クリスマス・バトルロイヤル!(8)
思うように、体に力が入らない。
思わず心の中で、マユさんに助けを求めてしまう。
その時だった。
「ユリ!」
マユさんの声が、聞こえた気がした。
幻聴が聞こえるほど、酔ってしまったのだろうか。
「ユリ!」
やっぱり間違いない、マユさんの声だ。
体に電流が走るような感覚、即座に意識がハッキリとしていく。
私は矢代さんから逃げるように、声が聞こえてきた方向へ顔を向けた。
なんとそこには、マユさんと千弥さんが並んで立っていたのだ。
なぜこの船に乗っているのか、なぜ二人ともバイクのヘルメットを抱えているのか、いくつかの疑問を感じながらも、私は耐えきれずに駆け寄ってしまう。
「マユさん!」
思わずその名を呼んで、飛びつくようにしてマユさんの胸に顔を埋める。
そしてなぜか、熱い涙が頬をつたう。
理由は自分でも、よく分からなかった。
「ごめんね、ユリ!」
あぁ、マユさんだ。
なんだろう、この安心感。
酔っているせいもあるんだろうけど、体の力が抜けていく。
「大丈夫ですよ〜。私、何もされてませんよ〜」
「でも泣いてんじゃん……怖かくなかった?」
「大丈夫ですってー。なんか会えて嬉しいのと、ほっとしたのとで、感情が迷子なだけでー」
「ごめん……本当に、ごめん」
マユさんの方が泣いてるんじゃない?と思い、顔をあげてみる。
うん、やっぱり。
マユさんの目には、今にも溢れそうなほど涙が溜まっていた。
「えっと、これはどういう状況? なんで二人がいるの?」
しまった、矢代さんを放ったらかしにしてた。
さて、どう説明しよう。
私は頭が回らないし、マユさんは私しか見えてないし……と、そこで助け舟を出してくれたのは、千弥さんだった。
「いやいやー、私と真由美先輩はバイキングに来てたのですよー。矢代さんこそ、なんで夕璃ちゃんと一緒に〜?」
「俺たちは、なんていうか……ちょっと食事にね」
「ちょっと食事にしては、お高いとこですね〜」
「そりゃあ俺から誘ったんだし、それなりのご馳走をしないとさ」
「そのご馳走では、キスまでするんですか〜?」
「野暮だなぁ。未遂だろ?」
はっはっはっと笑う、矢代さん。
「矢代さん、分かってます〜? このメンツ〜」
「あぁ、そうだねぇ。俺が声をかけた三人だよね。でも二人は俺の誘いを断った訳だし、俺が望月さんを誘っても問題はないだろ?」
「それは矢代さんが独り身なら、そうかもですけど〜。矢代さん、彼女いますよね。二人ほど」
矢代さんの喉が、大きく上下に動く。
二人という数字に、急所をつかれた思いをしたのだろう。
「私〜こう見えてバイク女子なんですよ〜。週末はロンツーするんでぇ〜、けっこう知ってる人を見かけちゃうんですよね〜。矢代さん、箱根で二回見ましたよ〜?」
「……なるほどね。でも、その二人ともちゃんと別れてれば問題ないよな?」
「見かけたのは、けっこう最近ですよ〜。あと、同じデートコースを同じ月に二回連続で行くのは、どうかと思いますよ〜?」
すごいスクープ遭遇能力だ、千弥さん。
しかもバイク女子って……あぁ、だからヘルメット持ってるんだ。
「それでも望月さんとの食事を、とやかく言われる筋合いはなくないか?」
「あるよ!」
今のはマユさんだった。
溜めていた涙を拭い、声を荒げる。
「アンタが女遊びするのは自由だよ。でも社内の娘に手を出すなって、あれほど言ったでしょ! そうやって遊んで、その後、どうする気なのよ!」
「別に? 遊びっていっても、お互いに了承できてれば問題ないでしょ?」
「そんな問題じゃないって、言ってるの! 気まずいとか、思わないわけ?」
「お互いに大人なんだし、職場ではわきまえて接することくらいできるよ。 望月さんだって分かってて来てるんだし、何が問題なの?」
あぁ、マユさん怒ってるなぁ。
私も何か言った方が、いいのかな。
でも、ただの口喧嘩になっちゃいそうだし……。
そこでまた動いたのは、この場で一番冷静な千弥さんだった。
「もちろん食事だけなら、いいですけど〜。それ以上のことをしようとしたのは、問題大有りですよ〜。だってこの二人は、付き合ってるんだもん〜」
おぉ。
まさか、それ言うの?
矢代さんもマユさんも、言葉を発せられないでいる。
そりゃそうだ。
いきなり、すごい球投げ込むんだもん。
「えっと……あぁ、二人は、そういう趣味の人なの?」
ぴくり、とマユさんの体が震えた。
同時に私の体も熱くなる。
たぶん、怒りでだ。
「趣味じゃないですよ〜、純愛っていうんです。矢代さんみたいな〜、女遊びを趣味にしてる人と〜、一緒にしないでくださいよ〜」
いたって、いつもの調子で話す千弥さん。
「その趣味の遊びを社内でするなって、先輩は言ってるんです〜。お互い大人だから職場では普通にしてられるなんて、今のこの状況を見てまだ言えますか〜? この状況を生み出したのは、矢代さんなんですよ〜? ゆ〜あんだ〜すたん?」
おぉ〜!
千弥さん、かっこよ!
一方の矢代さんは大きく息を吐き、頭を下げてしまった。
さすがに、返す言葉が見つからないのだろう。
「そんな訳でぇ〜、あとは一人で楽しんでくださいね〜。私たちは下に戻りますんで〜、おつかれした〜♪」
そう言って千弥さんは、私とマユさんの間に割って入り、私たちと腕を組んで引っ張るのだ。




