ムービー・ムーディー!
「ラブラブ・ユリユリ♪ ラブラブ・ユリユリ♪」
ふん・ふふん♪
「ハッピー・ラッキー・ウェディング♪ 私たちに、ドレスなんか、いらないわ♪」
ふふん・ふん♪
「おい」
ポクっと後ろから、私の脳天に向けてチョップが降りてくる。
「いたっ! なんですか、マユさん。お疲れ様です」
「お疲れ……じゃなくて。外で歌うな、ソレ」
「なんですか? 会社帰りの楽しい買い物タイムに、気持ちよく鼻歌を歌っていただけじゃないですか」
「あんた。鼻歌じゃなく、しっかり歌ってたわよ」
あぁ、そうかも。
言われてみればメロディーの部分を、ハミングしていた気もする。
「いいでしょ〜。私、好きな人の声、いつでも聴けるんですよ♪」
「あぁ〜なんか、それズルい」
そう、これは役得なのだ。
ずっと恋人の声を聞いてるって、我ながらすごい。
「待った?」
「いえ、そんなに〜」
いつものやりとりをしながら、ヘッドホンを折りたたみトートバッグに突っ込む。
今日はマユさんと、映画を観る約束をしていたのだ。
私とマユさんは、時折こうして会社の帰りに待ち合わせをしていた。
もちろん会社の人と遭遇しないように、マユさんが住んでいる方の駅でだ。
なので、こうして遠慮なく手を繋ぐ。
えへへ。
「とりあえず、なんか食べる?」
「駄目ですよー。今お腹になんか入れたら、トイレに行きたくなっちゃいます」
「座席、端っこだから大丈夫だよ」
「嫌ですよー。私こう見えて、映画は没頭したいタイプなんです」
うわぁ〜と、なぜか残念な目を向けられる。
「じゃあ、ポップコーンとかも駄目なタイプ?」
「駄目です。というか、あれ食べると歯を磨きたくなるんで、映画館じゃなくても駄目です」
「えぇ? テーマパークとか、どうすんのよ」
「食べませんよ?」
当然のように答えると、今度は少し引かれてしまった。
だってなんか挟まったままにするの、嫌なんだもん。
「で、なに観るんですか? 私、聞いてないんですけど」
「ふっふーん。ひみつ」
あぁ、何か企んでる時の顔だ。
こういう時のマユさんは、相変わらず楽しそうに笑う。
観る映画のサプライズって、なんだろ?
まぁデートだから、なんでもオッケーなんですけどね。
そんなふうに考えながら歩いていると、ほどなくして駅前の映画館に着いてしまった。
平日の夜だからか、そんなに混んでいないようだ。
マユさんが受付の女の子に、二人分のチケットを見せる。
すると女の子は、右手をあげてにっこりと笑った。
「7番シアターで〜す」
大学生かな?
私とマユさんが繋いでいる手を、興味津々な瞳で見ていた。
デート中たまに向けられる視線なので、もう慣れっこだ。
なんなら私は、自慢げだったりする。
マユさんは、気にもしていないようだ。
そんなマユさんに手に引っ張られ、座席までエスコートされた。
壁際の一番奥っていう、カップルの御用達の席だ。
「なんですか、いちゃつきたいんですか?」
「んなわけ。それ目的なら、家に帰るって」
澄ました顔でイケメンな直球、あざーっす。
でも2人だけで座れるっていうのは、思いの外いいなぁ。
見づらいけど。
「で、なに観るんですか?」
「だから、ひみつだって」
まぁすぐ分かるだろうし、いいですけど。
そうこうしているうちに、照明が落とされた。
長いCMを眺め、また少し暗くなり、本編が始まる。
この始まる瞬間の静寂が、すごく好き。
ここから映画の世界に、ダイブするのだ。
あ、邦画なんだ。
なんか、このザラついたフイルム感……もしかして?
……と、そこでマユさんが私の手を握ってきた。
あぁ〜。
はは〜ん。
なるほど、なるほど〜?
マユさんは、いちゃつきたいんじゃなく……
「なんですか、怖いんですか?」
無言のマユさん。
そう。
マユさんが観たい映画は、ホラー映画だったのだ。
何これ、超かわいい。
怖くて1人で見れないとか、ギャップ萌えしかない。
その後も大きな音が鳴る度にビクンッと大きく震えたり、お化けが出るたびに手をギュウと強く握ってきたり、私はマユさんのリアクションが気になってしまい、映画どころではなかった。
「あ〜、面白かった〜!」
映画館を出たマユさんが、大きく伸びをする。
ちなみに今のは、マユさんの台詞である。
あんなに怖がっていたのに、面白いのは面白いんだ。
私は映画よりも、マユさんの方が面白かったんですけど。
いや、今はそれよりも……
「うわぁ、めっちゃ降ってきてるー。電車、動いてるかなぁ」
映画館の外は、ゲリラ豪雨なのか、それとも遠くの台風の影響なのか、バケツをひっくり返したかのような雨が降っていた。
私の折り畳み傘じゃ、どうにもならないレベルだ。
「うち泊まってけば、いいじゃん」
「いやでも、今日は着替えもないですし……」
「買ってけばいいじゃん」
「んん〜。でもまだ、電車動いてるかもだし……」
「えぇ〜? 泊まってけばいいじゃ〜ん」
駄々っ子のように、繋いだ手をブンブンと振るマユさん。
あれ?
これは……
「もしかして、マユさん。今日ひとりでいるの、怖いんですか?」
ニヤニヤしながら、聞いてみた。
マユさんは一瞬でカァと、頬を真っ赤に染め上げた。
そして口を尖らせ、プイと横を向く。
「別に? 怖くないし……」
「じゃあ、帰ろっかなぁ〜」
「こんな雨で帰すの、危ないから心配してるだけだし……」
「ふぅん。今日、1人で寝れます?」
無言のマユさん。
少し意地悪がしたくて、私も無言で待っていると……
「ねぇ、うち来てよ」
悶絶するほど可愛いことを、言ってくるのだった。




