいに秘泉から溢れた蜜が、淫らに鳴り響く旋律。

加わる嬌声の二重奏。


性愛のシンフォニーは、終わる事も知らずに夫婦の交わりを彩り続ける。


「ひゃ、ああ、あっ、れいこ、さんっ、あっ」


月蝕(発情期)でもないのに、美夜の体はどこまでも熱く燃え、日輪を呼び込む。

月影の誘惑香(フェロモン)が無くとも、互いを渇求するリビドーの渦からは逃れられない。


「愛しているの、美夜。他の誰よりも、あなただけをっ……!」


怜子の思いの丈は、絶え間ない律動となって美夜を突き上げた。

惜しみなくぶつけられる、あまりに凄絶な愛に目眩がする。


強い快感を憶えた(はら)の境目を立て続けに穿たれ、がくがくと全身がのたうつ。

あえかな若芽を弄られたり、浅瀬をくすぐられるのとは別格の愉楽が迫ってくる。


「ひっ、やっ、そこ、おかしくなっひゃ……!」


こんな法悦がなおも流れ込んできたら、壊れてしまう。

得体の知れない感覚が螺旋を描く空恐ろしさに、美夜は咄嗟に身をよじった。


「きちゃう、きちゃいます、すごいの―――っ」


未知なる快楽は美夜の全てを塗り替える如く、怒濤(どとう)の勢いで襲いかかる。

それは、突如として起こった。


極限まで高められた(よろこ)びが、限界を迎えて美夜の中で()ぜる。

春の嵐の様に、猛然たる絶頂が美夜の中を吹き抜けた。


「ああっ、あっ、ああああっ!」


慟哭(どうこく)にも似た甲高い叫びを発し、四肢(しし)の持てる力全てを出し切って怜子の体を押さえ込んでいた。


収斂(しゅうれん)する処女壁は、ひときわ強く怜子を締め上げる。


「んっ……!」


やにわに(せば)まった花筒に、怜子は悶える様に顔をしかめた。

頬の薔薇色が濃くなり、妖艶とも言える色香が淑女を淫らな娼婦の様に見せる。


「美夜、あなた達したのね……私の此処(ここ)、千切れてしまいそう―――」


美夜のとば口は(ゆる)む事もなく、随喜(ずいき)の涙を流して怜子を貪り続ける。

乳を欲しがる赤子の様にきゅうきゅうと吸いついてくる美夜の子壺に、怜子が苦しげに呻いた。


「もう、無理っ……!出してよ。美夜に、私の(たね)を―――」


オーガズムを越えた忘我を、美夜の体は求めている。


「下さい。れいこさんの、わたしの中に……!」


その願望は媚襞を擦られる愉悦を動かぬものにし、美夜に情痴の限りを尽くさせた。


「愛してる、愛してる、愛して、るっ……」


美夜の最奥(さいおう)だけを狙い、怜子は取り()かれた様に細腰を叩きつける。


そして、次の瞬間。


「うっ、あ―――」


低く喉笛を鳴らし、怜子が動くのをやめる。

雄茎はせき止めていた(ほとばし)りを、どうっと美夜の中に吐き出した。


「あっ……はっ……」


放心の息をついて、美夜の手足はゆるやかに弛緩(しかん)していく。


あまりに熱く粘った精の広がりに、(はら)を焼かれている様だ。

それでも、美夜の子壺は初めて味わう濃い命の(もと)を貪欲に飲み干していく。


最後の一滴まで絞り出す様にわななく怜子の猛りに、美夜の愛襞は柔軟に(うご)めいて(こた)える。


待ち焦がれていたものをたっぷりと注がれた感触に、満たされた、と思った。


衰え知らずの若茎をそのままに、怜子の体は力を失って美夜の上へと倒れ込む。

ようよう呼吸をしつつ、二人は夢うつつの眼差しを互いに向けた。


情事の余韻に火照る怜子の(おもて)に、花の様な笑みが咲く。


「愛していてよ、美夜。他の誰よりも」


慈しみの囁きに返す言葉は一つだけ。


「私も、愛しております。―――貴女(あなた)


