ビーチ・エモーション!
真夏の白い砂浜は、素足で歩くには熱すぎて、海まで逃げ込むのも一苦労だ。
でも海にさえ辿り着けば、そこはもうパラダイス。
水温は少しぬるいけれど、強い日差しと暑さが手伝って、すこぶる気持ちがいい。
「マユさーん!」
私が波の揺れに合わせてピョンピョンと飛び跳ねていると、ビーチパラソルの下で寝そべるマユさんが手を振って返した。
そして首からぶら下げていたスマホが、ブルっと震える。
マユさんからのメッセージだ。
“あんまりはしゃぐと、こぼれるぞー”
なんの心配をしているのだ。
“マユさんも、入りましょうよ〜”
“あとでねー”
まるで海に入る気のない答えが、返ってきた。
まぁマユさんは日焼けに弱いらしいし、しょうがないだろう。
とりあえず、海で泳ぐのは一人で楽しもう。
そう。
私たちは今、南伊豆の海水浴場に来ていた。
ショップで偶然見かけたワンピース水着が可愛くて、それを(お互いに)着せたくて……というのがきっかけだ。
私はマユさんが選んでくれた、白のワンピース水着。
マユさんは私が選んだ、黒のワンピース水着。
マユさんのは色っぽくてとても似合っているんだけど、日焼け防止のためにラッシュガードのパーカーを羽織っていて、なんだかもったいない。
あとでパーカーを脱いでもらって、写真を撮ろう。
そんな事をぼんやりと考えながらプカプカと浮かんでいると、またスマホがブルっと震えた。
“ちょっと、もどってきてー”
なんだろう、と拠点のパラソルに戻る。
帰りの砂浜は、熱く感じない。
なんなら心地良くもある。
「なんですかー?」
見ればマユさんは、どこかに出かけようとしているようだ。
「なんか飲みもの買ってくるから、荷物見てて」
「りょー」
おっきなタオルで体を拭きながら、敬礼ポーズをとってみる。
ちょうど、休憩したかったので良かった。
髪を簡単に拭いて、タオルをビーチチェアに敷き、その上に座る。
少し離れたところから聞こえてくるレゲエの陽気な音楽が、より気分を盛り上げる。
たまに来る海って、たのしいなー。
そう感じるのは、マユさんとだからってのもあるんだろうけど。
ただこういう至福の時に限って、邪魔者が入ったりするものだ。
「ねぇねぇ、君たち二人?」
「さっきのお姉さん、お友達?」
声をかけてきたのは、若い二人の男だ。
もしかしたら大学生?
だとしたら、私より年下なんだけど。
「(A)どこから来たの?」
「あー、いやー、東京ですけど」
「(B)おぉ、マジ? どうりで、そんな感じがすると思った!」
そんな感じってなんだ。
とりあえず興味なさすぎるので、モブAとBにしとこう。
それにしても……
見た目はそこまでチャラくないんだけど、なんて言うか……幼いなぁ。
前はそんな風に感じなかったんだけど、私も少しは大人になったんだろうか。
さてどう断ろう……と考えてると、ペットボトルを二つ持ったマユさんがちょうど戻ってきた。
「……どーもー」
あからさまに、テンションが低い。
めっちゃ、嫌なんだろう。
「(A)あ、おねーさん、どーもー!」
「(B)今さぁ~ちょうど、お友達と話してたんだけど、東京からだって? いーなー、どの辺なの?」
「……ビルがいっぱいあるとこ」
マユさんの塩すぎる対応に、思わず吹き出しそうになる。
面白そうだから、ちょっと任せてみよう。
「(A)すっげぇじゃん。俺ら地元でさ、こんな田舎だから何もなくて!」
「へー。でも海きれーだし、いーじゃん(棒)」
「(B)それだけは、良いんだけどね。それだけだよ、ほんと!」
この塩対応にも、前向きな攻め……若いのに、慣れてるなー。
ていうか、マユさんも対応慣れてるなー。
「(B)あぁ、でも近くに美味い店あるんだよ。海鮮系!」
「(A)そうそう。地元の人しか知らない、やっすいけど美味い店!」
「へー。いーねー」
「(A)でっしょ! よかったら行かない?」
「(B)お友達も一緒にさ!」
マユさんが、ちらりと目を合わせてくる。
助けて……って感じではない。
ちょっと怒ってそう?
「あのね、この娘は私の彼女なの。だから、ナンパなら他当たってくんない?」
痛烈な一撃。
さすがに、すぐにはリアクションできないか。
このイケメンモードのマユさんは、すごく好き。
「(A)お……おぅ、なるほど! さすが、都会!」
「(B)そういうの、初めて見た!」
「あらそう。よかったねー」
どちらも引いてる……わけでは、ないようだ。
単純に興味津々な感じで、目を輝かせている。
なかなか可愛いじゃないかー、この子たち。
「(A)いや、邪魔してごめんね!」
「(B)楽しんでね!」
そして、爽やかに去っていく。
あ〜、あれは何回かナンパすれば成功するわ〜と、微笑ましく眺めてしまう。
「なに、にへら〜ってしてんのよ」
「え? してます?」
「どうせ、可愛いとか思ってたんでしょ?」
「んまぁ、幼いなぁとは思いましたけど」
「もう。ちゃんと断りなよね」
マユさんが、ため息をしながら隣のビーチチェアに座る。
ちょっと不機嫌なのは、たぶん……
「妬いてます?」
「妬いてないし」
「でもさっきの、嬉しかったですよ?」
「ほんと、そういうのサラサラと吐き出せる口してるよね、ユリは」
「だって、本当なんですもん」
笑みをこぼしながら、受け取った飲み物を喉に通す。
マユさんも、同じように飲み始めると……
「(A)やぁ、ごめん!」
思わぬ再登場に、思わず飲み物を吹き出すマユさん。
その様子が面白くて、私は声を出して笑ってしまった。
「(A)わっ、ごめん。大丈夫?」
「だ、だいじょう……ぶ」
ゲホゲホしてるから、大丈夫ではない。
けど面白い……だいぶ面白い。
「(A)いやほんと、ごめんね。お詫びに、コレ!」
そう言って、何か書かれた紙を、マユさんに渡してくる。
気になって横から覗いてみると、かなり大雑把に描かれた地図のようだった。
「(B)これ、さっき言った店ね」
「(A)ほんとに、いい店だからさ。よかったら行ってみて!」
爽やかな笑顔を振り撒き、今度こそ去っていく二人。
「なんかふつーに、いい子たちじゃないですか?」
「……これじゃ塩対応した私が、感じ悪いみたいじゃん」
マユさんが髪を掻き上げながら、自己嫌悪気味に呟く。
それを見て、思わずまた吹き出してしまう。
「なによ?」
少し口を尖らせて、ジト目を向けてきた。
ちょっと拗ねてる感じだ。
「い〜え〜、なんでもないですよ〜。それより、帰りに行ってみます?」
マユさんはしばらく考える素振りを見せ、やがて「行く」と、短く答えるのだった。




