バレンタイン・キッス!(3)
夜の観覧車は、ちょっと興奮する。
360度の雄大なパノラマからは、横浜ベイブリッジやパシフィコ横浜、みなとみらい21周辺の街並みなどが一望できる。
宝石をちりばめたような美しい夜景が、キラキラとしていて、トキメキが止まらない。
それは、それとして……
「なんで、隣に座るんですか?」
私の隣で、ガッツリ腕を組んでくるマユさん。
「観覧車は向かい合って座るって、言ってませんでした?」
「いいでしょ。そういう気分になるじゃん、こんなの」
うん、まぁ。
実のところ私も、そういう気分にはなっている。
いや……それにしても、絡めてくる腕の力が強すぎると思うのだ。
もの凄く、ぎゅーってされてる。
力の強さ=愛情表現なのかな?
「なによ?」
じーっとマユさんの整った横顔を見ていたら、半目で返してきた。
「マユさんって、たまに可愛いとこありますよね」
「なっ……」
マユさんが目を見開いて、金魚のように口をぱくぱくとさせる。
暗くて分かりづらいけど、顔がみるみる赤くなっている気がする。
訂正、たまにじゃない。
ちょいちょい可愛い。
「しょ、しょうがないでしょ! 高いところ苦手なんだもん!」
全然予想してなかった答えが返ってきた。
訂正、ずっと可愛い。
「あぁ〜だからロープウェイでも、やたら近かったんだ」
「そうよ」
なによ、文句でもあるの? って言いたげな顔だ。
文句なんてないですよ。
とりあえず、ひたすら可愛いですよ。
「あんなマンションに住んでて、怖いんですか? あそこ、七階ですよね?」
「あの部屋はお母さんの知り合いから、格安で借りてるの! ベランダとか決死の覚悟で出るんだからね!」
「そうなんですね〜。ほら、マユさん。外、すっごい綺麗ですよ〜」
「外……って、高いっ高いっ!」
どうやら、本気で怖いらしい。
足を細かくバタつかせて、私の首に抱きついてきた。
マユさんのいい匂いがする。
「なんか、風、入ってないっ⁉︎」
「あぁー、まぁー多少は……って言うか、なんで風?」
「なんか、高さを感じるの!」
「風で高さを感じるんですか?」
「肌でわかるの!キャァ、いま揺れた、揺れた!」
「大丈夫ですよ、落ちませんから」
うーん、重症だ。
面白い半分、ちょっと可哀想になってきた。
「じゃあ〜外を見ないでいいですから、違うこと考えましょう」
「違うこと?」
完全に抱きついているマユさんが、涙目で見上げてくる。
なにこれ、新しい。
あんまり見慣れない景色だ。
マユさんは視線を下げて少し考えた後、何か思いついたのか、バッグの中に手を突っ込んでゴソゴソとし始める。
そして、小さな箱を取り出した。
「はい、これ」
「何ですか、これ」
「チョコ。買ってきた」
「おぉー、いつの間に!」
「あんたが駅でトイレ行ってる時に、すぐ近くの店で売ってたから」
ふおぉぉぉっ!
チョコって貰ったら、こんなに嬉しいものなの?
そりゃ世の男どもが、欲しがるわけだ。
「せっかくなんで、食べさせてくださいよ〜」
「えぇっ?」
「気が紛れるじゃないですか?」
私の前向きな提案に、マユさんが渋々チョコをひとつ取り出す。
「あーん」
目を閉じて、口を大きく開けて待ち構えてみる。
少し間を置き……
「ん……」
思いっきり口を塞がれた。
もちろんキスで、だ。
驚いて目を開けると、さらにマユさんが口の中に何かをねじ込んできた。
コレって……チョコだ。
すごく長めのキスをされて、ようやくマユさんが私の唇を解放してくれた。
「どう?」
「ビターです。すっごいビター」
「私のキスは、甘くないでしょ?」
うっは。
漫画で見たことがある、一度は言われてみたい大人ヒロインのセリフじゃん!
普通に撃たれるんですけど!
「なんかでも、ユリのおかげで気が紛れたかも〜」
「めちゃくちゃ力技じゃないですか」
「ふふ。あぁっ、そっか!」
マユさんが何か閃いたのか、指をパチンと鳴らす。
そしてドヤ顔で、こう言った。
「男が観覧車でキスしたがるのって、こういうことか。つまり、高所恐怖症なのね?」
「絶対に違うと思います」
私は否定しながらも、真面目に答えたっぽいマユさんをみて、くすくすと笑ってしまうのだ。