傾慕する伴侶と、魂を込めて愛し合った事。

彼らを出逢わせた夜の中で、対の日月として結ばれたという事。


それを胸に刻む様に、二人は幾度も心からの抱擁(ほうよう)を交わした。


かくして、夫婦の初夜は更けゆく。




乳白色の微睡(まどろ)みから、美夜は目を覚ました。

未だ下りたままの夜の(とばり)の中で、体はぬるま湯の様な気だるい疲れに浸っている。


霧が晴れていく様に、視界は徐々に明らかになる。

すると、誰かが自分の顔を覗き込んでいた。


「ご機嫌はいかが?私の奥様」


カウチに横たわる絵画の中の貴婦人の如く、肘枕をした怜子が美夜に添い伏しているのだった。

美夜はきちんと寝間着を着せられ、怜子もシュミーズの上に瑠璃色のショールを羽織っている。


(つまび)らかでない夜半の小暗さの中でも、切れ長の瞳が愛おしさに細められているのが分かる。


「美夜の寝顔がひどくかわゆいものだから、つい見入ってしまったの」


羽根枕に敷かれた美夜の淡い色の髪を(すく)い、口づけを一つ。

ロマンティックな愛の仕草よりも、自分がいつの間にか眠りに落ちていたという事実に赤面した。


美夜はがばりとベッドの上に半身を起こすと、双手(もろて)で顔を覆う。


「申し訳ありません。怜子さんを差し置いて、先に寝たりして―――」


妻たるもの夫より後に床に()き、決して寝顔を見せる事の無いように。

初音から言い含められていた伯爵夫人としての心得を、新婚初夜にして早速破ってしまった。


面倒みが良く思いやりに溢れた姑の初音だが、妻のあるべき姿に関しては夫唱婦随(ふしょうふずい)の保守的な価値観を持っている。


「まあ、どうして?美夜の寝顔なら、どれだけ見ていても飽きないわ。一晩中だって、私は平気よ」


怜子が満面の笑みで言い切ってみせるので、美夜もつい頬が(ゆる)んでしまう。


「これからは、毎晩美夜の寝顔を見られるのね」


夫婦としての新たな幸せを心に抱く様に、怜子が感慨深く口にする。


「こうして、二人で身を寄せ合って朝まで眠って。また夜が来たら、一緒に寝て―――その繰り返し。なんて素敵なんでしょう」


人間が地上に産み落とされてから幾星霜、気が遠くなるくらいの年月に渡って行われてきた命の営み。

それは、遠い過去から遥かな未来まで、この世界に太陽と月のある限り続いていく。


人の生は束の間の短さであっても、一つ一つが夜空に輝く星の様に美しい。


「いつまでも一緒よ。私達」


美夜の手を取り、怜子が神掛けて誓う様に言う。


「はい」


例えこの髪が雪の様に色()せても、共白髪の睦まじい二人でいたい。


「だから―――美夜が、終生私のものであるとその身に(しる)したいの」


涼やかな怜子の瞳が美夜のつぶらな目を一心に見つめる。

美夜の心を射る陽光の眼差し。


(たお)やかな手に力が込もる。


「あなたを、私の(つがい)にしても良くって?」


(つがい)


