ファン・ディナー!
「ん〜すっごい、出汁がきいてる〜♪」
口の中に広がる繊細で上品な味に、舌鼓を打っているのは私で間違いない。
思わずほっぺたを抑えながら、んふふ〜と頭を揺らせてしまう。
その様子を対面の席で見ていたマユさんが、文字通り眉を寄せる。
「なんかさっきの思い出して、うげぇってなるんだけど」
呆れながら、ちびりとビールに口をつける。
湯上がりで頬をほんのり朱に染める浴衣姿のマユさん、とても綺麗で眼福です。
あれから……お風呂から上がって部屋に戻ると、座卓には既に高そうな料理が並べられていた。
わぁわぁとそれをスマホで撮っていると、さらに料理が運ばれてきて食事が始まったのだけど……
「いやほんと、ちょっとマジで政治家みたいなやつね、これ」
「ねぇマユさん。これって、懐石料理なんですかね、それとも、会席料理なんですかね?」
「わっかんない。あとで聞いてみる」
話しながらも、少しずつ料理が説明されながら足されていく。
そのどれもが上品な盛り付けで、繊細な味付けだ。
東京では、あまり体験できないものばかりである。
「ちょっと、マユさん。これ火ぃつけるやつ」
次の料理が運ばれてきて、思わず盛り上がる私。
一人用の小さな鉄鍋と、その下にある固形燃料に火をつける、例のアレである。
そういえば、こんなの家族旅行でしか見たことがない。
少し懐かしい感覚がうまれる。
「もう〜。いちいち、はしゃがないの」
マユさんは冷静だなーと思いつつ、鉄鍋の中の具材が気になって覗き込む。
ガラスの蓋なので、中身が見えるのは親切だ。
「これ、鮑ですか?」
「そうだね。高そうなやつ」
「マユさん、これ生きてますよね?」
「……めっちゃ動いてるね」
じぃーっと観察する二人。
鍋の温度が上がるにつれて、鮑の動きはどんどんと激しくなっていく。
やがて鮑は、ガシャガシャとガラス鍋を押し上げようとし始めた。
「ひぃぃぃ、めっちゃ苦しんでるぅ」
「そういうこと言わない!」
「逃げちゃいそうです、マユさん!」
「やばいって、蓋押さえて!」
ぎゃあぎゃあと悲鳴をあげる私。
両手で自分の蓋と、私の蓋を押さえるマユさん。
側から見れば、ほとんどコントである。
「ちょっと、ユリも押さえなさいよ!」
「むり無理ムリです、怖いです!」
「熱っ、自分のくらい押さえなさいって!」
「めっちゃ苦しんでますって! グロいですって!」
結局、鮑が動かなくなるまでマユさんが押さえてくれた。
なんて男らしいんだろう。
前彼だと、絶対に部屋の外へ逃げ出してたよ。
「ユリさぁ、あんた料理しないんでしょう?」
「できる技術と知識はあります。でも、あえてしませんね」
「あえるなってぇの」
マユさんが呆れながら、ビールを喉に流し込む。
それを物欲しそうに見ていると……
「お酒のみたいの?」
気づいてくれたらしい。
こくん、と無言で頷いて答える。
マユさんは少し考え、やがて……
「酔わない程度にね。あんた、酔うとすぐ寝るから」
「はぁーい」
「絶対だよ。今日は、きちんと話もしたいの」
「はぁーい」
満面の笑みを浮かべる私に、マユさんは疑いの半目を向けるのだった。




