アフター・ザ・レイン!
レンタルの着物を返却し、旅館『よしの里』に戻った私とマユさんは、とりあえず浅田さんに連絡を入れた。
向こうは物撮りの最中だったが、撮影のカット数が四点くらいしかなく、もうすぐ終わるそうだ。
浅田さんには、気兼ねなく休んでいいよと言われ、私たちはその言葉に甘えることにした。
とはいえ旅館のお客が寝静まった頃に、部屋まで続く外の通路を撮影しなくてはならないので、それまでの休憩となる。
旅館の若女将である祥子さんには、ちゃんとお客様として扱われていて、ちょっとした旅行気分だ。
「旅行は旅行でも、傷心旅行ですね♪」
私が笑顔でそう言うと、マユさんがうるさいとチョップをお見舞いしてきた。
よかった。
ちょっとだけ、いつものマユさんにもどってきたみたいだ。
「とりあえず、お風呂ですか?」
「そだね。その間に、部屋に料理を用意してくれるみたい。懐石料理っていうの? 政治家みたいなやつ」
「マダイイマスカ、ソレ」
元彼のアホっぽい発言を真似てくるマユさんに、目を細めて返す。
うん、やっぱり少し落ち着いてきたのだろう。
「わぁ、お風呂セットがラタンバッグに入ってる。かわい!」
「でしょ。私、さっき写真撮っといた」
そんな何気ないやりとりに、私は思わず頬を緩めながら、替えの下着を詰め込んだ。
マユさんはというと、既に準備万端のご様子だ。
扉の前に立ち、早くしろと言わんばかりに、腕組みをして待っていた。
この宿の部屋は一つひとつが独立しているため、館内とはいえ通路は外になる。
地面に埋め込まれたライトが、濡れた石の通路を照らし出していて、とても雰囲気がいい。
「これ、わざと濡らしてるんだよ」
マユさんが、説明を続ける。
「昔から、映画とかでよく使われる手法だね。なんでもないシーンとかは昼間に撮影するより、夜にして道路を濡らした方が絵が引き締まるってやつ。でも雨を降らせるとシーン撮りが大変になるから、必ず雨は上がっているのよね〜」
「あぁ〜たしかに暗い色で締まりが出るし、光が反射して綺麗かも」
「夜のシーンは道路を濡らせって、かなり定番みたいだよ」
さすがマユさん、雑学もすごい。
じゃあこれも、この旅館の演出なんだ。
本当に細かいところまで考えているんだなぁと感心しつつ、あとでここを撮影するんだよねと、無意識のうちに撮影スポットを探してしまう。
でもまぁ、マユさんのことだ。
きっと既に、いい撮影スポットを見つけているんだろう。
そうこうしているうちに、私たちはお風呂場へと到着した。
しかしここは、お昼に撮影した大浴場とは違うようだった。
「あれ、マユさん。ここって……?」
「貸切風呂。大浴場は、もう見たしね。せっかくだから、予約入れといた」
「さすがぁ〜抜かりないですね」
本当に、こういうところも頼りになる。
というか、前彼より気が利いている。
「時間、三十分しかないから、早くしなよ」
「まるで私がノロマみたいに……」
「いいからほら、早くする!」
「まぁた、お母さんモード……」
そしてまた、脳天にポクっとチョップをいただいてしまった。




