ホット・モット・スプリング!
二人だけの貸切露天風呂といえば、男女であれば、何かしらの特別な感情が生まれるのかもしれないけど、二十も超えた女二人では特に何もない。
もう子供じゃないし、洗いっこなんてしないし。
雰囲気のいい岩風呂を褒めつつ、淡々と体を洗うだけで……
「なんだこれ。でっかいなぁ」
突然我が乳が、後ろから持ち上げられる。
まぁ、うん。
そう、これくらい特に何でもない。
友達と温泉とか行ったら、たまにやられるし。
「洗うとき持ち上げるの、これ」
どうやら悪戯でもなく、本気で言ってるようだ。
「当たり前じゃないですか。そこ、一番洗わなきゃいけないとこですし」
「うわー。マジ、えっぐい」
「マユさんは、持ち上げるモノがないですからねー」
バチンッと、右胸を思い切りはたかれる。
「いったーい! 信じらんない、そんなことします?」
「今のは、ユリのほうが酷いでしょーが。息するたびに揺らすなっての。嫌味か?」
「マユさんの胸は、息してないですね」
バッチーン!
「いったーー!」
「ふん。別にそこは、気にしてないし」
してんじゃん、とは言わない。
そうして二人で湯船に入り、月を見上げる。
こうした露天風呂は、月の見える夜こそ味わえる、情緒というものがある。
さっきまでキャアキャアしてた雰囲気はどこへやら、一転してしっとりモードになる。
「綺麗だねー」
そう呟くマユさんの横顔を、黙ったまま見つめる。
ほんとに、綺麗だと思う。
“ブルームーンP ”こと“蒼井つき”さんは、マユさんのことをどう思っていたのだろう。
ボカロPと、歌い手。
それでいて、恋人同士。
どちらかといえば、恋愛とか無頓着そうに見えたけど。
「ねぇ、マユさん」
「んー?」
「蒼井さんと、温泉とか来たことあります?」
「あー」
少し眉を寄せつつ、ひくひくと口の端を持ち上げる。
「ないねー。ていうか、ほんと外とか出ないし。デートらしいデートしてないかも」
「それって、ほんとに部屋行くだけ?」
「基本、人嫌いだからね。最近は音楽の仕事の打ち合わせが増えてきて、外に出ることも多くなってたみたいで、ああいう人の少ない夜のバーとか、ふらっと行くのは聞いてたけど」
「ふーん。京都に住んでる人なんですか?」
「そうそう。昔から観光客だらけだし、近所付き合いも大変だしで、引きこもってたみたい」
うぅん、なんかそれはありそう。
もしかしたら夜のバーは、唯一の気分転換の場所なのかもしれない。
それはそれとして……
「抱かれました?」
聞いてみた。
大好きなボカロPと、憧れの歌い手。
頼りになる会社の先輩。
気になってしまったのだ。
「それ聞く?」
「まぁ、なんか、どうなのかなーって」
マユさんが、少し呆れ気味に笑う。
「こういうの、相手のこともあるから言わない主義なんだけど……ユリには特別。キスはしたよ、こっちからだけどね。でもそれ以上はない。ほんと、あのひとは歌い手としての私に惚れてくれただけなのかもしれない」
「それはそれで、ストイックっていうか……ある意味誠実っていうか……浮気しなそうな?」
「あはは、そういうのはしなそうだね」
ふぅんと、湯船に口元を沈めてみる。
なんかそれなら、あんな喧嘩別れする必要もなさそうな気がする。
あの人、痴話喧嘩っていう概念もないんじゃないかな、と。
このまま二人のユニットを聴けなくなるのは、いちファンとして悲しい。
「あんたねぇ、湯船でブクブクしないの」
ブクブクしていたらしい。
「ライカさんの出汁は貴重」
「うっわ、激キモなんだけど」
わりと本気で、引かれてしまった。




