ワールド・コミット!(3)
縦一列に並べられた会議用の長机には、机ひとつにつき二組の出店者が割り当てられている。
出店者は各々が用意した販促物を用いて、個性豊かに色とりどりな売り場を作っていた。
その中で一際目立つブースを、マユさんがじぃーっと凝視している。
「うっわ、派手だなー」
私も呟きながら、とりあえず観察してみる。
机にかけられた黄色のテーブルクロスには、バイクに跨る可愛らしい女の子のイラストが、ディフォルメされて描かれていた。
イラストの横には、丸っこく可愛い書体で書かれた「Chaco!」の文字が大きく配置されている。
そうだ。
そこに座っているのは、千弥さんだった。
「っらっさぃませぇ〜。どうぞ、手に取ってくださぁ〜い」
いつものニコニコ顔で、接客をしている。
童顔ナチュラルボブに、革ジャン革パンという絶妙なギャップが可愛くてかっこいい。
あれはきっと、バイクに乗る時の格好だろう。
「なに売ってるんですかね?」
「たしかカタログには、漫画いろいろ……って書いてあったな」
「バイク関係ですかね?」
「あれ見る限り、バイク関係の漫画かなぁ」
よく見たら千弥さんの後ろにあるスタンドには、巨大なタペストリーと一緒にヘルメットが二つ掛けられていた。
やっぱり、バイク関係らしい。
「あのテーブルクロスの絵も、千弥さんが描いたんですかね? めっちゃ、上手くないですか?」
「あの娘、漫画家のアシ経験もあるらしいよ」
「うへぇ〜。みんな、色々やってるんだなぁ」
千弥さんはバイク女子で同人誌を作って売ってるし、マユさんは有名になりつつある歌い手だし、私は何もしてないなと考えてしまう。
私の趣味ってなんだろう。
今までの私は周りと同じことをして楽しんでいただけで、私だけの趣味というか、趣味を突き詰めた活動めいたものがない。
「私、なんもないなぁ」
目の前で生き生きとしている千弥さんを見ていると、少し羨ましくもあり、尊敬にも似た感情が生まれていた。
「ユリの中には、ユリがあるよ」
「なんですかそれ、意味わかんないですよ」
「何もなくはない。ユリの中には、面白くて可愛いユリがいる。それはこれまでユリが作り上げた、ユリにしかないアイデンティティーだよ。だいたい趣味なんてものは、映画でも、漫画でも、音楽でも、スポーツでも、ゲームでも、なんでもいいでしょ?」
「そうですけど〜、マユさんとか〜、千弥さんみたいな〜」
「何か一つに集中してもいいし、どれも程々にでもいいし。その人が好きなことしてれば、一番いいんじゃない?」
「そしたら私の趣味は、マユさんになっちゃいますけども」
「趣味が私?」
マユさんが、目をパチパチとしばたたかせる。
「これって趣味ですか? それとも依存ですか?」
「あぁ〜、まぁ〜」
目線を上げて、唸りながら言葉を探すマユさん。
でも私が今一番好きで、四六時中考えていたいことはマユさんなのだ。
「どっちだって悪くないと思うし……私的には嬉しいから、それが趣味でいいんじゃない? てか、そうなると、私も趣味がユリと同じになっちゃうんだけどね」
「じゃあ、同じ趣味ってことですか?」
「一番の趣味というなら、そうなるね」
ギュッと手を握られる。
その力の強さから、愛情の強さを感じられた。
「アンタ本当に、分かりやすくニヤけるよね」
「しょうがないじゃないですか、嬉しいんですから」
そういうマユさんだって、ちょっと頬赤いですけど?
はにかんでるし。
でも、それは言わない。
これは私にだけ許された、特権的な楽しみなのだ。
「ていうか、千弥さん……」
「うん。結構な人気だね〜」
そうなのだ。
千弥さんのブースには、早くも列が出来始めていたのだ。
「カタログに『新刊出します』って書いてあったし、これまでの活動で一定のファンがいるみたいね」
「なんかもう、千弥さんって色々すごいですね」
「いやほんと……あの娘は、すごいよ」
感心しながらも、少し嬉しそうな笑みを浮かべるマユさん。
とりあえず私とマユさんは、列が落ち着くまで少し待つことにした。




