クリスマス・バトルロイヤル!(1)
「うっひぃ〜ギリギリ終わった〜」
私は仕事を終わらせた達成感と解放感のあまり、オフィスチェアの背もたれに全体重をのせて、大きく後ろに伸びをした。
時間は、二十時前。
今日は残業延長の申請を出していないので、もうすぐこのフロアも暗くなってしまう。
「望月さん、お疲れさま。警備の人が来る前に、さっさとあがろうぜ」
「はい、すみません。付き合ってもらって」
「いや、俺も仕事してたし。とにかく出よう」
「はい!」
私は慌ててノーパソのシステムを終了し、荷物をまとめた。
ちなみにこの人は同じフロアで、別のチームに所属している矢代先輩だ。
ショートヘアがよく似合う二十八歳の男性で、清潔感のある外見に爽やかな性格も手伝って、社内女子から人気がある。
本人は気づいていないようだけど。
「急げ、急げ」
矢代さんが声を上げながら、指紋認証リーダーに手を当てて退勤処理をする。
私も走って矢代さんに追いつくと、すぐに手を当てた。
機械から「お疲れ様でした」という声が聞こえ、時間を確認する。
なんとか、二十時前に出られたようだ。
「ギリギリでしたね」
「だね、お疲れ様」
さて、これからどうしよう。
マユさん家に行くにはちょっと遅いし、明日も会社だし、今日は大人しく帰るかー。
などと考えていると、隣を歩く矢代さんが話しかけてきた。
「望月さん。よかったら駅前で、珈琲一杯だけ飲んで行かない?」
「あー、ちょっと飲みたいかもです」
「じゃあ、行こう」
疲れていたせいか、特によく考えもせず返事をしてしまった。
まぁ会社の先輩だし、珈琲くらいはいいかな。
飲みに行こう、だと断ったけど。
しかし、こうして横に並ぶとよく分かるんだけど……矢代さん、背ぇ高いなぁ。
私が百五十五センチってのもあるけど、それにしたって……
「なに? 頭のてっぺん、ジロジロ見て。禿げてないぞ?」
「違いますって」
思わず声を出して、笑ってしまった。
切り返し早いなー。
「矢代さん、身長何センチですか?」
「百八十三。デカいって?」
「私がちっこいってのも、ありますけど」
「デカいの嫌い?」
「んー、嫌いじゃないかもです」
マユさんは、百七十だしね。
キスをするにも、ハグをされるにも、私にとってベストの身長なのだ。
そうこうしているうちに、駅前の喫茶店に着く。
「カフェラテでいい?」
「あ〜いや、キャラメルラテで〜」
「望月さんらしいわ」
「どういう意味ですか」
互いに笑ってしまう。
言っておきますけど、太ってはいませんから。
ポッチャリの手前の手前くらいだって、マユさんに言われたし。
「席いっていーよ。持ってくから」
「あ、でも支払い……」
「いーよ、それくらい出すよ」
「でも……」
……と、ちょっと申し訳なさそうな顔をしつつ、そりゃ奢ってくれるでしょうと思っている自分がいる。
「じゃぁ、お言葉に甘えます」
思いっきり可愛い女子顔を作って、笑って見せる。
これくらいのサービスは、しないとね。
席は店の奥の方にある、四人席にした。
他にお客は、二〜三組しかいない。
しばらくすると、矢代さんがカップを二つ持って席についた。
「ありがとうございます〜」
「はい、お疲れ様」
とりあえず、一口。
甘くて暖かくて、少しホッとしてしまう。
仕事終わりに、これはいいな。
「矢代さん、よく来るんですか?」
「遅いとね。ちょっと珈琲飲んでから、帰りたくなるんだよね」
大人っぽいなぁ。
私はマユさんの部屋で、お酒を飲むことのほうが多いかもしれない。
「望月さん、仕事頑張ってるよね。もう慣れた?」
「だいぶ……ですし、まだまだですし」
「ははは、正直だね。ちゃんと、ガス抜きできてる?」
「めっちゃ、してますね」
マユさんの部屋で、はい。
マユさんいなかったら、もたないかもしれない。
「へぇ〜。普段なにしてるのか、聞いてもいい?」
「普段ですか?」
ん〜、流石にマユさんのことは言えないし。
「友達の部屋で飲んで、寝て、買い物行って?」
「おぉ〜楽しそうだね。彼氏さんとか、いないの?」
「入社前に、別れちゃいましたからね」
ちょっと懐かしい話で、思わず吹き出してしまう。
いやぁ、別れて正解。
おかげで、毎日しあわせですよ。
「あぁ、そうなんだ。じゃあ、来月のクリスマスはどうするの?」
それはもう、マユさんと何かするんだろうけど……言えないしなぁ。
「やっぱり友達と、一緒ですかねー」
矢代さんは「そっかー」と、謎に残念そうな顔で返してくる。
憐れみか?
憐れんでいるのか?
残念ながら、私にはマユさんという……
「じゃあ、俺と一緒に……とかどう?」
……ラブラブな相手が……って……へ?
「いや、食事だけね。お試しで。嫌なら、そのままフってくれればいいし」
「ふ……へ? フる?」
「望月さんのこと、けっこう気になってたんだ。でも告白するほど、知り合えてもいないしさ。お試しで、デートとかどう?」
「あ……えっと……」
「あぁ、嫌ならいいんだよ、ほんと。こういうの、無理強いといか、強引にはしたくないしさ。あぁでも、エスコートするくらいには手を引っ張るけどさ」
おぉ……
もしかして私、社内で人気の爽やかイケメン先輩に、プチ告られてる?
めっちゃ真っ直ぐに見つめてくるし、目力強いし、イケメンだし……
いやでも社内の人だし、先輩だし、今後のことを考えると、無下に断ることなんてできないような。
スムーズに断る方法ってあるの、これ?
「まぁ、まだ時間あるしさ。迷うようなら、少し考えてみて……嫌なら、すぐに断ってくれていいからさ」
「あ、はい……」
私はどうしていいか分からず、テーブルの下でマユさんにメッセージを打ち込んだ。
文面はこうだ。
──マユさん、いま社内の人にプチ告られました。
──今日、そっち行っていいですか?
五秒……既読……早い。
それからすぐに「入力中…」と表示され……
──抱いてやる、すぐ来い。
イケメンが過ぎるぜ、マユさん!
格が違う!
「すみません、矢代さん。今日はこれで。珈琲ありがとうがざいました!」
「うん、気をつけて帰ってね」
私はぺこりと頭を下げ、店からダッシュで飛び出すと、すぐにタクシーを捕まえてマユさんの家に向かったのだ。




