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【完結済】あなたが、ユリを望むなら。  作者: Ni:
あなたが、ユリを望むなら。3【アフターストーリー】
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ワールド・コミット!(4)

 千弥さんのブースに並んでいた列が落ち着いたのは、それから一時間くらいあとのことだった。

 並んでいた人の大半は、最初から千弥さんの本を目的としていたようで、購入後は次のブースへと足早で移動して行った。

 きっと目的のブースを回るための移動ルートを、予め決めていたのだろう。


 観察していると、色々と見えてくることがある。


 親しげに話し込んだりする人は、きっと仲の良い友達だ。

 軽く挨拶をしながらも、少し距離感のある対応をしているのは、出店者仲間のようだ。

 見るからに初対面で、それでもぎこちなく会話している相手は、面識のないファンといった感じだろう。

 様々な来客者に対し、同じ笑顔で応対する千弥さんを眺めていると、改めて彼女のコミュ力の高さが窺い知れた。


「そろそろ、いいかな」


 マユさんが千弥さんのブースを眺めながら、ぽつりと呟く。


「そうですね。知人来襲の第二波がくる前に、行きますか?」

「まさに私らが、その第二波なんだけどね」


 マユさんは頷くと私の手を引っ張り、そのまま千弥さんのブースへと近づいた。

 千弥さんは本の在庫を確認しているのか、机の下を見ながらゴソゴソとしている。


「よぅ、チャコ〜。売れてる〜?」


 おぉ、チャコ呼ばわり。

 たしかマユさんって、千弥さんのこと「葵さん」って呼んでたような?

 クリスマスの一件で、さらに仲良くなったのかな。


「あ、は……ぃ……へ?」


 千弥さんが間抜けな返事をしながら、目を丸くして見上げてくる。

 突然現れた職場の人間を目の前にして、驚きのあまり言葉が出ないようだ。


「千弥先輩、お疲れさまで〜す」

「おぉ〜、すごい。三冊も出してんじゃん」


 まだ、返事は返ってこない。

 何度も目を、パチパチと瞬かせるだけだ。


「な、な、な、なんで二人が、こんな所に居るのでゴワスか!」

「チャコ、口調おかしくなってるよ。それに、ゴザルじゃなかったっけ?」

「く、来るなら来るって言ってくれないと、拙者も女子ゆえ、色々と困るでゴザル!」


 ワタワタと在庫を片付けながら、焦りまくる千弥さん。


「なんだ、女子って。別に困ることないでしょ。こういうの参加してるって、前から聞いてたし」

「そうじゃなくて、突然部屋に来訪されたら、性癖ダダ漏れな薄い本が置いてあって、見られて恥ずかしいでゴザル的な、アレが今、ジャストナウに、パニクルーなワケでして!」


 あの千弥さんが、見たことのないバグり方してる。

 確かに何も言わずに来たから驚きはするだろうけど、ここまで焦るものなのかな?

 

「なに言ってんのよ。お〜、格好いいじゃん。これ全部、漫画なの?」


 そう言ってマユさんが、一冊の本を手に取る。

 黄色いスクーターに乗った千弥さん似の女の子の絵が表紙になっていて、『Chaco! 女ひとり、ヴェスパで気ママに近場旅!』というタイトルの本だ。

 隣に並べられたもう一冊の本は、大きなグリーンのバイクに跨る千弥さん似の絵で、タイトルは『Chaco! 女ひとり、ニンジャで週末ロンツーの旅!』となっている。

 どうやら、この二冊がメインの作品らしい。


「あ〜なるほど、自分のことを漫画にしてるのね。コミックエッセイって感じ?」

「そ、そ、そうでゴザル」


 なにをそこまで焦っているのか、千弥さんは異常なまでにキョドりまくっている。

 コミックエッセイってことは、自分のバイクや装備とか紹介しつつ、面白い旅の内容を漫画にして紹介してるってことかな。

 スクーターのヴェスパは気軽な近場の旅、排気量の大きいニンジャは遠くの旅という区分で、それぞれ別の漫画にして描いた訳だ。

 絵も上手いし、バイクに乗らない私でも、普通に面白そうだと思ってしまう。


「で、新刊ってのはコッチ?」


 二冊の本から少し離れた場所に置いてある、少し大きめの薄い本。

 そこには『新刊』と『完全趣味本』と書かれている。

 

