プレシャス!
会社の一年先輩、葵 千弥さん。
ナチュラルボブがよく似合う、元気印の可愛らしい女性だ。
そしてお祭りで、私とマユさんが手を繋いでデートをしていたところを、目撃した人でもある。
「夕璃ちゃん。さっき言ってた資料のデータ、送っといたよ〜」
「あ、はい。千弥さん、ありがとうございます。午前中のうちに、形にします」
「急がないでいいよ〜。で、最近どうなのよ〜?」
隣に椅子を持ってきて、身まで寄せてくる。
近い。
「おかげさまで、少し慣れてきました!」
「違う違う、仕事じゃなくて〜」
「へ?」
間抜けな返事をして首を傾げると、千弥さんがさらに顔を近づけてきた。
近い、近い。
「先輩だよ、先輩。真由美先輩と!」
「あぁ〜」
そのことについて何も言ってこないなぁと思っていたけど、ついに触れてきたか。
マユさんは「バレてもいいよ」と言っていたけれど、どうしたもんだろう。
「ねぇねぇ、どうなの。同性って」
「いやぁ……そんなに変わらないですよ、男の人と付き合うのと」
「え〜じゃあ、家で映画とか見てたら、急に襲ってきたりするの?」
「それは……ないですけど」
「えぇ〜、じゃあじゃあ、夕璃ちゃんがネコなの?」
「なに、聞いてるんですか!」
相変わらず凄いな、この人。
興味津々すぎて、目がキラキラしてるよ。
「いずれは、同性で同棲か〜」
「なんですか、それ。オヤジですか」
「だって、興味あるじゃ〜ん」
へぇ、興味あるんだ。
きっと本気でそうなりたい、とかじゃないんだろうけど。
「今そういうの、流行りだし!」」
「流行り……」
「なんか、カッコいいじゃん!」
「カッコいい……」
「そういう関係に憧れる子、多いんだよ?」
「憧れ……」
なんだろう。
なんだか、しっくりこない。
何かが引っ掛かるような。
「どうやったら、そういう相手を見つけられて、そういう関係になれるの?」
「いや、探してないですし。そもそも二人とも、そういうの無かったですし。そういう関係になろうとして、なってないというか。普通に……自然に、そういう流れになったというか……」
「いーなー。カッコいいなー」
「カッコいい……」
あぁ、なんとなく分かった。
言語化が難しいけど。
「えとですね、千弥さん」
「ん?」
「そういう……なんというか……ファッション的なやつじゃなくて、本当に恋人なんですよ」
「うん?」
「友達と恋人の間……みたいな関係でもなく、軽い気持ちでもなく……いや、まぁ最初は、どうなるのか分からないけど付き合ってみよう……みたいな手探りの感じでしたけど……」
「うん」
「なんというか……誰かに見せるためとかじゃなく……男女の関係と違って、明確なゴールみたいなものは見えないですけど……でも過程というか、重みというか、もっと普通の恋愛と同じで」
千弥さんが目を閉じて、うーんと唸る。
やがて自分の中で何かに納得したのか、指を一本立てて何度も頷き始めた。
「うんうん、ちゃんと恋人ってことだね?」
「そうです」
「男の人を好きになるのと、同じ気持ちってことだよね?」
「その通りです」
それに関しては、互いに彼氏がいたんだから間違いない。
大好きな友達みたいな、ありふれたカテゴリーじゃないのだ。
マユさんが誰かと仲良くしていたらヤキモチも妬くし、私がフラれたら大泣きすると思う。
「へ〜、へ〜、すごいな〜」
「ほんとに、分かってます?」
「分かってる、分かってる! 本気なんだなって。そっか、羨ましいな〜」
「羨ましいですか」
「羨ましいよ。だって、それだけ本気になれる人と、相思相愛になれるなんて!」
「それは……そうですね」
千弥さんは本当に……素直に、そう思って言っているのだろう。
今も見せている屈託のない笑顔が、それを証明している。
「もう、変な質問されたから、喉が渇きましたよ」
私はそう言ってマグカップを持つと、逃げるように給湯室にむかった。
そして、びくんと体を大きく震わせる。
なぜなら、目の前でマユさんが、シンクにもたれかかるようにして立っていたからだ。
しかもマグカップに口をつけていて、口元の表情が読めない。
スーツ姿のクールモードマユさんが半目を開き、ただ黙って見つめてくる。
「び、びっくりした〜。いたんですか?」
マユさんは何も言わずに、ススッと横に移動してシンクを開けた。
私はマグカップを軽く濯ぐと、マユさんに背を向けてコーヒーポットからコーヒーを注いだ。
千弥さんとの会話、聞かれていたのかな。
かなり小声のはずだけど……なぜだか、ドキドキとする。
と、そこで……
「わっ」
唐突にマユさんが、後ろから抱きしめてきた。
「な、なんですか? 誰か来ちゃいますよ」
「……(ごにょごにょ)」
耳元で何か言ったみたいだけど、声が小さすぎて聞き取れない。
「なんですか?」
もう一度聞いてみる。
すると今度は、聞こえるように呟いてきた。
「尊いー」
短く、それだけである。
そして私を解放し、そのまま給湯室から出ていってしまった。
その私にだけ見せてくれる甘えたマユさんが、私は堪らなく尊いのだ。




