クリスマス・バトルロイヤル!(5)
──来る、十二月二十三日、十七時二十分。
──社内、更衣室。
「仕事終わりっていうのが、しんどいです」
いざ食事の約束をしたものの、今日は平日。
明日も仕事なので、少し気が滅入る。
一方のマユさんは、デート用の服に着替えた私の写真を撮っている。
ちなみに服装は、ゆったりめの白いセーターに、ブラウン系チェック柄のウール・ロングスカート。
マユさんのコーディネートで、ナチュラル可愛い系って感じ。
クラシカルな赤いフレームのメガネも、マユさんの指示だ。
「可愛い、可愛い〜♪」
どうやら選んだ本人は、堪能しているご様子。
今日イチの、満面の笑みを浮かべている。
その笑顔、こちらこそ可愛いでございますよ。
「くっそ〜。あんな奴に、こんな可愛いユリを見せたくねー!」
「気に入ってもらえますかね?」
「とぅ〜ぜん。ちゃんとアイツの好みをリサーチしてから、選んだからね」
「千弥さんのリサーチですか?」
「そうだよ。今はフロアで、アイツを見張ってるわ」
「なんか、スパイ映画みたい……というか、これってハニトラじゃぁ?」
「誘ってきたのは、向こうじゃない。それに、むしろアッチがトラップを仕掛けてきてるのよ」
「確かに、それはそうなんですけど……」
店までは、私と矢代さんの二人で行くことになる。
正直、憂鬱だなぁ。
「おっ……葵さんからだ。アイツ、出たって」
「さすがに今日は、ピッタリ定時ですね」
「よし、行ってこい!」
「うぅ……行ってきます。ちゃんと、付いてきてくださいね」
「一秒も見逃さないから、安心して」
どうにも気が乗らないまま、マユさんと会社を出る。
足早で駅に向かうと、すぐに矢代さんの背中が見えてきた。
待ち合わせ場所は、駅の近くにあるカフェの前なので、ここで追いつくわけにはいかない。
今の距離を保ちつつ、自然に合流だ。
後ろに目をやると、スーツ姿のマユさんがしっかりと付いてきていた。
とりあえず、マユさんが近くにいるというだけで安心だ。
それから数分で、矢代さんがカフェの前に到着した。
矢代さんは店に入るでもなく、スマホを取り出す。
私に連絡するつもりなのだろう。
「や・し・ろ・さん」
後ろから声かけると、矢代さんが「うぉっ」と驚いた声を上げた。
「ほぼ、同時に会社を出てましたね〜」
「びっくりした。声、かけてくれれば良かったのに」
「いちおー、社内の人に見られないように……なんとなく」
「あ〜、うん。そうだね。その方がいいよね」
大丈夫かな、この人。
ガード、甘々じゃない?
「じゃあ、行こうか」
「はい」
私が笑顔で答えると、矢代さんは手を挙げてタクシーを……止めたっ!?
嘘でしょ?
タクシーで移動するの?
あっ、そうか!
電車だと、社内の人に見られる可能性があるから、タクシーで直接移動なのか!
それで待ち合わせ場所が駅じゃなく、少し離れたカフェの前だったんだ!
「どうぞ」
矢代さんが右手のひらを車内に向けて、エスコートしてくる。
こうなると、拒否するわけにもいかない。
乗り込む瞬間、ちらりと後ろに視線を向けると、口を大きく開けて驚くマユさんの顔が見えた。
完全に想定外だ。
「うわ、どうしよう」
「うん?」
「あ、いえ、なんでもないです」
なんとか笑顔を作るが、内心は動揺しまくりだ。
矢代さんが乗り込んでくると、無情にもドアが閉まってしまう。
とにかく、行き先を聞かないと……
「日の出桟橋まで」
日の出桟橋っ!?
たしかそこって、ゆりかもめの『日の出駅』の方だよねっ!?
「えぇっと、今日はどこに行くんですか?」
「船で、ディナークルーズだよ」
「えっ!」
ふ、ふ、ふ、船っ!?
「すごーい、素敵!」
船って……マユさん、追っかけてくるの無理じゃん!
「俺も、楽しみだよ〜」
「私もです。すっごい、楽しそう!」
きっちり演技しながらも、頭の中では予想外の行き先に焦りしかない。
とにかくこの事を、マユさんに伝えねば。
すぐにスマホを取り出し、短い文章でメッセージを送る。
しかしなぜか、既読がつかない。
というか……全然、既読されない。
「どうしたの?」
スマホを凝視する私を不審に感じたのか、矢代さんが聞いてきた。
すぐにスマホの画面を消して、笑顔を向ける。
「いえ、天気どうだったかなって」
「あぁ、今日は夜も晴れだよ。風もないから、海も静かなんじゃないかな。そもそも六百名乗りのけっこう大きい船だから、そんなに揺れないよ」
「さすが、しっかりしてますね!」
「それくらいは調べてあるさ」
爽やかな笑顔を見せる矢代さんに、私は引きつった笑みで返すのだ。




