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【完結済】あなたが、ユリを望むなら。  作者: Ni:
あなたが、ユリを望むなら。1

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クロワッサン・キス!

「うぅ、寒いー」

「あぁー。なんか、アウターもってくりゃ、よかったねー」


 とか言ってるけど、マユさんはちっとも寒そうにしてない。

 実に堂々とした姿勢で、踵を鳴らして歩いている。

 ちなみにマユさんは黒のスキニーパンツに、グレーのダボついたロング丈パーカーだ。

 痩せてる人が着ると、めっちゃ可愛いカッコいい。

 あと、フードにレースがあしらわれていて、めちゃ可愛い。

 かっこいい系クール美人顔で、この着こなしはズルイ。


「どこ、行くんですかー?」

「朝はねー、ADZのコーヒーって決めてんの」

「ADZ?」

「ほら、そこよ」


 マユさんが、顎をクイとあげて目的地を示す。

 その先に視線を向けると、ビルの角地に『ADZ珈琲』と書かれた木の看板が目に入ってきた。

 ちょっと今風にした、小綺麗な純喫茶って感じだ。

 入り口はガラス張りになっていて、店の中では店員が珈琲をサイフォンで淹れながら、大きなオーブンからバットを取り出していた。


「ここね〜朝は、珈琲に焼きたてのクロワッサンが付いてくるの」

「へぇぇ、焼き立てクロワッサンとか、高まるぅー!」

「そうでしょう、そうでしょう。この焼きたての甘いにおいが、たまんないのよねぇ〜♪」


 何故か得意げなマユさんはおいといて、たしかに良いお店だ。

 店内に入ると、いっそうクロワッサンの香りが強くなった。

 わずかに感じる珈琲の香りも、脳を刺激してくれる。


「モーニング、ホットで。二階の窓際、二人。いい?」


 マユさんがカウンターのイケメン店員に声をかけると、爽やかな笑顔でどうぞと返してきた。

 今の暗号のような短いやり取りで通じるあたり、常連のお客様なんだと感じ取れる。


 金色の手摺りが素敵な螺旋階段を登っていくと、二階に到着する。

 二階にもカウンターがあり、そこではイケオジが珈琲を淹れていた。


「あそこ、窓際行ってて」


 マユさんは私にそう言うと、そのままイケオジのところに行き、何かを話し始める。

 どうやら既に一階からオーダーは届いているらしく、すぐに珈琲を淹れてくれたようだ。

 カウンターの奥には小さなステンレスの扉があり、少し大きめの音が鳴るとイケオジが扉を開けた。

 中は小さなエレベーターになっているらしく、焼きたてのクロワッサンが取り出されていた。

 しばらくするとマユさんが、珈琲とクロワッサンを運んできてくれた。


「んふふーふふー♪」


 マユさん、鼻歌まじりでかなり上機嫌だ。

 よほどこのルーティーンが、気に入っているのだろう。

 というか、鼻歌ですらいい声だと思う。


 ……あれ?


 これ……ブルームーンの曲だ。

 しかも、ライカさんが歌ってた曲。

 なんだぁ〜マユさん、ライカさんの歌、知ってるんじゃん。


「ん?」


 どうしたの、と顔を覗き込んでくる。

 左目の泣きぼくろが近づき、なぜだかドキッとしてしまう。

 いやいやいや、私にそっちの趣味はない。

 でも綺麗なのは事実だし、まぁ、不意打ちでドキッとすることもあるだろう。

 今のは、そういう『ドキッ』だ。


「なぁに、あんたまだ寝ぼけてるの?」

「いえ、ちょっとボッとして……」


 と、そこで……


 私は、とんでもない不意打ちをされてしまった。

 何を思ったのかマユさんは、そのまま軽く唇を触れてきたのだ。

 ほんとに軽く、まるで外国人がよくする挨拶のように。

 ほんの一瞬だけ、キスをしてきたのだ。


「んっなぁ、んなななっ?」

「目ぇ覚めた?」

「さ、覚め、覚め、覚めっ!」

「鮫・鮫・鮫? なにそれ、何かの暗号?」

「こんなところで、何するんですかぁ!」

「大きな声出したら、よけい目立つわよ?」


 なぜか、私が注意されてしまう。

 この時、私は「やっぱりこの人と、何かしてしまったのだろうか」と思い、頭の中がグルグルとしていた。

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