クリスマス・バトルロイヤル!(3)
──最上真由美の記憶をたどる、ちょうど一年前の話。
「あれ、最上君もあがり?」
「あ、矢代さんもですか?」
「お互い、クライアントが我儘で大変だね。俺は終わらなかったから、明日も早出だよ」
「うわぁそれは……お疲れ様です」
「ははは。とりあえず、急いで出よう」
私は頷くと、早足で退勤処理を行う。
遅れて矢代さんもやってきた。
矢代さんは、ひとつ年上の先輩だ。
後輩の面倒見が良く、上司からの信頼も厚い。
仕事の出来はよく知らないが、社内営業が得意な印象をもっている。
そこについては、社内で素っ気ない態度を取りがちな私と、大きく違うところだ。
「じゃあ、お疲れ様でした」
「あ、待って。よかったら駅前で、珈琲一杯だけ飲んで行かない?」
駅前……あぁ〜、あの店か。
どうせなら飲むなら、ウチの近くのADZで飲みたいけど移動するわけにもいかないし……これも付き合いか。
それに、この時間までやっているのは駅前のカフェくらいだ。
「はい、私も飲みたかったのでいいですよ」
「よかった。じゃあ、寄っていこう」
おっ……爽やかな笑顔。
いかにも女子ウケしそうな、自然で優しい笑顔だな。
まぁ、感じが悪いよりは良いんだけど。
カフェに着くまでは、当たり障りのない仕事の話。
とりあえずの共通の話題として、そうしているのだろう。
こんなふうに考えてしまう自分も、かなり捻じ曲がってるなぁ……と軽い自己嫌悪に入ってしまいそうだ。
「あ、ブラックでいいんだっけ? ミルクはいる?」
「いえ……ブラックで大丈夫です」
「はい。いいよ、席に行ってて」
おっ……奢られる流れか。
スマートだな。
ここは下手にゴネないで、相手を立てた方がいい。
逆に恥をかかせてしまうことになる。
それにしても……ブラック好きなの、よく知ってるなぁ。
会社で見られてたか?
「すみません、ご馳走になります。奥の角席でいいですか?」
「うん、いいよ」
なんとなく、知ってる人に見つかりたくなかったので、奥の席にしてみたけど……これはこれで、コソコソしてる感じが出すぎだな。
むしろ、通り沿いの方が良かったかもしれない。
「はい、ブラック」
「あ、どうも……ありがとうございます。矢代さんも、ブラックですか?」
「そうだよ。仕事終わりは、濃いのが欲しくてね。モカのブラックにした」
「大人ですね。私、酸味の強いのは、ちょっと苦手で」
「そこ、けっこう好み分かれるよね」
本当に、自然な笑顔。
素敵な笑顔ではある。
でも、なんかなー。
私の性格が捻じ曲がっているせいか、胡散臭く見えるんだよなー。
「最上さんって、外出よくするタイプ?」
「あー……今はどちらかというと、部屋にこもるタイプです」
「やっぱりそうなんだ。肌白いもんねー」
「確かに、焼ける要素のない生活してますね」
くすくす笑うと、矢代さんがうんうんと頷く。
「でも全然、太らないよね。もしかして、ジムとか行ってるの?」
「あぁ〜、行ってます」
「定期的に?」
はいと答えると、やはり矢代さんは頷いて続ける。
「前から思ってたんだけど、最上さんってストイックだよね」
「何も考えずに体動かすのは、嫌いじゃないので。それにジムだと、自分の都合で行けますし」
「たしかに。ジムは一人の方が、黙々とできるしね」
「そうですね。まぁ、うちに帰っても一人なんですけどね」
思わず、笑いながら答えてしまう。
「あれ、彼氏さんとかいないの?」
しまった、失言だった。
いや、でも彼氏はいるけども。
私に一切手を出してこない、変な彼氏だけども。
「じゃあさ。今度のクリスマスとか、映画とか付き合ってくれない?」
「なんでクリスマスに、わざわざ映画なんですか」
特別な日にそのチョイスって……と、思わず笑ってしまう。
「いや、見たい映画があってさ。でも恋愛ものだから、男一人で行くのもなんだなって」
「それはそうですけど……でも私、彼氏いるんで……すみません」
「えっ、そうなの? そっか……いや、ごめんごめん。じゃあ今の忘れて」
「いいですけど……あまり社内の……しかも同じフロアの娘を誘わない方がいいですよ。噂になったら、色々と面倒になりますし」
「あはは。いや、ちゃんと真面目に好き……になりそうな人というか、好ましく思ってる人にしか言わないよ?」
それは私に気があるってことを、さりげなくアピールしてないか?
こいつ、絶対遊び人だ。
言葉の選び方が、手慣れすぎている。
この手でいったい何人に声をかけたのか、問い詰めてみたい。
「とにかく、社内はおすすめしないですよー。この事は、忘れますけど」
「なんか、恥ずかしいな。そうしてくれると、ありがたいよ」
はにかんで笑うその表情すら可愛くも見え、私はいっそうに警戒心を高めてしまったのだ。




