リベンジ!(5)
佐原さんが慣れた手つきで店の準備を整える中、カウンター席で私とマユさんは、綺麗なカクテルで乾杯をする。
少し申し訳ない気持ちになるけど、まぁ一応はお客さんなわけだし、いいよねという気分。
「夕ご飯は食べたのかい? 何か食べるかい?」
「あぁ……いえ、まだなんですが、別に食べなくても……」
「空きっ腹にお酒入をれるとか、若いねぇ」
佐原さんはそう話しているけど、お通しにオシャレ盛り付けされたマカロニとミックスナッツが出ていて、取り敢えずこれでお酒は飲める。
バーでモリモリ食べるっていうのもなんだし……と考えていると、佐原さんがお洒落に盛り付けられた料理を目の前に置いた。
「自家製ロースハムのサンドなんだけど……よかったら食べてよ」
「えぇ、おいしそう!」
私が手をぱちぱちと叩いて、顔を近づけてみる。
一口サイズに切られたサンドイッチには、チーズとロースハムが挟まっており、今のお腹にちょうどいい量だ。
なにより可愛い。
「最近さ、趣味で燻製器を買ってね。休みの日はハムとかチーズとか、何でも燻製にして遊んでんだ」
「燻製器で遊んでるって……男の人だなぁー」
「そりゃ男だもの。オッサンだけどね」
イケおじバーテンダーの笑顔って癒しだな、と再認識してしまう。
マユさんも、楽しそうに笑っている。
私にあまり見せない、よそ行き用の笑い方だけど。
なんというか大人の女性という感じで、色気と品を含ませた上で自然に見える笑い方ってやつ。
「それは試作品だから、美味しくなかったら言ってね。もちろんお代は、いらないよ」
「そんな! 申し訳ないですよ!」
首を横に振るマユさんに対し、佐原さんがいやいやと手を振って返す。
「撮影の時だってご迷惑をおかけしましたし、まだその事できちんと謝ってもいないのに」
「あぁ〜やっぱり、気にして来てくれたんだね。大丈夫だよ、迷惑なんてかかってないから」
「いや、でも……」
「本当に、大丈夫だから。この間ね、蒼井さんも来てくれて謝られたよ」
「そうだったんですか?」
どうやら、蒼井さんもフォローしてくれていたらしい。
私はもちろん、マユさんも知らなかったようだ。
そういうことは、言ってくれればいいのに。
「蒼井さんに聞いたけど、あの後、仲直り出来たんだって?」
「仲直りというか……お互いに大人気なかったと、和解しました」
「そうかい。まぁ、お二人の縁が切れなくて、とにかく良かったよ」
あの時は、撮影で迷惑をかけてしまったとはいえ蒼井さんの態度の方が良くないと、今でも私は思うんだけど……マユさんのお母様の件で助けてもらったので、チャラにしておこう。
何だかんだ、優しい人なんだと理解できたし。
「あぁ、そうそう。あの記事ね、すごく評判いいんだよ」
佐原さんが指を一本立てながら、笑顔で続ける。
「みんなね、着物をレンタルして、ここに来てくれるんだよ。凄いね、雑誌の効果って」
「そうなんですか? ありがとうございます。そういったお言葉が、一番嬉しいんですよ」
「さすがにお客さんが増えちゃったから、生意気にも完全予約制にしたんだけどね。おかげで仕事はやりやすくなったし、来店してくれたお客さんの不満もなくなるしで、感謝してるんだ」
「そう言っていただけると、ありがたいです」
マユさんの表情が、少し和らいだ。
ずっと気にしていたことが、少し解消されたのだろう。
どうやら嫌な思い出を、良い思い出に上書きするという『京都リベンジ』は、成功したようである。
「こんばんはー、予約した麻宮です。早く着いちゃったんですが……」
「お二人の予約ですね。大丈夫ですよ、どうぞ」
予約のお客さんが、来たようだ。
二十代前半の女子二人、女友達の旅行って感じだ。
「お嬢さん方、可愛らしい着物きているね」
「はい♪ 実はこの店のことを雑誌で見て、真似しちゃいました!」
元気に答える声を聞いて、思わず私の頬が緩む。
佐原さんも「ほらね」と目線を向けて、笑みを見せた。
「ユリー」
マユさんが、もたれかかってくる。
「幸せすぎて泣きそう」
そう話すマユさんの目には、すでに涙が溢れそうなほど溜まっていた。
「もう泣いてますよ、それ」
「だってー」
「はいはい、よかったですねー」
「ユリー」
「はいはい、聞いてますよー」
肩に乗せられた頭をポンポンと叩くと、マユさんが何度も頷く。
私は安心して甘えてくるマユさんが愛おしく、恋人になれて良かったなぁと何度も思うのだ。




