ヘイ・ブラザー!(1)
よく晴れた、日曜のお昼前。
私は暖かい日差しを全身に受けながら、マユさんのマンションに向かっていた。
いつもなら会社帰りの金曜夜と土曜は泊まっているんだけど、今週末はライカさんの新曲を録音するらしく、おとなしく帰っていたのだ。
マユさんから「終わったー、おいでー」という連絡が入ったのは今朝になってからのことで、きっと今頃は寝ているんだろうと思う。
ちなみに私は『ADZ珈琲』に立ち寄って、焼きたてのクロワッサンとホット珈琲をテイクアウトで買ってあり、このあと愛でられるための下心も抜かりない。
今から半日だと部屋でゆっくりするだけだろうけど、それでも私は幸せなのだ。
そもそも週末は、ほぼマユさんの部屋にいるわけだし、そろそろ本当に同棲か……などと考えていた時だった。
「わわっ!」
急に視界の右側から男の人が、声を上げながら派手に躓いて現れる。
男の人はそのまま大きく体勢を崩し、私の目の前に「びたーん!」と倒れると……
「あぁ……あぁぁ!」
右手に持っていたスマホが道路に転がり落ち、見事なタイミングでトラックが踏み潰した。
平和な日曜の昼間から、実に衝撃的な光景に出くわしてしまった。
男の人は転んだままバキバキに割れたスマホを回収し、ショックを隠しきれない表情でスマホの状態を確認する。
「なにも映らない……」
がっくりと肩を落とし座り込む姿が、哀愁たっぷりだ。
年齢は私より少し下、大学生っぽく見える。
爽やかなツーブロック刈り上げで、デコ出しショートヘアがよく似合っていてかわいらしい。
シンプルなモノトーンコーデも、清潔感があって好ましい。
よく見れば、クール系のイケメンだ。
「だ……大丈夫ですか?」
こんな目の前で転ばれると、声をかけないわけにもいかないだろう。
「あ……ごめ……」
男の人は、自分が道を塞いでいることに気づき、慌てて立ち上がる。
同時に私の目線が、一気に上を向いた。
すごい高身長だ。
パッと見ても、百八十センチ以上はありそうだ。
顔も綺麗に整っているし、さぞやおモテになることだろう。
「とりあえず、お土産は無事みたい。よかった」
男の人は左手に持つ紙袋の中身を確認しながら、安堵の息をつく。
どこかに、お土産を持って行く途中だったのかな?
「スマホは……死んじゃった……」
悲しげに、ボロボロのスマホを見せてくる。
マジで、可哀想で面白い。
「地図アプリ見ながら歩いてたら、看板に足をぶつけちゃって……」
「あぁ〜……危ないですよね。イヤホンとかにして、音声で移動した方がいいですよ」
マユさんもたまに歩きスマホをするので、ぶつからないように私が手を取って舵取りをしている。
あれは本当に良くないんだけど、私は引っ張ってもらっている身分なので、それくらいは貢献しておきたいのだ。
「まいったなぁ、ほんとに……」
紙袋を見ながら、再び項垂れる。
あぁ……このままじゃ、目的地に辿り着けないってことか。
まぁ私も、この辺の地理に詳しいわけじゃないんだけど。
「どこに、行こうとしていたんですか?」
一応は聞いてみた。
私のスマホで目的地までの道のりを、検索してあげてもいいだろう。
「あぁ……えっと、たしかメモが……」
慌ててポケットを探り、メモを探し始める。
どこからともなく溢れ出る、天然のポンコツ感。
クールなイケメンで、可愛いポンコツとか……全女子の好みではないのか。
そのまま真っ直ぐに育つんだぞという、謎のお姉さん的思考が生まれてしまう。
「あ、あった、ここなんだけど!」
思わずクスクスと吹き出してしまいながらメモを受け取ると、偶然にもそこは私のよく知っている場所だった。
「あぁ……うん……えっと……じゃあ、よかったら一緒に行きましょうか?」
「いいの? ほんとに!」
ぱっと見せる屈託のない笑顔が眩しくて、彼の人柄の良さが滲み出ているようだった。
「悠斗です! よろしくお願いします!」
「えっ、下の名前なの?」
「あ……あぁ、たしかに……普通は苗字からだ!」
照れくさそうに笑う。
天然の人たらしだな〜この子。
「私は夕璃。よろしくね。」
私が頬を緩ませながら頷くと、悠斗くんは勢いよく頭を下げるのだった。




