バレンタイン・キッス!(2)
「何気に初めて乗るわ、これ」
「実は言うと、私もです」
横浜エアキャビンはロープウェイとはいうものの、そんなに高くはない。
それでも汽車道に沿うようにして『横浜ランドマークタワー』から『みなとみらい』まで、空中を移動しながら一望できるのは中々に楽しい。
都市型ロープウェイって山とはまた違った楽しさがあるので、もっと作ってほしいと思う。
それにしても……
「なんで隣に座るんですか。こういうのって、向かい合って座りません?」
「進行方向を見たいでしょ? 向かい合うのって、観覧車じゃないの?」
「あぁ……それは、そうかも」
それにしても、ピッタリとくっついてくる。
腕も絡ませてくるし……これって、もしかして……
「何ですか、マユさん。キスでもしたいんですか?」
「……なんで、そうなるのよ」
「ひっついてくるし、顔も近いですし。観覧車とか乗るとそういうのしたがる男、いるじゃないですか」
「そういうのと、一緒にしないでほしいわ」
あっ、ムッとした。
ちょっとヤキモチも入ってそうで、嬉しかったりする。
「ちなみに私は〜されてないですょ〜?」
「別に妬いてないし」
妬いてる、妬いてる。
なんて分かりやすいんだろう。
素直すぎて可愛い。
「もぅ、冗談ですよ。はいコレ」
笑いながら、バッグに忍ばせておいた小さな袋を取り出す。
「なにそれ」
「バレンタインです。どうぞ」
目を丸くしながら受け取るマユさん。
「一応、手作りです。女同士だと、どっちが渡すのか分からなかったんで、とりあえず私から」
「あ……ありがと」
驚きながらも、大事そうに受け取ってくれた。
心なしか嬉しそうに見えなくもない。
「え……ごめん。私、用意してない……」
「いいですよ〜。女同士だとこういうイベントって、どうすればいいのか分からないですし」
「ダメだよ。いや、私がダメだ」
「なんですか、そんな顔しないでくださいよ」
本気で凹んでいるマユさんを見て、思わず吹き出してしまう。
本当に真面目だなぁ。
そういうとこも、好きなんだけど。
「バレンタインとか縁がなさすぎて、すっかり忘れてた……」
「ブルームーンPの時は、どうしたんですか?」
「あいつ、チョコアレルギー」
「うわ……なんか、いかにもですね」
「そんなこと、どうでもいい……私、やらかしたぁ」
めっちゃ、頭抱えてる。
そこまで落ち込むかなー。
「私なんて手作りで用意したのに、持っていくの忘れたことありますよ」
「それはそれで、ユリっぽいっ」
あはは、と大ウケするマユさん。
つられて私も、笑ってしまう。
「ほら着きましたよ。とりあえず、赤レンガ行っときましょー!」
「おっけー。混む前に行っちゃおう」
私とマユさんは二人で拳を振り上げ、デート開始の狼煙をあげる。
まずは赤レンガで雑貨やインテリアショップを楽しみ、その後は、大さん橋客船ターミナルのデッキで手を繋いでお散歩。
さらに山下公園を通って中華街まで歩き、そのまま昼食。
その後は『みなとみらい線』でクイーンズスクエアまでもどり、ぶらぶらお店を見て、お茶をして、コスモワールドへ。
一通り絶叫アトラクションを楽しみ、最後に残るは大観覧車のみとなった。
時間はすでに、午後八時をまわっている。
夜景を見るには良い時間だと思う。
「観覧車とか久しぶり〜。マユさんは、どうです?」
「久しぶりどころか、いつから乗ってないか分からないレベル……」
なんだろう。
観覧車を見上げるマユさんの表情が、心なしか緊張しているようにみえる。
「よし、さっさと乗っちゃおう!」
急にマユさんが私の手を取り、引っ張り出す。
一方の私はというと何か違和感を感じながらも、マユさんに黙ってついていくのだった。