日輪(アルファ)月影(オメガ)のみに生じる、原初にして最も強き絆。


うなじを日輪に噛まれる事により、月影の体は全く違ったものへと作り替えられる。

発情期の誘惑香は番となった日輪のみを魅了し、子も番が相手でなければ()せない。

そして、それは彼らの片割れが息絶えるまで破れぬものである。


月影にとって、番の契りを結ぶ事はその命を捧げると言っても過言ではない。


「単なる仕来(しきた)りだからとそれに従うのではなくて、私は美夜と運命を共にする為に―――同じ夜明けを見る為に、私の番にしたいの」


祝言の初夜に夫が妻を番にする事は、日の本の国の古くからの習わしである。

心が通わないまま、家の為に自分の子を産ませんと本能の鎖で月影を縛ろうとする日輪は少なくない。


けれど、怜子は違う。


月影である前に、自分と同じ人間として美夜を見てくれている。

その上で、二人の命を一つにしたいのだと乞うている。


慈しみに溢れた愛日の怜子であるから、美夜も彼女に惹かれたのだ。

静かにも明朗な微笑を浮かべ、淡月は愛日の手を握り返した。


「何処までもお供いたします。怜子さんの番として」


怜子は美夜の太陽であり、美夜は怜子の月である。


美夜は寝間着の襟首をくつろげ、淀みなく月影の証である首輪を外す。

背中に波打つ髪を肩へと流すと、危ういばかりに白く、か細い首筋が現われる。


目の前に差し出されたまっさらな(うなじ)に、怜子が生唾を飲み込む音がした。

首輪をしていない姿を改まって怜子に見せるなど、初めての事である。


裸の首筋に、冷涼な夜風が染みてくる。

しかし、怜子の燃ゆる唇の肌触りに小さく肩が跳ね上がってしまう。


その肩を優しく押さえ、怜子が慰撫する様に呟く。


「なるべく、痛くない様にするわね」


「はい……お願いいたします」


怜子の唇が、美夜の柔肌を撫ぜる。

そして、粒の揃った皓歯(こうし)が迷わず項へと突き立てられた。


「あっ……!」


針で刺された様な、鮮烈な痛みが走った。


しかし、それさえ霞ませる感覚が産声を上げる。

火酒を一息に飲み干したかの様に、血という血がぐらぐらと煮えたぎる。


よろめいた美夜の体を、怜子がすかさず抱き留めた。


理屈などでは解き明かせない変化が起こっているのを、美夜は本能で感じた。


呼吸が体に酸素を行き渡らせる間にも、細胞の一つ一つが作り替えられていく。

怜子の為に生きる月影として。

彼女の遺伝子が美夜のそれと交わり、新たな形へと昇華される。


疫病(えや)みの様にわななき、苦しい呼吸に胸を上下させる美夜を、怜子がひしと抱く。


「私がいてよ」


情け深い彼女の声に、背中に回された腕に、触れあう体温に。

美夜の中になだれ込んだ怜子が呼応し、安閑としたハーモニーを生む。


思い出のセレナーデの様に。


体からは、徐々に震えと熱が引いていく。

やがて、夜に静寂が戻る。


ややあって顔を上げた美夜は、嬉々として怜子に語りかけた。


「なんて清々しいのでしょう―――まるで、生まれ変わったみたい」


それは(めずら)かにも懐かしい、得も言われぬ至福の境地であった。

神から(たまわ)ったみ恵の様に、敬虔な喜び。


月は、満ちた。

対の日輪の清き光明を受けて。


こうして、美夜は身も心も怜子のものとなったのだった。


壁に掛けられたアンティークの鏡で首筋を確認すると、怜子の歯形がくっきりと残っている。


未だ血の(にじ)んだ傷痕は、どことなく痛々しい。

美夜には名誉の負傷であるが、こればかりは首輪でも隠しきれない。


「しばらくは、首を隠せる服でないと―――明日は、おたあさまに(あつら)えて頂いたハイネックのワンピースにしようかしら。明後日は……」


妻が服の着こなしに呻吟(しんぎん)する間にも、怜子は愛おしげに自身のつけた噛み跡を撫でさすっている。


「隠さずとも構わなくてよ。私達が結ばれた事を、皆に見せつけてやれば良いじゃない。特に、美夜の魅力に心動かされかねない日輪達にね」


「……前から思っていましたが、怜子さんって結構なやきもち焼きですよね」


鏡越しの美夜からの呆れた眼差しにも、怜子は何食わぬ顔ですましている。


「そうよ、これが清小路怜子という日輪だもの。美夜は、こんな嫉妬深い私は嫌い?」


怜子があまりに悪びれもせず堂々としていて、くすりと笑いが飛び出す。


「いいえ、大好きです」


気高い淑女である怜子も、妙に子供っぽい怜子も、みんな好きだ。

これからは、誰よりも近くで色々な彼女を見られる。


「私だって、この世の始まりからの全ての夜を合わせたくらい美夜が好きよ」


彼女の腕の中に、背後からすっぽりと包まれる。

鏡に映る自分達を、二人は幸福な一瞬を切り取った写真の様に眺めていた。


その時、一閃の光が銀の水面の様な鏡に反射する。

二人は揃って、背後のバルコニーの方を振り返る。


窓の向こう側に広がる空は、いつとはなしに白み始めていた。

朝ぼらけの薄明が、沈黙の闇に留め置かれていた室内を(あお)く切り抜く。


怜子が美夜の肩にショールを羽織らせ、連れ立ってバルコニーへと出た。


有明の月と星々が、長い夜の名残の様に淡く残る(あけぼの)の空。

遠い山々の稜線(りょうせん)を縁取る幻の様な(すみれ)色は、天高く昇るにつれて目の覚める様な群青色へと変わっていく。


その下に、今しも眠りから覚めようとする(あかつき)の都、東暁(とうきょう)が広がっている。


「夜が、明けるのね。―――やっと」


清浄な朝の風に断髪をそよがせ、怜子が彼方の空へと目をやる。

身を引き締まらせる様な涼気は、間違いなく夜明けのそれだ。


新たな一日と共に、二人の人生も黎明の今に始まろうとしている。

どれほどの歳月、この瞬間を待ち望んできただろうか。


今しも生まれたばかりの様な暁の太陽が空を割る。

熱い感涙に潤む美夜の眼を、燦爛たる光明が射る。


全ての生の源である(あま)つ日は、東雲(しののめ)の晴れ空を朝焼けに染めていく。


「泣いているの、美夜?」


気遣わしげな怜子の言葉に頷けば、金色(こんじき)の雫が舞い落ちる。


「―――もう、夜明けが来てもお別れしなくて良いのですもの」


「……そうね」


崇高な暁光(ぎょうこう)に照らされた怜子の顔が、幸福に笑み崩れる。

美夜も、怜子と生きる明日への希望に溢れた微笑みを返す。


二度と離さない手を繋ぎ、彼らは黎明に立つ。


愛しき人の肩に頭を預けながら、美夜はいつまでも(あさひ)の輝きを瞳に焼き付けていた。

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