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【完結済】あなたが、ユリを望むなら。  作者: Ni:
あなたが、ユリを望むなら。2【アフターストーリー】
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ダンス・イン・ユア・イアーズ!

 終わらないのだ。

 現在、夜十時。

 だけど、仕事が終わらないのだ。

 

「だからと言って、私の部屋でやるかね」


 目の前で缶ビールを飲むマユさんに、ジト目で返す。


「なにその目〜。もしかして、薄情者とか思ってない?」

「思ってないですけど〜」


 体を大きく左右に揺らし、再びノーパソと向かい合う。

 ちなみに会社で使用しているノーパソは、持ち出し申請をすればこうして持ち帰れる。

 もちろん仕事以外で使っちゃダメだし、なんだかよく分からないシステムでパソコン内のデータも管理されている。


「まぁウチは基本、八時までだからね〜」


 マユさんの言う通り、うちの会社の残業は八時までとなっている。

 だけど、終わるわけないじゃんって日も多々あるわけで。

 そうなると薄暗い会社で残業をするか、早朝出勤をするか、仕事を持ち帰るかという選択肢に迫られ……


「限りなくブラックな残業環境も、マユさんちでやれば少しは楽しいじゃないですか」

「なんか嬉しいような、迷惑なような……」

「迷惑て!」


 ……なんて、やりとりが出来るだけでも楽しいわけで。

 でもたしかに、マユさん的には迷惑かもしんない。


「今度のコンペで出すカンプだよね。あとどれくらい、残ってんの?」

「うー、あと三十パーってとこですかねー」

「けっこうあるじゃん……手伝う?」

「何かデザインが浮かべば、すぐ終わるんで大丈夫です。マユさんは、たまにハグでもしてくれれば」

「それはそれで、邪魔になりそうだけど……」

「どちらかと言えば、充電です」

「ふぅん。じゃぁ……」


 マユさんがおもむろに後ろへと回り、首に手を回してきた。


「ほぅれ、がんばれー」

「おぉ……おぉぉ……たっかまるー!」

「ちょっとキモいな」

「ひど!」

「冗談だよ」


 マユさんがケタケタと笑い、今度は私の肩に細い顎を乗せてきた。


「なんですか? もしかして、ビールを飲むASMRでも聞かされるんですか?」

「そんな酷いこと、しないわよ。私の役目は充電でしょ?」

「そうですよ」

「んじゃぁ……」


 耳元で、小さな深呼吸。

 そして……


「ラヴィ〜、ラヴィ〜♪ あぁ〜あなたが望むならぁ〜ラビィ♪」

「はぅあっ!」


 まさかの! 耳元で! 生歌!

 生ライカの! 生声を! 生耳で!

 なんて破壊力!

 いつもは目の前で歌うの、すっごい嫌がるのに!


「どう、元気出た?」

「やる気、爆上がりです! できれば、そのままお願いします!」

「続けろってか。ん〜じゃぁ……」


 マユさんが少し考え、やがて……


「DANCE♪ DANCE ♪ 暗闇でっDANCE ♪ 」


 うっはっ、新曲の『耳元でDANCE!』じゃん!

 もはやBGMなんていう、生半可なものではない。

 なんなら、このまま仕事を終わらせずに聴いていたい。


「終わらない♪ あなたの耳元で〜♪ DAN……ってぇ……おい。わざと手ぇ止めたら、歌うのやめるからね?」


 秒で見抜かれた。

 しかしライカさんの生歌ライブASMRという超強力なバフ(ステータス向上)の効果は絶大で、デザインの良案が次々と浮かび、みるみると作業が捗ってしまう。

 悲しいかな、残り三十パーだった仕事も、終わりが見えてきてしまった。

 どうしよう、もうちょっと粘るか。


「もしかして、終わりそうじゃない?」


 秒でバレてた。

 でも、これ以上進めると終わってしまう……生歌ライブの方が。


「ゆ〜り。早く終わらせて、一緒に飲もうよ〜」

「だって、もうちょっと聞いてたいんですもん」

「ライカの歌なんて、いっつも聞いてんでしょ?」

「ぜんっぜん違うんですってば、これは!」

「そんなもんですかね〜」


 マユさんが空になったビールを捨てに、台所へと行ってしまった。

 あぁ〜儚くも至福なひとときでした。

 すっかり、やる気も急降下です。


「じゃあ今日寝る時に、枕元で歌ったげようか?」

「マジで言ってんの、ソレ!」


 とんでもない餌を目の前に吊るされ、再びやる気が大爆発してしまう

 けっきょく私は、それから十分たらずで仕事を終わらせてしまった。


「終わりました!」

「はやっ! なんだ〜、やればできんじゃん〜って……ちょ、なに?」


 私はマユさんの手を引っ張り、ベッドまで連れて行く。

 目的はもちろん、アレだ。


「さぁ、寝ましょう!」

「えぇっ……いや、まだ飲むとか、お話しするとかイロイロあるじゃん?」

「そんなのいいですから、寝ましょう!」

「お前は、やりたい盛りの雄か!」


 パコーンと、私の頭を叩く小気味良い音が部屋の中に響き渡る。

 しかし私はマユさんの激しいツッコミをものともせず、そのまま押し倒してしまった。


「やっば、そこらの男よりも積極的じゃん」

「そんなんじゃないですー。歌聴きたいんですー」

「あー、まー、いーけどー」


 私が何度も頷くと、マユさんが「しゃーないわねー」とやる気なさげに頭を掻いた。

 全然乗り気じゃなさそうだけど、私としては歌ってくれるなら何だっていいのだ。


「じゃぁ……」


 曲は何だろう。

 ラブソングかな。

 それとも、もう一回さっきの新曲かな。

 そんなふうに、心を躍らせて待っていると……


「ねぇん〜ねぇ〜ん〜、ころぅ〜りぃよぅ〜」


 なんとマユさんは、子守唄を歌い始めたのだ。


「ライカを歌うなんて、言ってなかったでしょ?」


 まるで勝ち誇ったかのように、ニヤニヤと笑みを浮かべるマユさん。

 一方の私は、込み上がる感情を抑えきれずに体をフルフルと震わせてしまい……


「これは、これでぇ……えへえへ」

「いいんかい!」


 この日一番の綺麗なツッコミが、私に入ってきたのだった。

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