クリスマス・バトルロイヤル!(7)
雰囲気抜群な間接照明で照らされた薄暗いフロアには、いくつもの丸いテーブルが並んでいる。
テーブルには真っ白なテーブルクロスがかけられていて、これから運ばれてくるであろう高級なディナーを、今か今かと待ちわびているようだった。
といっても、このフロアのお客は、私と矢代さんしかいない。
ほとんどの人が一階のバイキング、普通のコース料理を食べたい人は二階のレストランを選ぶらしい。
さすがは、高額なコース。
記念日などでもない限り、気軽には利用されないのだろう。
「スカート、可愛いね。似合ってる。望月さんっぽい感じ」
「ありがとうございます。買ってきましたー」
「今日のために、わざわざ? ありがとう!」
しまった。
めっちゃ気合い入ってるみたいに、なってしまった。
たしかに、今日のためにではあるんだけど……選んだのはマユさんだしなぁ。
それにしても、この広いフロアに二人だけ。
やはり、スマホを見る隙がない。
マユさんは、どうしてるのだろう。
「俺も着替えれてくれば、よかったかな」
「どうしてですか? スーツって、素敵じゃないですか」
「えー。だって、いつも着てるしなぁ」
いろんな俺を、見てくれ的な?
その気持ちは、すっごいわかるー。
けど、それは本命にだけにすべきですよ、矢代さん。
そもそも三股目を作ろうとしてる時点で、本命と呼べる人がいるのかという話だけども。
「さすがにね、クリスマス前夜と当日は予約がいっぱいで、とれなかったんだ」
「あー。たしかに、こういう特別な体験は、クリスマス向きですよね」
もし三日連続で、ここに来てたら笑うんだけど。
さすがに店員にもバレバレだし、そんなことしないか。
申し訳なさそうにしているが、私はどうせ三人目の女。
ワンナイ目的の、遊び相手なんだろう。
「年越しクルージングとかもあって、その時は花火も上がるらしいから、また一緒に行きたいね」
年越しとか、本命昇格……なわけない。
都合のいい女として、キープだろうな。
私が誰とも付き合ってなくて、とりあえず寂しい気持ちを埋めるためだけなら、乗っかっちゃいそう。
それくらいには、ストレスを感じさせない男性である。
ただ、やっぱり手慣れてるなぁという印象。
「お待たせいたしました」
クルーの方が、高そうなシャンパンとグラスを持ってきた。
「料理に合わせて最初にシャンパンを、次に赤ワインを、最後に白ワインをお持ちします」
クルーの方はそう話しながら、慣れた手つきでシャンパンを注いだ。
所作の一つひとつが美しい。
最後にボトルを置いて、軽く会釈をし、綺麗な姿勢を保ったまま去っていく。
さすがは高級コースだ。
「望月さん、お酒は強い方?」
「強くはないですけど、好きなのでいっぱい飲みがちです」
「よかったー。これ、最終的にボトルが三本来るってことだよね?」
「あぁ〜たしかに。最初の一杯だけは注いでくれて、ボトルは置いていくんで後はご自由に……の三セットですもんね」
「俺、お酒弱いから、どんどん飲んでいいよ」
「えー、飲めるかなー」
と言いつつ、口をつけてみる。
めちゃ美味しい。
「なんだろ……洋梨と……シトラス系の香りがする。ちょっと複雑すぎて、分からないけど」
「へぇ〜、凄いね。俺にはよく分からないな。でも飲みやすくて、美味しい」
「こんなものはですね〜、きめ細やかな泡立ちで〜、芳醇な香りで〜、クリーミーな味わいだな〜とか言っておけばいいんですよ」
「ははは、なるほど。次から参考にするよ」
しかしさすがに、これを残すのは勿体なさすぎる。
矢代さんは、あんまり飲めないみたいだし……できるだけ、私が処理をするか。
そんな貧乏性が、私の判断を誤らせたのだった。
食事も終わり最後のデザートと珈琲が来る頃には、頭は熱く、体は少しふわふわとして感じられた。
意識はあるのだけど、正常で的確な判断は難しい。
自覚ができてるだけ、少しマシな程度だ。
「大丈夫? 外の風に当たる?」
「デッキ出れるんでしたっけ。出たいかもです」
「うん。じゃあ、ちょっと出てみようか」
矢代さんは立ち上がると、クルーの方のところに駆け寄る。
そして何かを受け取り、すぐに戻ってきた。
「さすがに寒いだろうから、ブランケット借りてきた。羽織って」
「ありがとうございます〜」
やるじゃん、矢代さん。
そういう紳士的な気遣いって、大事だよ。
彼氏にするには重要なとこ。
そんなポワポワした思考のまま立ち上がると、矢代さんがブランケットを肩からかけてくれた。
そしてそのまま腰に手を回され、軽く引き寄せられる。
「あっ……」
矢代さんは完全に密着した状態で、私をリードするように歩き出した。
「足元、危ないから。一応外だし、海に落ちられてもね」
くっそー、イケメンだなー。
前彼と全然違うなー。
めっちゃレディとして、扱ってくれるなー。
「あ、あざぁーっす」
「あざーすって」
二人で笑いながら、扉に向かう。
外に出るとすぐに冷たい海風が、私の火照った体を冷やそうとしてきた。
それでもブランケットの効果は大きく、体の芯は暖かいままだった。
目の前には、キラキラとした夜景が広がっている。
視線を上げると、ベイブリッジがライトアップされていた。
遠くにある工場のような所ですら、色とりどりの光で照らされていて、とても綺麗だ。
「うわぁ……」
そのあまりの美しさに、思わず声を漏らしてしまう。
そこで矢代さんが、私の頬に軽く手を当てて、くいっと顎を持ち上げてきた。
あ……やば……
これ、キスする流れ……
そう思った時には、矢代さんの顔が近づいてきていた。




