バトルフィールド!
「浮ついてますかね?」
思わず、声に出してしまった。
この場の空気に耐えられず、間を埋めようと焦りを感じたのだ。
ひきつった笑みを浮かべながら……なんなら、少しヘラヘラとしていたかもしれない。
「実はさっき私が思いついて、先輩に無理言って着てもらったんです。流石に、ちょっと浮かれてますかねー?」
右手で首をさすりながら、えへへ〜と愛想笑いを見せてみる。
そしてマユさんとマスターにも、ぺこぺこと頭を下げた。
今の私は浅田さんのように、うまく立ち回れているのだろうか。
「思いつき? こういった取材って、入念な打ち合わせをして、段取り通りに進めるものだと思っていたけど」
「そう……ですよね。私、まだ入ったばかりで……」
怒りの矛先が新人の私に向けられるなら、きっとその方がいいと思えた。
「先輩も、私の思いつきを生かしてくれようとしてくれて……」
私は、何を話しているんだろう。
混乱と動揺で、どんどん空回りしていくのが自分でも分かる。
油断をすると涙が溢れ出そうになるが、ここで泣くのは何だか悔しい。
マユさんにも、迷惑をかけてしまう。
だから唇をかみしめて、ぐっと堪えた。
「あぁ、君が例の新入社員さんか。どうりで、真由美らしくない判断だと思った」
例の新入社員?
ていうか、真由美って名前呼び捨て?
そういえば、さっきもそう呼んでいたような……
「蒼井さん、彼女を悪く言うのはやめてください。これは私の判断です。それと仕事中なので、その呼び方はやめてもらえますか?」
聞き間違いじゃなかったらしい。
知り合い同士なの?
そんな偶然って、あるのかな?
「あのさ。そのつまらない仕事も辞めて、そろそろ本気でこっちに専念すればって、前にも話したよね?」
「それも、今ここでする話じゃないでしょ? とにかく、あと少しだから我慢してもらえますか?」
「いや、この際いい機会だから言うよ。君もプロになりたいのなら、この辺りでハッキリすべきだと思うよ」
「プロだからこそ、今、この仕事をやり遂げたいんです。蒼井さんにはご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」
「そうじゃなくて。僕は今ここで選んでほしいって、言ってるんだ」
再び、静まり返る店内。
いったい何の話なのか分からないけど、相当に込み入ってるようだ。
なんなら私たちは聞かない方がいいのでは、とすら思ってしまう。
浅田さんが黙っているのは、プライベートな会話に踏み込めないせいだろう。
店長にいたっては、おろおろとしていて何とも頼りない。
「じゃあ、わかった。私はこの仕事が好きだし、辞める気はない。歌うのは好きだけど、今さらそれだけで食べていけるなんて思ってない」
「現状に甘えるのか」
「甘えてるつもりはないけど、そうとらえるなら否定もしない。どちらかを取れというなら、私は今の仕事を取ります」
キッパリと言い放つマユさん。
その目は、強い決意のようなもので溢れていた。
「本気で言ってるの? なんか、真由美さ。会話の中にその後輩の話が出始めたあたりから、おかしくなってきてない?」
「この事と、ユリは関係なくない?」
「ユリ、ね。もしかしてそれ、多様性ってやつ?」
少し内容が痴話喧嘩じみてきたせいか、マユさんは心底嫌そうな顔を浮かべていた。
会社の人とお客様の前で、これはひどいと私も思う。
というかこの人、マユさんの彼氏ってこと?
「そんなふうに考えた事なかったけど、少なくともあなたと居た時よりは、有意義だったかもしれない」
「ふーん。仕事もパートナーも、僕じゃなくそっちを選ぶってこと?」
「勘違いしないでね。蒼井さんの仕事に対するストイックな姿勢は、本当に尊敬してる。曲作りの才能も、情熱も、すごく尊敬してる。こんな私に、夢を見せてくれたことも感謝してる。それはこの先も、ずっと変わらないと思う。でもどちらかを選べと言うなら、私は今の仕事と、ユリを選ぶ」
なんだろう。
何の話だろう。
でも、この会話に割って入ることなんて、誰も出来ないのは確かだ。
しばらく重々しい沈黙が続き、やがて……
「そうか。まぁ方向性がハッキリしたのは、互いにとっていいことだと思う。仕事、頑張って」
蒼井さんは席を立つと、テーブルにお金を置き、そのまま出て行ってしまった。




