表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】あなたが、ユリを望むなら。  作者: Ni:
あなたが、ユリを望むなら。1
44/101

バトルフィールド!

「浮ついてますかね?」


 思わず、声に出してしまった。

 この場の空気に耐えられず、間を埋めようと焦りを感じたのだ。

 ひきつった笑みを浮かべながら……なんなら、少しヘラヘラとしていたかもしれない。


「実はさっき私が思いついて、先輩に無理言って着てもらったんです。流石に、ちょっと浮かれてますかねー?」


 右手で首をさすりながら、えへへ〜と愛想笑いを見せてみる。

 そしてマユさんとマスターにも、ぺこぺこと頭を下げた。

 今の私は浅田さんのように、うまく立ち回れているのだろうか。


「思いつき? こういった取材って、入念な打ち合わせをして、段取り通りに進めるものだと思っていたけど」

「そう……ですよね。私、まだ入ったばかりで……」


 怒りの矛先が新人の私に向けられるなら、きっとその方がいいと思えた。


「先輩も、私の思いつきを生かしてくれようとしてくれて……」


 私は、何を話しているんだろう。

 混乱と動揺で、どんどん空回りしていくのが自分でも分かる。

 油断をすると涙が溢れ出そうになるが、ここで泣くのは何だか悔しい。

 マユさんにも、迷惑をかけてしまう。

 だから唇をかみしめて、ぐっと堪えた。


「あぁ、君が例の新入社員さんか。どうりで、真由美らしくない判断だと思った」


 例の新入社員?

 ていうか、真由美って名前呼び捨て?

 そういえば、さっきもそう呼んでいたような……


「蒼井さん、彼女を悪く言うのはやめてください。これは私の判断です。それと仕事中なので、その呼び方はやめてもらえますか?」


 聞き間違いじゃなかったらしい。

 知り合い同士なの?

 そんな偶然って、あるのかな?


「あのさ。そのつまらない仕事も辞めて、そろそろ本気でこっちに専念すればって、前にも話したよね?」

「それも、今ここでする話じゃないでしょ? とにかく、あと少しだから我慢してもらえますか?」

「いや、この際いい機会だから言うよ。君もプロになりたいのなら、この辺りでハッキリすべきだと思うよ」

「プロだからこそ、今、この仕事をやり遂げたいんです。蒼井さんにはご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」

「そうじゃなくて。僕は今ここで選んでほしいって、言ってるんだ」


 再び、静まり返る店内。

 いったい何の話なのか分からないけど、相当に込み入ってるようだ。

 なんなら私たちは聞かない方がいいのでは、とすら思ってしまう。

 浅田さんが黙っているのは、プライベートな会話に踏み込めないせいだろう。

 店長にいたっては、おろおろとしていて何とも頼りない。


「じゃあ、わかった。私はこの仕事が好きだし、辞める気はない。歌うのは好きだけど、今さらそれだけで食べていけるなんて思ってない」

「現状に甘えるのか」

「甘えてるつもりはないけど、そうとらえるなら否定もしない。どちらかを取れというなら、私は今の仕事を取ります」


 キッパリと言い放つマユさん。

 その目は、強い決意のようなもので溢れていた。


「本気で言ってるの? なんか、真由美さ。会話の中にその後輩の話が出始めたあたりから、おかしくなってきてない?」

「この事と、ユリは関係なくない?」

「ユリ、ね。もしかしてそれ、多様性ってやつ?」


 少し内容が痴話喧嘩じみてきたせいか、マユさんは心底嫌そうな顔を浮かべていた。

 会社の人とお客様の前で、これはひどいと私も思う。

 というかこの人、マユさんの彼氏ってこと?


「そんなふうに考えた事なかったけど、少なくともあなたと居た時よりは、有意義だったかもしれない」

「ふーん。仕事もパートナーも、僕じゃなくそっちを選ぶってこと?」

「勘違いしないでね。蒼井さんの仕事に対するストイックな姿勢は、本当に尊敬してる。曲作りの才能も、情熱も、すごく尊敬してる。こんな私に、夢を見せてくれたことも感謝してる。それはこの先も、ずっと変わらないと思う。でもどちらかを選べと言うなら、私は今の仕事と、ユリを選ぶ」


 なんだろう。

 何の話だろう。

 でも、この会話に割って入ることなんて、誰も出来ないのは確かだ。

 しばらく重々しい沈黙が続き、やがて……


「そうか。まぁ方向性がハッキリしたのは、互いにとっていいことだと思う。仕事、頑張って」


 蒼井さんは席を立つと、テーブルにお金を置き、そのまま出て行ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