クリスマス・バトルロイヤル!(9)
船の一階は、バイキング会場になっている。
バイキングはディナークルーズの中で、一番リーズナブルなプランということもあり、上の階に比べると賑やかだ。
ちなみに二階はコース料理で、そこそこお客さんが入っていて、三階は私と矢代さんしかいなかった。
そう考えると、矢代さん、かなり奮発したんだなぁと思う。
ちょっとだけ可哀想かもしれない……だからと言って、いきなりキスはアウトだけど。
というか、私はこの会場に入れないはずなんだけど……
「何も食べなければ、私たちの席にいてオッケーだって〜!」
さすが千弥さん、バッチリ交渉してくれていた。
二人のテーブルに私の席まで用意してもらえて、クルーの方には感謝しかない。
「夕璃ちゃん、お水もらってきたよ〜」
千弥さんがパタパタと小走りで戻ってきて、目の前に水を置いてくれた。
テーブルの上には水のほかに、ド派手なグリーンのヘルメットとイエローのヘルメットが置いてあり、かなりの異質感を醸し出している。
それでも少ししたら、千弥さんがオレンジジュースと山盛りのデザートを持ってきたので、ようやくバイキングらしさを見せ始めた。
ちなみにマユさんはというと、何かを食べるでもなく、黙って私の隣に座っていた。
「はぁほぉ〜ふぁふふぁん(あの〜、マユさん)」
いま私は、マユさんに頬っぺたを引っ張られていて、上手く話せない。
「……なに簡単に、キスされそうになってんのよ?」
「ひひゃぁ〜、ひゅふぁん、ししゃいましぃしゃ(いやぁ〜油断しちゃいました)」
「そんな酔っ払って……あんた飲んだら記憶飛ぶんだから、あれほど気をつけなさいって言ったでしょ?」
「ひゅひふぁふぇん(すみません)」
そこで、ようやくマユさんが私の頬を解放してくれた。
「心配かけちゃいました?」
「まぁ……私がこんなことさせたんだし……悪いのは私。ごめんね?」
「大丈夫ですけど〜とりあえず、好きって言ってもらえますか?」
「何で、そうなるのよ」
黙って、じっ〜と見つめてみる。
なせが聞きたい気分なのだ。
しばらくするとマユさんは、やれやれと大きく息を吐き、短く一言だけ「好きよ」と返してくれた。
「お二人、ひとがスイーツを楽しんでいる時に、目の前でめっちゃイチャつくじゃないですか〜?」
「千弥さんも、すみません。助かりました」
「いやいや〜。拙者も生で、お二人のイチャコラ見られて眼福でゴザルよ〜」
「ずっと思ってたんですけど……何ですか、その話し方」
千弥さんも会社とは、かなりイメージ違うなぁ。
そういえばDMで見た千弥さん(チャコ)の話し方も、独特だった気がする。
「拙者のメインのバイク、カワサキのニンジャ1000SXっていうのでゴザルよ」
そう言って、スマホを向けてくる。
見ればそこには、スポーティーで大きなグリーンのバイクに跨る千弥さんが写っていた。
「すごっ! かっこよ!」
「そうでしょう、そうでしょう。週末はコレで、ロンツーしてるの〜」
「あっ……じゃあ、今日はバイクで来てくれたんですか?」
「そだよ〜。会社から二人をバイクで追いかけて行ったら、途方に暮れてる真由美先輩がいたのさ。で、夕璃ちゃんが行き先を知らせてくれたから、すぐに真由美先輩を乗せてったってワケ」
「おぉ〜なるほど〜。えっと……じゃあ、この『ゔぇすp』ってのは何のことですか?」
マユさんが急いで送ったのであろう、謎のメッセージ。
これで何を伝えようとしたのか、いまだに分からない。
「それは〜拙者の通勤用バイク、ヴェスパ君のことでゴザルな〜。追いかけたのはニンジャじゃなくて、そのバイクでだよ〜?」
「ヴェスパ?」
私が首を傾げると、マユさんが補足する。
「ユリ、知らないの?会社にいつも停まってるじゃん、黄色いやつ」
「会社にですか?」
マユさんが頷くが、思い当たらない。
すると千弥さんが、また写真を見せてきた。
そこには、黄色いスクーターに乗る千弥さんが写っていた。
「スクーター……原付ですか?」
「違うって! れっきとした中型! 二人乗りも出来るし、高速も乗れるんだからね! 原チャと一緒にしないで!」
すごい剣幕で怒られた。
どうやら千弥さんは、ヴェスパを原付呼ばわりされるのが嫌らしい。
「でも、見た目はスクーターだし、素人には分からないですよ〜?」
「やめなさいって。イタリア製の有名なバイクで、可愛くて昔から人気あるんだよ?」
マユさんの説明を聞いてもサッパリ響かない私に対し、千弥さんがぷぅと頬を膨らませて抗議を続ける。
「あっでも、確かに会社で見たことあります。これ、千弥先輩のだったんだ」
「そだよ。ちゃんと名前も、書いてあるでしょ〜?」
千弥さんが、もう一度写真を見せてくる。
たしかに千弥さんのいう通り、ヴェスパの黄色いボディにはポップな書体で『Chaco!』書かれていた。
そういえば、目の前の黄色いヘルメットにも、同じシールが貼ってある。
自分で作ったシールなのだろう。
「ユリには“葵さんのヴェスパで追いかける”って意味で返信したかったんだけど、本当に急いでて、そこまでしか送れなかった。バイク乗りながらじゃ、メッセージも送れないし」
「なるほど。それで日の出桟橋まで、追っかけてくれたんですか?」
「そう。高速に乗って、着いたらすぐに船のチケット買いに行って、なんとかこの席確保したの」
「真由美先輩、すぐ上に行こうとするんだも〜ん。どうせ食べたらデッキに上がってくるんだから、そこで待ち伏せしましょうって話してぇ〜で、さっきの状況って訳でゴザルよ」
ようやく、二人の状況が理解できた。
そっか。
そんなことが、あったんだ。
そう考えると自分よりマユさんの方が、大変だったみたいに感じる。
う〜ん……なんだか、ちょっと……
「マユさん〜」
「ん?」
なんだか、すごく……
「愛しぃですぅ」
甘えるように、マユさんの肩に頭を乗せてみる。
するとマユさんが……
「はいはい。私もだよ」
そう言って、いつまでも私の頭を撫でてくれるのだった。




