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【完結済】あなたが、ユリを望むなら。  作者: Ni:
あなたが、ユリを望むなら。1
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ファン・ディナー!

「ん〜すっごい、出汁がきいてる〜♪」


 口の中に広がる繊細で上品な味に、舌鼓を打っているのは私で間違いない。

 思わずほっぺたを抑えながら、んふふ〜と頭を揺らせてしまう。

 その様子を対面の席で見ていたマユさんが、文字通り眉を寄せる。


「なんかさっきの思い出して、うげぇってなるんだけど」


 呆れながら、ちびりとビールに口をつける。

 湯上がりで頬をほんのり朱に染める浴衣姿のマユさん、とても綺麗で眼福です。



 あれから……お風呂から上がって部屋に戻ると、座卓には既に高そうな料理が並べられていた。

 わぁわぁとそれをスマホで撮っていると、さらに料理が運ばれてきて食事が始まったのだけど……


 

「いやほんと、ちょっとマジで政治家みたいなやつね、これ」

「ねぇマユさん。これって、懐石料理なんですかね、それとも、会席料理なんですかね?」

「わっかんない。あとで聞いてみる」


 話しながらも、少しずつ料理が説明されながら足されていく。

 そのどれもが上品な盛り付けで、繊細な味付けだ。

 東京では、あまり体験できないものばかりである。


「ちょっと、マユさん。これ火ぃつけるやつ」


 次の料理が運ばれてきて、思わず盛り上がる私。

 一人用の小さな鉄鍋と、その下にある固形燃料に火をつける、例のアレである。

 そういえば、こんなの家族旅行でしか見たことがない。

 少し懐かしい感覚がうまれる。


「もう〜。いちいち、はしゃがないの」


 マユさんは冷静だなーと思いつつ、鉄鍋の中の具材が気になって覗き込む。

 ガラスの蓋なので、中身が見えるのは親切だ。


「これ、鮑ですか?」

「そうだね。高そうなやつ」

「マユさん、これ生きてますよね?」

「……めっちゃ動いてるね」


 じぃーっと観察する二人。

 鍋の温度が上がるにつれて、鮑の動きはどんどんと激しくなっていく。

 やがて鮑は、ガシャガシャとガラス鍋を押し上げようとし始めた。


「ひぃぃぃ、めっちゃ苦しんでるぅ」

「そういうこと言わない!」

「逃げちゃいそうです、マユさん!」

「やばいって、蓋押さえて!」


 ぎゃあぎゃあと悲鳴をあげる私。

 両手で自分の蓋と、私の蓋を押さえるマユさん。

 側から見れば、ほとんどコントである。


「ちょっと、ユリも押さえなさいよ!」

「むり無理ムリです、怖いです!」

「熱っ、自分のくらい押さえなさいって!」

「めっちゃ苦しんでますって! グロいですって!」


 結局、鮑が動かなくなるまでマユさんが押さえてくれた。

 なんて男らしいんだろう。

 前彼だと、絶対に部屋の外へ逃げ出してたよ。


「ユリさぁ、あんた料理しないんでしょう?」

「できる技術と知識はあります。でも、あえてしませんね」

「あえるなってぇの」


 マユさんが呆れながら、ビールを喉に流し込む。

 それを物欲しそうに見ていると……


「お酒のみたいの?」


 気づいてくれたらしい。

 こくん、と無言で頷いて答える。

 マユさんは少し考え、やがて……


「酔わない程度にね。あんた、酔うとすぐ寝るから」

「はぁーい」

「絶対だよ。今日は、きちんと話もしたいの」

「はぁーい」


 満面の笑みを浮かべる私に、マユさんは疑いの半目を向けるのだった。

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