「なんかこの二冊とは、随分と扱いが違う感じだけど……」

「そ、そ、それはでゴザルな。この島は『エッセイ』の島でゴザって、その漫画は、まるでジャンルが違うのでゴザルよ」


 いよいよ、挙動が怪しくなってきた。

 ふーんと言って、マユさんが本を手に取る。

 横から覗き見てみると、二人の女の子が肩を寄せて座っている可愛い表紙だ。

 タイトルは文字が小さすぎて、よく見えなかった。


「あ、あ、あ、あ、あ、あの、それ、その、R18指定のものでして、あまり見ないでほしいというか!」


 千弥さんが手をワキワキとしながら、本を取り上げようとする。

 R18ってことは、エロいのか。

 確かに自作のエロい漫画を知り合いに読まれるのは、恥ずかしいかもしれない。

 しかしマユさんは気にもせず、ペラペラとページをめくっていき、やがて……


「あ、あんた、まさか……」


 マユさんの顔が、みるみる赤くなっていく。

 そして、小刻みに震え始めた。


「ひぃぃぃ、ごめんなさいでゴザルですぅ!」


 いったい何の漫画なのか気になってしまい、私も手に取ってページを捲り始めた。

 そこには黒いショートヘアの大人びた女性と、眼鏡をかけた女性のオフィスラブ(完璧R18)な漫画が載っていた。


 ……そう。


 明らかにモデルが、私とマユさんなのだ。


「ほ、ほんの出来心だったんでゴザルぅ! とある夜に、今頃二人がエッチしてるんだなぁって想像してたら、なんか気持ちよくなってきちゃって、じゃあ〜絵にして描きたくなってしまうじゃないですかって感じでゴザって!」

「あ……あ……アホなの、アンタ。こんな所で、変なこと口走んな!」

「うえぇぇ」


 このやり取り、見てて面白いんだけど、私も当事者である。

 とりあえず、細かいところまで目を通してみる。

 内容的には架空の話と設定で、オフィスラブ中心のエッチな百合漫画のようだけど……


「千弥さん。名前が、マユとユリなんですけどー」

「うぇぇぇ、感情移入できて、想像してたら気持ちが良かったんで、つぃぃぃ!」

「気持ち良いとか言うな!」


 マユさんが手に待った百合本を丸めて、ペシンッと千弥さんの頭を叩く。


「とんだ痴女で、ゴメンなさいでゴザルぅ! あ、丸めると売り物にならないので、それはお買い上げでゴザル」

「ぐ……」

「真由美先輩、八百円のお買い上げ、あざまるサンキューでゴザル」


 ウインクをしながら、お金を催促する。

 おぉぉ、つよー。

 さすが、千弥さん。


「わかったわよ。最初から全種類、買うつもりだったし」

「おぉ、良客、感謝でゴザルよ!」

「こ、こいつ……」


 笑顔の千弥さんに、マユさんが唇をヒクヒクとさせる。

 本当に強いな。


「私も買いますー」

「おぉ、夕璃ちゃんもアリガトー!」


 話しながらも、慣れた手つきでお釣りを用意し、本を可愛らしい包装紙で包み始める。


「ちなみに二人は、これ見て、ひとりエッチするのでゴザルか?」

「ほんとに、アホなの?」

「私の描いた二人のエッチな本を見ながら、ひとりエッチしてるのかとか想像すると、複雑すぎて、凄まじい餌の供給でゴザルよ〜」

「あ、こら、想像すんな!」


 つっよ。

 マジで、つっよ。

 あ〜あ、マユさんがドン引きしてるよ。

 マユさんは普通にエッチではあるけど、こういう方向のエッチではないからなぁ。

 ちなみに私はというと、案外平気だったりする。

 まぁ、漫画だし?

 内容も、想像のお話だし?

 名前もカタカナだし、私はともかくマユさんのリアルネームは真由美なんだし、まぁいいかってレベル。


「おい、これ会社の人に売ったりしてないだろーな」

「真由美先輩、目が怖いでゴザルよ。ヤンキーみたいでゴザルよ」

「売ってねーだろーな!」


 千弥さんが、つい〜っと目をそらす。


「おい、こら」

「いやぁ……一人、想定外の珍客がおりましてぇ。朝イチで、ニヤニヤしながら買っていかれたのでゴザルよぅ」

「珍客ぅ? 誰よ、それ」

「それがぁ〜そのぅ〜」


 言いにくそうにしながら、やがて観念した様子でボソッと続ける。


「矢代先輩……」


 へ?


 えぇぇぇぇ?


 マジ?


「何か販促物の現地納品で来てたらしくて……やっ、でも想像してみてください! それもまた見られてるみたいで、非常に良きなシチュじゃぁないですかぁ?」

「良きじゃねぇ、普通にキモいって! おまっ……ぜったい許さないかんな!」

「ひぃぃぃ、喋りがヤンキーでゴザル! それに、もう遅いでゴザルぅぅ!」

「こいつ……ユリも、なんか言ってやって!」

「あぁ〜私は見せつけたい派なんで、まぁ〜いいかなぁって感じです」

「アンタも、アホなのっ!?」

「お、さすがは夕璃ちゃん。今夜は新シチュで、燃えますなぁ」

「黙れ、変態!」


 人気ブースで取っ組み合いを始める二人を見ながら、私はお腹が痛くなるほど笑ってしまったのだ。

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