イフ・ユー・チューズ・ミー!
「私ね……」
マユさんが、ポツリと呟いた。
私はマユさんの肩にもたれかかったまま、小さく頷く。
「ユリとは、いっぱい喧嘩したいな」
「喧嘩? なんでまた。そんなの、わざわざしたいですか?」
私が苦笑すると、マユさんは視線を外の庭に向けたまま、同じトーンで話を続けた。
「蒼井君とは、喧嘩したことないんだ。激しく言い合ったのって、さっきのが初めてかも。だからさっき、どうしていいのか分からなくなっちゃって」
はい、と先の言葉を促す。
「ユリとはね、百回喧嘩して、百回仲直りしたい」
「百回って……それもう、関係ぶっ壊れてません?」
私が笑うと、マユさんもフフッと声をもらす。
「例えばの話だよ。そうしたら、百通りの仲直りの仕方を見つけられるでしょ?」
「それは……喧嘩をしたいんじゃなくて、喧嘩別れしないようにしたいってことですか?」
「そう、そんなとこ。色んな仲直りの仕方が分かっていれば、ユリと長く続くのかなって」
マユさんの言いたいことを、深く考えてみる。
喧嘩なんて、しないにこしたことはない。
でも長く続く夫婦のような関係というものは、いくつもの仲直りの仕方を知っていそうだ。
一時の感情に流されず修復するために必要な、二人だけの公式を持っているのだろう。
「それって、なんでも話せて一人で結論を出さない、なんでも二人で相談し合える仲とかに似てます?」
「そう……だね……ソレかも。なんだ、ユリのがうまく言葉にできてんじゃん」
「でも、百通りの仲直りの仕方を見つけたいって考え方、ライカさんっぽくて好きです」
「そこで、ライカを出す?」
私の隣で本物のライカさんが笑っているのだから、不思議な気分である。
でも、ここは避けてはいけないことだ。
「もう、歌わないんですか?」
少しの沈黙。
「だって、あんな別れ方したんだし」
「それと音楽としてのユニットを解消するのは、なんか違う気がします。二人とも、お互いの才能に惚れあってたのは事実なんですよね?」
「そうだけど……」
「それが仕事なのか、趣味なのかは別として、もう一度話し合ってもいいと思います。それこそ、仲直りの仕方をひとつ作るように。実はまだ続けたいって、お互いに思ってるのかもしれませんよ?」
マユさんが押し黙る。
ちゃんと深いところまで、考えているのだろう。
これはイチファンとしての願望ではなく、マユさんに後悔を残してほしくない、その一心からでた言葉だ。
だからこそマユさんは、真剣に受けとめてくれていた。
「うん、わかった。連絡してみる」
「はい」
よかったぁと安堵のため息を出すと同時に、ハッとあることが脳裏によぎった。
「あ、でも男女の関係に戻ってもいいって意味じゃないですよ!」
「分かってるわよ。そんなことする訳ないでしょ?」
マユさんは不敵な笑みを浮かべながら、私のメガネをすいっと外した。
「えっと……しちゃいます?」
「嫌なら言ってね」
嫌……じゃない。
どうしたらいいのかは分からないけど、きっと大丈夫。
だから私は首を横に振り、こう答えた。
──あなたが、夕璃を望むなら──




