コウハビティング!(5)
目を覚ますと、目の前にマユさんの顔があった。
「お、早いな。年内に起きたか」
マユさんが、私の顔を覗き込んでくる。
どうやら膝枕をしてくれていたらしい。
寝起きに見上げるマユさんの顔も、乙なものですなぁ。
「なに? 寝ぼけてる?」
「マユさんの繊細なおっぱい越しに、綺麗な顔を見上げてました」
「繊細ってなんだ!」
ぱしんっと、おでこを叩かれる。
「うえぇぇ……今、何時ですかぁ?」
「ん〜、まだ八時まわったとこだよ」
「よかったぁ〜。年越してたら最悪でしたよ」
「さすがにそれは、起こすけどね」
軽く伸びをし、テーブルの上にあった水に手を伸ばす。
あらかじめマユさんが、用意してくれてたんだろう。
こういうスマートな気遣いが、イケメンで好き。
「泡盛ダメだ〜。美味しいけど、すぐ落ちる〜」
「私以外の人といる時は、飲んじゃ駄目だからね?」
「あ〜、矢代先輩とか?」
「マジで危ないから、やめて」
まぁ〜あの人の場合は、合意の元にっていう口説き方だから、酔わせてとかまではしなそうだけど。
でも気をつけよう。
酔って合意してたとかになったら、洒落にならないし。
「マユさん、なに見てたんですか?」
「東西歌バトル」
「うわぁ〜年末恒例ですよね……って、いつも見てないですけど」
「私も見てないけど、見るのないから流してた」
たしかに興味なさそうだ。
タブレットで何かしながら、BGM代わりにしてたんだろう。
「こういうのって、歌い手さんとかは出れないんですかね〜」
「どうだろうね。普段テレビとか出てないんだし、無理なんじゃない?」
「あれ……でも、この出演者リストにいる“もふもふ”って、あの“もふもふ”さんじゃ?」
「えぇ?」
マユさんが驚いて、テレビを凝視する。
そこには確かに、あの有名な歌い手“もふもふ”の名前があった。
「マジか。活動がネット界隈だけの人でも、呼ばれちゃうのか」
「まぁ再生回数で言えば国内でダントツ一位ですし、世界的に見てもテレビしか出てない人より有名ですよね」
「そりゃそうだけど……テレビって、ネットを敵視してる感じがしてたから意外だわ」
「さすがに、無視できないんでしょう〜。そんなことしてたら、誰も見なくなっちゃいますし」
「まぁねぇ」
さすがに歌い手となると、興味が出たらしい。
マユさんはタブレットを置くと、そのままテレビを見始めた。
「次ですよ、“もふもふ”さん。顔出しするのかな〜」
「あの人はライブだと顔出してるから、普通に出てくるんじゃない?」
「でも爺さん婆さんには、わけ分かんないですよね」
などと話していると、“もふもふ”さんの出番になった。
自然と二人とも黙り込んで、見入ってしまう。
『さぁ次は、注目のひとり! 今やネットで世界的に人気の歌い手、“もふもふ”さんです!』
司会をしている陽気な男性俳優が、大袈裟な動きで紹介を始める。
『そもそも歌い手ってなに、ボカロPってなに、と思われる方も多いでしょう。四十を超えた、いいおじさんの僕もそうです。そんな皆様に、いま世界が注目する日本の新たな文化、ボカロPと歌い手のユニットについてご紹介したいと思います。どうぞ!』
派手な演出とともに、説明Vが始まる。
『ボカロPと歌い手が作る、新たな音楽の世界!』
おぉ〜テレビで、こんな説明してくれるんだ。
まぁ、今さら遅い気もするけど。
『あの“余熱 剣士”も、元は人気のボカロPでした。次々と生まれる新しいボカロPが、歌い手と呼ばれる無名の歌手とユニットを組み、世界を席巻しています!』
次々と流れる聴き馴染んだ曲、どれもが有名なボカロ曲だ。
そして……
『モフモフをはじめ、aBo、月黄泉、YAKIN、アサダケ、ブルームーン・雷火……日本から次々と生まれる新世代の音楽に、世界が注目を……』
……。
…………。
おぉ?
いま……
「いま、ライカって言いませんでした?」
「い、言った……かも?」
そして入れ替わりで流れていく曲の中に、確かにそれは聞こえた。
『ラヴィ〜♪ ラヴィ〜♪ あぁ、あなたが望むならあぁ〜ラヴィ〜♪』
たった、それだけだったけど……
そのフレーズを、私が聞き間違えるわけがなかった。
「いま、いま、マユさんの声で!」
「うぉ、マジで流れた!」
きゃあきゃあと、二人で飛び跳ねる。
興奮が止まらない。
「蒼井さんから、聞いてなかったんですか?」
「あいつが、わざわざ教えてくれるわけない!」
あぁ、あの人っぽい。
テレビで流れるとか、そういうの興味なさそうだもんなぁ。
「わぁ……ファンとして感慨深い〜」
「びっくりしかないわ」
二人して、ぼんやりとテレビを眺め始める。
もはや“もふもふ”の歌も、耳には入って来なかった。
「どうしますか、テレビとかに呼ばれたら」
「呼ばれないって。それに私は顔出しNGだから、呼んでもあんまり意味ないと思うし」
「顔出しなしでも呼ばれますって」
「うぅ〜ん……でも、あんまり興味ないかも。歌はいろんな人に聞いてほしいけど、私自身が有名になりたいわけじゃないし」
「そっかぁ。ちなみに有名になっても、私といてくれます?」
マユさんが「はぁ?」と、呆れた感じで返事をする。
「なに言ってんの。ずっと一緒でしょ?」
「でも忙しくなって、だんだんとすれ違っていって……とか」
「なにその、古臭いバンド映画の展開。私が最優先で選ぶのは、平穏な生活とユリだけよ」
ふわぁ……
ふわぁぁ……
「うわぁ、大晦日に大泣きしてるよ……」
「だって……だってぇ……」
「も〜、面倒くさいヒロインみたいな思考はやめてよね」
マユさんが呆れた表情を浮かべながら、右手で私の両頬を掴んでムニムニと挟んできた。
私はなぜか溢れ出る涙を止めることができずに、きっと二人で暮らしてもこんな感じなんだろうなと、ぼんやり考えていた。




