マザー・アタック!(4)
突然すぎるドラマのような展開に、私は思わず口をパクパクとさせてしまった。
その様子を見て、蒼井さんが眉を寄せる。
「ん? いないの?」
「あぁ……えっと、急に仕事が入って、会社に……」
「なんだよ。今日取りに行くって、言っておいたはずなんだけどな」
なんの話かは分からないけど、マユさんと何か約束をしていたらしい。
マユさんにしては珍しく、すっかり忘れていたのだろう。
「まぁ、いいか。君がいてくれて、むしろ助かったよ」
「は……はぁ」
「話は通してあるし、勝手に持っていくよ」
「は……はぁ……はぁ?」
何を……と聞く間もなく、蒼井さんが勝手に上がり込んでしまう。
「あ、あの、ちょっと……」
「なに? 話はしてあるから、大丈夫だよ」
「そうじゃなく……」
「だいたい、何処にあるのかも知ってるし」
「いや、あの、いま……」
必死で私が制止するが、蒼井さんはそのままリビングに入ってしまう。
そして……
「あら、お客様?」
元カレとお母様の、ご対面である。
マユさん、ほんとにこれ、どうすればいいんですか?
「あぁ……えっと、初めまして。蒼井といいます」
「あら。私は、真由美の母の玲子です」
マユさんのお母様、玲子さんっていうんだ。
そこで私はあることに気づき、顔が青ざめてしまう。
「わ、私! マユさんの後輩で、望月夕璃っていいます!」
目を丸くする二人。
名乗るのを忘れていたなんて、どれほど動揺していたんだ、私は。
「君は、なんというか……相変わらずな感じだね」
「う……すみません」
呆れる蒼井さんに、恥ずかしくて顔を向けられない。
「えっと、蒼井さんは……ユリさんの?」
「いや、彼氏じゃないです。会ったのも、一度だけなんで」
「あら……じゃあ、真由美の?」
お母様、そこデリケートゾーンです。
私は、どんな顔をしていればいいのですか?
「少し前まで、親しくお付き合いをさせていただきましたが、今は良い友達といった感じですね」
「あら、まぁ。それはそれは……うちの娘、ご迷惑をかけたんでしょう?」
「そんなことは、ありません。僕の甲斐性が、足りなかったせいです」
蒼井さん……こんな大人な対応できるんだ。
思えばあの時の、感情的な蒼井さんしか私は知らない。
優しく微笑む蒼井さんを見て、あぁマユさんが好きになるわけだと、今更ながら少し理解できた。
「それに真由美さんには、もう彼女がいますし」
爽やかな笑顔を見せながら、私の顔を見る蒼井さん。
目をパチパチとさせながら、私の顔を見るお母様。
同じく目をパチパチとさせる、私。
やがて……
「ちょ、ちょっとなに言って……!」
「うん? 違うのか?」
「違くは……ないですけど!」
場所をわきまえろって話!
空気を読んでって話!
マユさんのお母様の前なのにって話!
「あらあら、まぁまぁ」
あぁ、そうですよね。
脳みそバグりますよね。
年頃の大事な娘に、彼女ができたなんて、ショックに違いない。
「やっぱりそうなのね〜」
ニコニコと笑うお母様。
「はい、やっぱりそう……えぇ?」
「最初から、そう思ってたわよ〜?」
「えぇ? えぇぇぇ?」
思わず声を上げて驚くと、お母様が続けた。
「だって〜ドアを開けるなり、裸で抱きついてきたのよ? 友達にもしないわよ〜」
「うぅ……まぁ、はい。ですよね」
蒼井さんから、呆れマックスの視線を刺されて痛い。
ほんとアホで、ごめんなさい。
「しかも、二人分のお洗濯をして、干して、掃除もして」
「掃除? どうして、分かるんですか?」
「あらぁ〜そんなの、長年主婦をしていたら分かるわよ〜」
そ、そんなものなのですか、お母様。
今度、実家に帰ったら、うちのママにも聞いてみよう。
「お昼ご飯も用意してるし、突然の来客に出せるお茶の種類も把握しているし、冷蔵庫に豆乳しかないのも知っているし?」
あぁぁぁぁ……アホです、私。
そうです……私が、アホなのです。
耳の先まで熱くなっているのが、自分でもわかる。
「まぁ、まさかガールフレンドさんが出来ていたとは、思っていなかったけど……お父さん、なんて言うかしら」
ドクン、と心音が跳ね上がり、胸の奥を掴まれたかのような感覚が生まれてしまう。
少し苦しく、返す言葉が出ない。
そんな状況で助け舟を出してくれたのは、意外にも蒼井さんだった。
「部外者が口を挟むことではないのですが、真由美さんは何事にも真剣で、真面目に取り組む女性です。きっと二人で向き合って、二人で考えて、進んでいるんだと思います。なので……できれば、頭ごなしに否定するのではなく、少し二人の様子を見守るところから始めてみてほしいな、と……僕は思います」
蒼井さんはそう話すと、部屋の壁に掛けてあったベースを手にとり、慣れたてつきでハードケースにしまう。
「ごめんね、ユリさん。これを借りていくことに、なっていたんだ。僕はこのあとスタジオにいく予定があるから、おいとまさせてもらうよ。すみません、お母さん。横から、生意気なことを言ってしまって」
「いぃえ。あの娘、ちゃんとした人と付き合っていたのねって、感心してたの」
「そう言っていただけると、助かります」
「お父さんはっていうのは、そんなに深い意味はないのよ。むしろ、びっくりするだろうなっていう、楽しい気持ちだから〜」
「そうですか……少し安心しました。それでは……」
蒼井さんはお母様に軽く会釈をすると、今度は私の方を見て無言で頷いた。
それはまるで、頑張れよと言っているようだった。




