ハッピー・ラッキー・ウェディング!
こんな感じで、気が向いたら、また書くかもです。
「あー、またアンタは!」
呆れ半分で声を上げているのは、濡れた髪にバスタオルだけを巻いたマユさんで間違いない。
なんてはしたない……と、ツッコミを入れたいところだけど、ここはマユさんの部屋だし仕方がないだろう。
「この部屋でライカを流すのは、禁止だって言ったでしょ!」
ポタポタと水滴を落としながら、3次元サウンドスピーカーの電源を切るマユさん。
爆音でとはいかないまでも、まぁまぁの音で流していたから、浴室にまで聞こえたのだろう。
それにしても、そこまで嫌がらなくてもいいのに。
「せめて、アンタのヘッドホンで聴きなさいよ」
「だってマユさんとこのスピーカー、音いいんだもん」
私は仁王立ちのマユさんを見上げながら、悪びれることもなく言う。
実際、元ベーシストで歌い手でもあるマユさんは、音質にこだわるタイプなのだ。
つき合い始めて知ったことだけど、新し物好きだし、ギア好きだし、ちょっとしたガジェオタだと思う。
「とにかく、ダメだからね」
「えー」
不満げに口を尖らせると、ペシンと頭を叩かれてしまう。
「じゃぁ、これ聞いてていいから」
マユさんが自分のスマホを操作し、スピーカーから曲を流し出す。
それは、聞いたことのない曲だった。
ん?
でもこれ……
「これ、なんです? ブルームーンの曲っぽいですけど」
「お、さすがはファン。いい耳してんじゃん。そうだよ、今度、私が歌う新曲のテスト版。さっき届いたばかりで、私も初めて聴くの」
「きゃーっ、役得じゃないですか!」
「ん〜まぁ、そだね」
はしゃぐ私を見て、肩をすくめて笑うマユさん。
そんなマユさんの手を握り、強引に私の隣に座らせる。
「ちょっと、私まだ濡れてるんだけど?」
「一曲分くらい、いいじゃないですか。並んで、聴きましょーよ」
こんな役得、ファンにして恋人の私にしか有り得ない。
まだ誰も聞いていない新曲を、ライカさん本人と並んで聞けるのだ。
「最初にくれるものって、普通にボカロ使ってるんですね」
「うん。イメージしやすくて助かる」
このままでも、かなりの再生数になりそう。
きっと歌ってみた動画も、たくさん上がるだろう。
でも最初に歌えるのは、ライカさんなのだ。
まさにこれは、特権である。
「…………」
「………………」
二人並んで、無言のまま聞き入る。
やがてマユさんがスマホを取り出し、メッセンジャーアプリを立ち上げた。
そこにはブルームーンPから送られてきた曲と、PDFデータが添付されていた。
マユさんは、何とも微妙な表情を浮かべながらPDFデータをダウンロードすると、おもむろに開いてみせる。
私はそれを、覗き込むようにして見ていた。
どうやらそれは、歌詞と曲の説明をした、データのようだった。
「むぅー」
唸るマユさん。
「これって……」
私も、声を絞り出す。
そうなのだ。
この歌の歌詞は、まさに私とマユさんの、出会いと恋心をテーマにしたものだったのだ。
「マジか、アイツ。これを、私に歌わせる気なの?」
「なんか最後の方、増し増しでラブラブなんですけど……」
「恥ずかしい、なんて恥ずかしいことを……まさか、あの時の嫌がらせ?」
ラブラブ・ユリユリ♪
ラブラブ・ユリユリ♪
ハッピー・ラッキー・ウェディング♪
私たちに、ドレスなんか、いらないわ♪
※この辺はカッコよく歌わず、可愛い声で、ぶりっ子してください。
「アホかー!」
思わず立ち上がり、スマホを床に投げつけるマユさん。
怒り任せにスマホをマジ投げする人、初めて見た気がする。
「アイツは、アホなのか? これを私に、歌わせる気なの? なにが可愛い声で、ぶりっ子してください、よ!」
「めっちゃ、根に持ってますね」
「だから根暗は、嫌なのよ!」
「私の前彼の黒歴史、かるく塗り替えてきましたね♪」
「がー!」
頭をかきむしるマユさん。
見てて面白い。
「でも、めっちゃいい曲なんですけど。歌詞は明るくなれるし、曲もノリいいし」
「そう、それ! それがまた、むかつく!」
マユさんが、はぁ〜と大きめのため息を吐きながら、ヘナヘナと座る。
私は、そんなマユさんの頭を抱きよせて……
「私は、けっこう気に入りましたよ。この曲」
「そりゃ、アンタはファンだから……」
「違いますよ、当事者としても嬉しいですし。それに……見ようによっては、祝福のメッセージっぽくないですか、これ?」
「これがぁ〜?」
満面の笑みを浮かべながら、はいと頷く。
「認めてくれたって感じがしますよ?」
「だとしたら、やっぱりアイツは相当ひねくれてるわ」
それはそう、と笑ってしまう。
「で、歌うんですか?」
少しの沈黙。
やがて……
「歌うわよ。だって私は、ライカだもん」
思っていた満点の答えが返ってきて、私は嬉しさのあまりに飛び上がってしまうのだ。




